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2013年12月30日月曜日

小さな未来

 ブログ開設当初、知人や友人にお知らせメールを出した。それを読んで見に来てくれた友人のひとりから、後にこんなメールが届いた。
 「(ブログのタイトルから)子育てブログかと思って見に来たら、全然違うからビックリしたよ」。

 ……私は私なりに「子育てブログ」を書いているつもりなのだが、まあ彼女の驚きは想像できる。
 イキナリ縦書きだし、字はギッシリだし、何やら面倒そうな内容だし(……三重苦!?)。可愛い子どもの写真とママのひとこと的な、気軽に見て和める「子育てブログ」とは、確かにだいぶ趣が違う。

 子育て中のママさんはもちろん、これからママになる妊婦さん、将来ママになる可能性のある独身女性、まだまだ結婚・出産は遠い未来の若い人たち。
 さらにはパパさんや、小さな子どもとは接点の少ない独身男性。そういった方々にも目にしてもらえればと願って、私はいつも画面に向かう。
 いわゆる子育てブログが、同じママ同士の交流や情報交換を目的としているのと比べると、少々散漫な印象を受けるかもしれない。でも、これこそ私のやりたかったことなのだから仕方がない。

 母と子のいる風景。一見、子育てブログと見紛うこのタイトルで、私はすべてを語ることができると思っている。育児に限らず、ありとあらゆる事柄を。
 子のいない人は多々いるけれど、母のいない人はいない。人の息吹がある限り、そこには子がいて母がいて、またその母がいる。その連なりの中に私たちはいて、その中で世のあらゆる事象は起きる。増税も殺人事件も人気司会者の失言も、近所の猫の出産も、すべては「母と子のいる風景」の一角にある。

 子育てを、とても狭い世界の営みだと思う人たちがいる。母とは「子育てにしか興味を持たない(持てない)視野の狭い人間」だと感じる人たちがいる。そんな言説に出会うたび、私は本当にビックリしてしまう。こんなに広く豊かな世界はないのに。
 「子育てに『しか』興味がない」というのは、子育てを一段下に見た表現だ。確かに私も子を持って初めて、その世界の豊かさを知った。現代の女性は男性と同じ教育を受けるから、出産・育児の知識は多くの場合、当事者となるまで皆無に等しい。
 知らなかった世界を知る喜びが、現代の子育てには満ちている。その世界は閉じてなどいない。子育ては社会と、地域と、そして未来と繋がっている。

 我が家に小さな「未来」がいる。親の知らない時代を生きる、小さな次世代がいる。小さな未来とともに、新しい年へと向かう。どんな景色が見えるだろうか。洩らさず噛みしめていたいと思う。一緒に歩く時間は、そう長くはないのだから。

2013年12月27日金曜日

プレイバック2013

 自分で言うのも何だが、この文字ばっかりの(笑)読みにくいブログを、開設半年で延べ約一万六千人の方に見ていただけた。記事一本あたり百人以上の計算になる。縁あって目を止めてくださった皆様。本当に有り難うございます(ぺこり)。
 読んでくださる方の心に、何か少しでも届くといいなと、ささやかながら願うのみだが、今回は開設以降、PV数の多かった記事を振り返ってみたい。
 私にとっては日記代わりに書き続けたブログ。お馴染みの方も、そうでない方も、よければご一緒に。

●総合1位 私が服を作る理由
 時々投稿する手芸系の掲示板から、多くの方が来てくださった。手芸ブログではないのが心苦しくてアルバムを作ったり。続・私が服を作る理由も上位。
●総合2位 苦手なんかじゃない
 11月の公開にも関わらず、破竹の勢いで2位に。楽しんだもの勝ち、という私の姿勢を支持していただけたのか、それとも写真(ラグランタートルを着た息子の後姿)のおかげかは残念ながら不明。

 その他、エッセイで上位だったのは、妊婦ダイエット抱っこ!抱っこ!抱っこ美人の母は好きですか笑う母親乳やりソングのススメなど。
 タイムスリップな日々泣くということ空飛ぶアザラシあたりは月間1位を獲得。季節を告げる歌ママのたんじょうび子役の条件なども上位に。ダイエットや子役といったキーワードはやはり強い!?

●詩1位 ちっちゃくなったら
 八月の朗読会で読んでいただいた作品のひとつ。時々「(こどもの詩は)子どもの言葉そのままなのか」と聞かれるが、えーと、違います……。
●詩2位 さいしょのおわかれ
●詩3位 泣き顔
 どちらもブログ開設前につくった初期のもの。母子の詩では、ママとカバンきみのてのひらにきみのたんじょうびこどもマーチありがとうっていえたよ、あたりが人気。意外なところでも。
 「みんなの詩」ラベルのアクセストップは幸運憂いある日々しあわせ/ふしあわせみらくるぱわふる重荷と続く。タイムアウトが最近スコアを伸ばし中。……こういうの、意外と皆さんお好き!?

 ネットでは時間を共有することが重視されがちだが、一方で何年も残り続けるのもネットの特性だ。何ヶ月後、何年後に読んでも楽しめるもの、再び読み返したくなるものを書きたいと常に思っているので、気楽にお立ち寄りいただけると本当に嬉しい。
 さて、振り返っておいて何だが、まだ書きたいことが残っているので、年内にあと一回、更新する予定である。「よいお年を」は、そのときに。

2013年12月26日木曜日

なにもない

なにもないからここにいるんだよ
なにもないからここにいるの

空気のように拡散して
ただよってしまいがちな心を
ヒトのかたちにとどめておくのは
結構大変なの

なにもないからここにいて
いまにもからだから漏れ出して
あたり一面に拡散して
空気に混ざって溶けて消えてしまいそうな
心を

なんとか抱えもって
心と体をこわばらせて
ふるえながら固まって
固まりながらふるえて
ヒトのかたちの器のなかで
溶けて崩れてしまわぬよう
必死で呼吸を保っているのは
結構大変なの

なにもないからここにいるの
なにもないから

もう いっそ
気体だったらいいのに


2013年12月24日火曜日

聖夜の山手線

ただいま山の手せんは
うんてんを見合わせております

じこです
じこなんです
クリスマス駅で
じこがはっせいしました

しゃりょうのなかで
けむりが出ています

あ サンタさん!
サンタさんが
山の手せんに乗っています
プレゼントも
しゃりょうにもっています

サンタ山の手せん 東京行き
まもなくドアがしまります
うーうー
がたんごとん がたんごとん

うーうー
がたんごとん がたんごとん

つぎは 品川 品川
池上せん お乗りかえです
サンタさん とーん 降りまーす
サンタさん 降りるの
だいぶじょうずになりましたね

うん サンタさんはね
トナカイと
でんしゃに乗って来るの
池上せんに乗りかえて
ようちえんに行くの
ようちえんで クリスマス会あるでしょ
それに行くの

だって
ぼく ようちえんで
いい子にしてたからね

お!
サンタさん 飛んだ!!

ひゅうううう!!
みんなのお家がよく見えます

つぎは
みんな駅 みんな駅
みんなのお家にとうちゃくー


2013年12月23日月曜日

新・私が服を作る理由

 さすがにしつこい気もするが(笑)自分でも不思議なので、つい考えてみたくなる。「服を作る理由」シリーズ最新版。お好きな方だけ(?)どぞー。

 手芸店に「入園・入学準備」のポップが並ぶ季節になった。カラフルな生地を眺めながら「今ならもう少し手をかけて作るのに」なんて思う私。「何せ一年前は、なーんにもやらなかったからなあ」……。
 「ええっ!?」と結構驚かれたりするので、今回はそのへんのお話を。いやもう、頂き物のミシンは押し入れの奥で冬眠してましたから。十年ほど(笑)。

 「入園グッズはお母さまの手づくりで」と言われて「はぁっ!?」と鼻白んでいたのが、一年前の私だった。説明会で隣に座ったママさんも「ミシン持ってないし、どうしよう……」と途方に暮れていた。
 しかし、そんな「いや裁縫とかあり得ないし」な新米母の選択肢は意外なほどに多い。必要な材料が全て揃った製作キット、無料講習会、オーダーにセミオーダー。いっそ完成品すら手芸店に並ぶ。
 私は迷った末、入園グッズ専用のパネル布を選んだ。型紙は不要。布にプリントされた線の通りに裁断して縫い合わせれば出来上がり、というシロモノである。オリジナリティは皆無だが、自力で作るイメージがサッパリ湧かない新米母には有り難い。

 「ミシンは楽しい。もっと何か縫いたい」。そう思って、今度は子どものパンツを縫った。ミシンには中毒性がある。針の単純で規則的な上下。平面の布が縫い合わさって、普段使いの小物になる嬉しさ。
 布を選ぶ楽しさ。好きなカタチの服を、好きな布で作る喜び。ファストファッション全盛の現代、手づくりは一点モノであり個性だ。子どもの名付けにこだわるように、子どもの服にも自分たちらしさが欲しい。家族でお揃い、兄弟姉妹で色違い。どこにも売ってない、自分たちだけの服を着る誇らしさ。

 かつては手芸や洋裁というと、どこか上から目線で「ヘタだと怒られそうな」イメージがあった。不況のせいか、それとも時代が変わったのか、今は初心者に優しく甘い世界だと思うのだが、今も同様の印象を持つ方は少なくない。私もそうだったし、私の母は「裁縫なんてまっぴら」なタイプだ。ミシンも捨ててしまったらしい。
 かつて手づくりは母たちにとって、限りなく義務に近かった。子育ては終わった。だからもうミシンには触れたくない。そりゃそうだろうな、と思う。

 私がミシンに向かうのを見て「今はそんな時代じゃないのにねえ」と母は言う。私が服を作るのは、それが趣味だから。好きで楽しむためにやっているので、義務も強制も上から目線も、まっぴら御免だ。
 ただ、子どもの頃に母が(嫌々ながらも?)作ってくれた、毛糸のパンツや巾着袋を、今でも時々思い出す。ふうわりと、あったかい気持ちになる。

2013年12月19日木曜日

真冬の切実

 子どもの健康管理は、基本的には親の役目だ。何せ子どもは「暑い」「寒い」も上手く言えない。自力で体温調節ができないので、親がやるっきゃない。
 近頃がっつり寒くなった寝室で、パンツいっちょで「今日は暑いねえ」とホザく(!)三歳児と暮らすのは大変ですよよよ、とゆうのが今回のおはなし。もうね、ワザとやってるのかもしれん(涙)。

 息子はド真冬生まれなので、新生児の頃はそれは気を使った。加湿機能付きのヒーターで部屋を暖め、軽い羽毛布団を重ねる。しかし汗をかいてはいけないので暖め過ぎもNGと、新米親にとってはハードルが高くてもう何が何やら、ギャー手が冷たいぃいー汗かいてるぅう、と昼も夜も大騒ぎであった。
 寒くても一日一度は散歩へ、と育児本(←新米母のバイブル)にはある。とにかく着せて、おくるみでぐるぐる巻いて外へ出る。寒い(←当たり前)。
 足までスッポリのジャンプスーツも使った。着ぐるみ感バツグンで大変かわゆいのだが、あれも汗に要注意である。真冬なのにアセモができて、病院で「お母さん、着せ過ぎです」と怒られたトホホ、とゆうのが冬の育児雑誌の定番ネタのひとつである。

 暑いのは汗で分かるが、寒いのは分かりにくい。震えていたり唇が紫色なら簡単だが、それでは遅い。
 「寒い?」「ううん、寒くない」。日に幾度となく交わす会話。その言葉を信じられたら、どんなにラクだろう。「着るのが面倒」「遊びを中断したくない」。こうした感情から、いくら寒かろうが「寒くない」と平気で言い放つのが子どもである。信じてバカを見る(=風邪を引かせる)のは親である。
 運動会に遠足、クリスマス会にお餅つき。園には行事が多い。何日も前から準備して楽しみにして、当日に風邪で欠席する。→行きたいと大暴れ。ああ、想像するだに恐ろしい。だから、悪いけど切実だ。

 「ほら、トイレの後は早くパンツ穿きなさい。ズボンも!」「いつ靴下脱いだの!? 寒いのに!」「おもらし黙ってちゃダメじゃない。濡れたズボンとパンツ、早く替えないと風邪引くでしょ!!」
 極寒の真冬、予定より三週間も早く現れた小さな命。病院で体温が下がり、焦ったこともあった。退院後も、小さな身体は油断するとすぐに冷えきってしまいそうで、小さな命の火はわずかな風で消えてしまいそうで、本当に本当に怖かった。同じ布団で卵を温めるように、冷たい手足を包みながら眠った。
 今の息子は健康優良児だ。園も休んだことがない。まるまるした頬で、何でも食べる。有り難いと感謝しつつ今日も「早くパンツ穿きなさい!」と叫ぶ私。
 義母にもらった子ども用ハンテンを着て「これ脱いだら暑いよね?」。わざとなのか、まだ区別がつかないのか。寒いときには正しく「寒い」と言ってほしい、それがママのクリスマスの願い(切実)。

2013年12月18日水曜日

三人のサンタクロース

三人のサンタクロース
どれが来ても本物

昨日のサンタ
先週のサンタ
あさってのサンタ

細長いサンタ
猫背のサンタ
お腹だけは見事なサンタ

どれも本物
お空の上から
よい子のみんなを眺めてる

ティッシュを配るサンタ
クマの耳のついたサンタ
バイクで疾走するサンタ

残業代を気にするサンタ
昨対比を気にするサンタ
夕飯の献立を気にするサンタ

どれも本物
心配はいらない
トナカイのソリも待機中

心優しいサンタ
怒りっぽいサンタ
道に迷いっぱなしのサンタ

残業続きのサンタ
転職を考えているサンタ
オムツが替えられないサンタ

三人のサンタ
三千人のサンタ
三億人のサンタクロース
どれが来ても本物
プレゼントも持ってるし
長いおヒゲも生やしてる
よい子の笑顔が見たくって
トナカイに乗る日を待っている

パパがサンタ?
いいえ それは偽物
世界でたったひとつの偽物

さあ 目を閉じて
本物に会いにゆこう


2013年12月16日月曜日

寂しげな大人たち

 息子がまだ五、六ヶ月頃だったと思う。ベビーカーで歩いていると、白髪のご婦人に声をかけられた。
 「じーっと私を見ていたのよ」。彼女は嬉しそうに、ベビーカーの息子に顔を近づけて言った。「ありがとうね、こんなおばあちゃんのこと、見てくれて。こんな、おばあちゃんなのにねえ」。

 私は少し驚いて彼女を見た。豊かな白髪をきちんと整え、ラベンダー色のツーピースを着こなした、むしろ華やかな印象のご婦人だった。「こんなおばあちゃん」という、どこか自虐的な言い回しが、まったく似合わないほどの。
 彼女が穏やかな笑みを残して去ってしまった後も、私は複雑な気分が拭えなかった。人生を十分に楽しんでいそうな彼女ですら、あんな台詞を口にするようになるのが、年を重ねるということなのだろうか。

 これまで、数えきれないほどの「おばあちゃん」世代の方に声をかけられたが、「(息子が)私のほうを見ていたから」という理由を挙げる方が結構いた。乳児は、目についたものを凝視することがある。色や動きに気を惹かれることもあるが、偶然にしか見えないことも多かった。
 それでも、彼女たちは「私を選んで見てくれた!」と喜ぶ。人込みから突然、ひとりの女性が「私を見てたのよ!」と感激の面持ちで現れたこともあった。
 まだもの言わぬ乳児のこと、本当のところは分からないし、考えるのも野暮だろう。そういうことにしておけばいいのだな、と次第に学んでゆく。

 「かわいいわねえ」と話しかけた後で、ご自分の孫や曾孫のことを綿々と口にする方も多い。ただ単に、話がしたかったのだろうなと思う。まあ、これも社交だ。可能なかぎり笑顔を作る私。
 余裕のないときは、申し訳ないと思いつつ会釈で立ち去ることもある。子連れというだけで見知らぬ人の自分語りに付き合う暇はないやい、と思う反面、数十年後の自分の姿かもと思えて、少し胸が痛い。
 春に祖父を亡くして以来、祖母は何かと「寂しい」と口にするようになった。昼間は田舎の広い家で一人きり。寂しさを紛らわそうとデイサービスに通い始めた。都会で出会う祖母世代の女性たちは、驚くほど快活で華やかに見える。人が多すぎると、寂しさが見えにくくなる。 他人からも、自分からも。おそらく年齢に関係なく。

 クリスマスソングで賑わう繁華街で、ハイテンションで歌い踊る息子に近づいてきた女性。ひとしきりご自分の孫について語った後、息子を見て言った。「元気ねえ。もうすぐお兄ちゃんになるんだものね」。
 ……。確かにゆったりした服とマスクにペタンコ靴だけど(とほほ)。ま、いいけどさ。しばらくこの服、着るのやめよう、うん(←少し傷ついてる)。

2013年12月13日金曜日

共感と想像と

 「最近、育児が辛くて」。会う人ごとにこんな台詞を呟いていたのは、息子が二歳半頃のことだった。
 いわゆる「イヤイヤ期」がいよいよハードになり、座れば「立って!」と泣き、立てば「座って!!」と泣く息子(……どうしろと!?)に、さすがに疲労困憊だった頃だ。いやキツかった。まあ、長い子育て期を思えば序の口なのでしょうけど(涙)。

 そんな私の「ちょっとマジ」感が伝わったのか、こんな反応をしてくださる方が結構いた。「大丈夫。過ぎればどうってことないから。今だけだから!」。
 お気持ちは大変に嬉しい。特に子育て経験のある先輩方は、こうおっしゃる率が高かったように思う。励ましてくださっていると思うと心苦しいのだが、ここは敢えて申し上げてみたい。この論法は、ときに新米母を追いつめる。少なくとも、私は辛かった。

 「育児が辛くて」と告白したとき、間髪入れずに「大丈夫、今だけだから。あはは」なんて笑顔で言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまうのだ。正論過ぎて。グチすら言えなくなってしまう。
 その通りだろう、その通りだと思う。でも「そのうち終わる」と百回言われようとも、渦中にいる人間は、やっぱり苦しいのだ。いつかは終わると知っていても、陣痛の痛みが和らぐことはないように。

 でも、言うほうの気持ちもわかる。息子は歩き初めが遅かったのだが、一歳を過ぎても歩く気配のない娘さんを心配する友人に、私も言ってしまったことがある。「大丈夫、そのうち歩くから!」。
 自分の経験を踏まえ、励ますつもりだった。しかし考えてみれば、根拠はどこにもないのだ。単なる希望的観測、無責任な励ましでしかない。
 その励ましが嬉しいときもあるだろう。一概には言えないけど、まずは「悩む心に共感する」のがいいんじゃないかと、最近は思う私である。たとえば「なかなか歩かないと気を揉むよねー」てな感じで。

 たまにはグチって「大変だね」なんて言われたい。答えを求めているわけじゃない。口に出すだけで、ラクになる部分は確実にある。「大丈夫!」と言われると、そこで話は終わってしまう。切り離されたような気分になってしまう。
 「そうだよね、辛いよね」程度に言っていただけると、イチ新米母としては大変嬉しい。「最近、育児が辛くて」。単なる愚痴かもしれない。でも、もしかすると本当に限界で、やっとのことで口に出したSOSかもしれない。
 所詮、他人にできることは少ない。でも、ほんのささやかな共感で、ウソのようにラクになることもある。経験上、共感が難しい方は、せめて「想像」してもらえると嬉しいなと思う。それで十分だから。

2013年12月12日木曜日

君の世界

君の笑み
君の喜び
君の驚き
君の涙

君の貪欲
君の戸惑い
君の秘密
君の諦め

君の理不尽
君の怒号
君の挑戦
君の迷い

くちびるに
ふれたくて
てをのばす

君の濡れ衣
君の嘘
君の歌声
君の足音

君の独白
君の繰り言
君の苛立ち
君の賭け

君の視線
君の呟き
君の湿り気
君の匂い

ひとりきり
せをむけて
そらをみる

君の角度
君のステップ
君のプライド
君の都合

君の磁場
君の退屈
君の引力
君の夢

あともどり
できなくて
たちすくむ

君の思惑
君の孤独
君の足跡
君の世界

2013年12月11日水曜日

クリスマスの住人

 季節の変化は、息子が歌で教えてくれる。つい先日まで[つたぁ〜のはっぱが、まっかだなぁ〜♪]と歌っていたと思ったら、12月に入った途端に[まっかなおっは〜なの〜、トナカイさんは〜♪]。心弾むクリスマスシーズンの到来である。

 「クリスマスはサンタさんが来るんだよね」「トナカイのソリに乗って、お空飛んでくるの」「そしたらプレゼントもらえるんだよ」。生まれて初めて知る事実(!)をうきうきと語る息子に、全世界でお約束の台詞を返す私。「いい子にしてたらね」。
 昨年までは知らんぷり(笑)していられたのだが、今や幼稚園ですっかり知恵をつけ……教わってきた息子の頭の中は、楽しいクリスマスのイメージで一杯だ。サンタ,トナカイ、ソリ、鈴の音、ジングルベル。プレゼント、クリスマスツリー、スノーマン。

 「天にまします我らの父よ。願わくば、クリスマスにはバービー人形をください」。そんな祈り(?)を布団の中で唱えていたのは10歳頃のこと。クリスチャンではないのだが、近所に小さな教会があって、子どもたちの遊び場になっていた。教会のクリスマスパーティで毎年、降誕劇を演じたのを覚えている。流れ星、ベツレヘム、馬小屋、そして三人の賢者。
 連日のお祈りにも関わらず、当のクリスマスの朝、枕元に置かれていたのは、バービー人形の何倍もの値段であろう、立派な百科事典セット(本棚付き)だった。……バービーちゃんでよかったのに(涙)。

 園の参観日。北国のサンタさんから手紙が届く。「わあ、お手紙が冷たいよ!」。先生、なかなか芸が細かい。「トナカイの具合が悪くて困っています。代わりにトナカイを作ってください」。サンタさんのお願いに、せっせとトナカイを工作する園児たち。
 地域のクリスマスパーティでは、「みんなのために、サンタさんが来てくれました!!」「……」。顔を付け髭で覆ったサンタ(有志の男性)に、子どもたちは微妙な反応。「去年は怖くて泣いちゃう子もいたから、今年はいいほうだよ」と囁く先輩ママ。
 来週は園のクリスマス会。本番のクリスマスはその後だ。いったいサンタは何人いて、どれが本物なんだろう。辻褄合わせに私が混乱するほど(笑)だが、息子は特に疑問はないらしい。あるがままを受け入れることに関して、子どもというのは天才的だ。

 百円ショップのサンタ帽を頭に乗せて、今日もクリスマスソングを熱唱する、我が家のちびサンタ。我が家にとっては、確かに君こそ本物だ。
 「そんな悪い子のところには、サンタさん来ないよ!」。全世界でお約束の脅し文句を、今日も元気に叫ぶ母。トナカイのソリに乗ったサンタクロースが、夜空を鈴の音鳴らして現れる。そんな光景に、久しぶりに心躍らせるクリスマスがやってくる。

2013年12月9日月曜日

努力の精度

 「あなたに足りないのは努力だけなの。努力なんて、いちばん簡単なことなんだよ」。20代の頃、友人に言われた言葉は、その呆れたような声のトーンまで、強く心に残っている。何より「努力は簡単」というフレーズが、当時の私には衝撃的だった。

 努力という言葉には、目的のために辛いことも我慢する、そんなニュアンスがある。何だか暗いし、愚直で不格好だ。できれば避けて通りたい。
 先日も、海外で成功を掴んだ日本人の方が、インタビューで「努力はしたことがない」と語っていた。好きなことをやってきただけ、というニュアンスだ。
 ただし、額面どおりには受け取れない。言葉を学び、勝負できる分野を見つけ、知恵を絞って腕を磨いたからこそ今がある。そんな自分を「努力」という冴えない言葉で語りたくないのだろうな、と思う。

 努力が得意だという人もいる。いわゆる成功体験を持つ人は、努力に強い。受験然り、ダイエット然り。彼らは「努力の道筋」を見いだすのが上手だ。
 的確な目標を掲げ、到達までの明確な道筋を引き、迷わず進む。努力で得たものを着実に身につける。だから彼らは、努力を信じることができる。
 一方で、時間と労力を浪費するだけの「下手な努力」もある。数年前、私はある志を抱き、寸暇を惜しんで努力した。今なら私にも言える。努力は辛くない。信じた道を突き進むのは甘美ですらある。
 本当に辛いのは、努力の道筋を見失ってからだ。どう努力したら良いのか分からない、または自分の努力が的外れだったと知る辛さ。暗闇の一歩先は崖であるかのような、あの絶望感。

 かつて「走った距離は裏切らない」と語ったアスリートの姿に、多くの人が感動した。しかしその後、彼女が怪我に苦しみ、思うような成果が出せずにいることを、私たちは知っている。
 もちろん、だからといって努力の価値は揺らがない。努力は万能ではない、それだけだ。私たちがいくら努力しても、彼女のようには走れない。
 努力は難しい。努力の道筋を見つけることは、もっと難しい。「努力は簡単」と言える人は、精度の高い努力ができる才能の持ち主だと思う。しかし冒頭の友人は、むしろ「努力ではどうにもならないものがある」と伝えたかったのだと、今になって思う。

 相変わらず大好きな「お兄ちゃん」のDVD を観ながら歌い踊る息子。新曲もすっかりお気に入りだ。周囲の大人から「将来はお兄ちゃんみたいになる?」なんて聞かれたりもする。
 エンターテイナーにはならなくていいけど、どんな道を選んでも、努力が信じられる人でいてほしい。努力ができるのは、とても幸せなことだと思うから。母ちゃんも頑張らないとね、うん。

2013年12月6日金曜日

10年後のあなたに

 10年後のあなたは、何をしていると思いますか?

 よくありそうな質問だけど、答えるのはけっこう難しい気がする。たとえばあなたが10歳だとして、20歳の自分を容易に想像できるだろうか。
 ちなみに私が子どもの頃、ノストラダムスの大予言というのが流行っていて、「その頃には大人だから、結婚して子どももいるだろうし、子連れで(恐怖の大王から)逃げ惑うのかなあ」なんて、子ども心に思っていた覚えがある。もちろん、現実には結婚すら遠い未来だった(わはは)というオチである。

 20歳のときに30歳の自分、はどうだろう。大学生の頃、30代の人生なんて想像もつかなかった気がする。30歳のときに40歳の自分の想像はつくだろうか。30歳なら気分的にも若いし、むしろ自分たちが時代の中心のような感覚だろう。40歳なんて年寄り(笑)のことは想像する気も起きないかもしれない。
 以前、仕事で一緒になった20代前半の女性。職場の40代の先輩に贈り物をしたいが、何を贈ったらいいか分からないという。「40代の人が喜ぶものって、サッパリ浮かばなくて。万年筆とか……?」
 真摯に悩む彼女だが、話を聞くうちに浮かび上がる彼女の脳内の、妙に年寄り然とした「40代像」に、ア然というか苦笑してしまった私であった。そうだよねえ。20代から見た40代って、そんなもんだよねえ。バカボンのパパだって41歳だしねえ……。

 40歳にとっての50歳、50歳にとっての60歳。10年後は、近いようで遠い。人の生き方が多様化して、時代の変化も早くなって、人の置かれた状況や環境はガンガン変わるから、ますます先が見えない。
 ネットを彷徨っていると、二〇〇〇年代前半の日記や記事に出くわすことがある。ブログもなかった時代、私がHTML辞典を引きながら必死で作った、当時参加していたバンドのホームページもまだ残っている。昔の文章を見るのは恥ずかしいけど、あまり変わってないなあ、と思ったりもする。

 もしあなたが今30歳で「もう若くないな……」と悩んでいたとしても、間違いなく言えることがある。「40歳のあなたから見れば、はるかに若い」。
 もしあなたが今40歳でも、50歳のあなたから見れば十分に若い。あなたが50歳でも、60歳でも70歳でも、10年後のあなたから見れば笑っちゃうくらい若い。人生は有限だ。悩む間があったら進んでいたいと常々思う。

 先のことはサッパリわからないけど、子どもを持った今はただひとつ、確実にわかっていることがある。10年後には、13歳の男の子の母親だということ。
 どんな13歳かはサッパリわからないけどね。たったひとつ確実なものがあるだけでも、それを支えに歩いていけそうな気がして嬉しい。七年後にはオリンピックも来るしね。うん。さあ、前を向いて。

2013年12月5日木曜日

終わりの地平

遠い場所と聞いてた
地図にもないような
遠い未来と思ってた
想像できないような

歩いているかぎり
いつか辿り着いてしまう
そうさ
止まらずに来た
それだけが誇り

いつか終わりの地平に立って
あなたは何を思うのだろう
胸かきむしる程の澱を束ね
跳ぶのだろうか

いつか迷いの果つる土地で
あなたは何を守るのだろう
たったひとつ信じたものを
抱えていられるだろうか

全速力で駈けてた
賑やかな脇道
陽の当たる獣道
どこまでも道なき道

どれほど迷っても
いつか辿り着いてしまう
いまは
乱れた足跡
それさえ愛しい

いつか終わりの地平に立って
私は何を思うのだろう
一瞬のうちにすべてを悟り
跳ぶのだろうか

いつか思いの消える場所で
私は何に出会うのだろう
たったひとつ願えるならば
会いたい人がいる

いつか終わりの地平に立って
いつか始まりの断崖を蹴って
カモメのように翼を広げ
跳ぶのだろうか

いつか終わりの地平に立って
あなたは何を思うのだろう
閉じた瞳に映る景色を
愛していられるだろうか


2013年12月3日火曜日

ラッコと猫と人間と

 生まれて間もない頃、ドデンと仰向けに寝転がっている息子を眺めながら、よく思ったものだった。「なんか、ラッコみたい……」。

 寝返りも打てず、仰向けのまま手足をジタバタさせるばかり。まだ表情に乏しく目線も合わず、歯は生えていないのだが冬だったせいか上唇の皮がめくれて、げっ歯類の前歯のように見えた。
 人間というよりは、まるでラッコのような息子を眺めながら「早く人間にならないかなあ……」と思っていたのを覚えている。ラッコは愛らしいが、やはりコミュニケーションが取れないのは寂しい。

 寝返りが始まると、ラッコだった息子にも少しずつ人間らしさが加味されてくる。それまでは偶然、手に触れたものを掴むだけだったのが、次第に興味のあるものへと自ら手を伸ばすようになる。行動に「意志」を感じる。ヒトとしての確かな進化。
 ズリズリと這い回るようになれば、栄えある自力移動のスタートだ。得意げに体をひねって家中ズリズリ。敢えて例えるならヘビだろうか。頂き物の高級ベビー服が、あっという間に毛玉だらけになる。
 そして膝をつき、お尻が上がり、肘が伸びる。四つん這いの、いわゆるハイハイの姿勢だ。上体が起きると、グンと人間っぽさが増す。好きなところへ移動して、気の向くまま手を伸ばして引っぱり出して、イタズラ三昧になる頃である。

 ある日、ハイハイからテーブルに手をかけた息子。誰が教えたわけでもないのに、足の裏を床につける。「つかまり立ち」の完成だ。しかしまだ体重は足に乗っておらず、ずるずるとバランスを崩してドデン! とすっ転んだ映像が今も残っている。時折、再生してはクスクス笑ってしまう母である。
 息子は歩き出したのが遅かったせいか、人生で最も愛らしい時期の一つ「ヨチヨチ歩き期」が短かった。私は今でも、可愛いヨチヨチちゃんを見ると条件反射で目を細めてしまう。同時に、なかなか歩かず気を揉んだ日々を、小さな痛みとともに思い出す。

 最近の息子は、なんだか猫みたいだ。すぐにゴロンと横になる。誰に似たのか横着で、楽をしようとして逆に面倒なことになる。寝転がったまま水を飲もうとして、水をかぶって大号泣。アホである。
 母が机に向かっているときは、邪魔すると怒られると知っているのに、それでも近くにいたいらしく、視界の端にちょこんと座って一人気ままに遊んでいる。つかず離れず、時折じゃれついてきたりする。
 私は猫を飼ったことはないけど、猫と暮らすってこんな感じ? 七歳までは神のうち、なんて言うけれど、いい意味で人間になりきっていない、不思議な存在と暮らす日々も、悪くないなと思ったりする。

2013年12月2日月曜日

魔法のほっぺ

ほっぺがひとつ ほっぺがふたつ
ほっぺ ほっぺ ほっぺ ほっぺ
……ほっぷん!

おそらのうえで かみさまが
おいしいパンを やきました
ひとくち たべよと ちぎったら

あれあれ? おっこちた!

それが
きみのほっぺ 魔法のほっぺ
ふんわり まあるい パンみたい
かわりに ママが たべちゃおう
もぐもぐ あー おいしいな

ほっぺがひとつ ほっぺがふたつ
ほっぺ ほっぺ ほっぺ ほっぺ
……ほっぷん!

おそらのうえで かみさまが
もひとつ パンを やきました
こんどは おくちに いれたいな

あれあれ? おっこちた!

それが
きみのほっぺ 魔法のほっぺ
そうっと さわって みてごらん
ふんわり やわらか もっちもち
つんつん あー おいしそう

ほっぺはいくつ? ほっぺはふたつ!
みぎと ひだりに ひとつずつ
きみのほっぺと ママのほっぺが
あれあれ? くっついた!
だいすきが つたわる おまじないだよ

ほっぺがひとつ ほっぺがふたつ
ほっぺ ほっぺ ほっぺ ほっぺ
……ほっぷん!

おそらのうえで かみさまが
またまた パンを やきました
さてさて パクリと いけるかな?

むしゃむしゃ たべちゃった!

かみさま ほっぺも パンみたい
もぐもぐ あー おいしかった
……ほっぷん!


2013年11月29日金曜日

幸運という名の悪夢

 サッカーくじで一等10億円が出たというニュースがあった。私は「特に羨ましくはない」と心の底から言えるのだが、「ええええ〜!?」と訝る方々のために、ひとつ説明を試みたいと思う次第である。
 ただし「夢を買う」行為を云々するつもりはないので誤解なきよう。私も宝くじこそ買わないが、欲しいライブチケットを当てるためコンビニで該当商品を買ったりはする。当たったことないけど(涙)。

 「10億円あったら何に使う?」という質問の、典型的な回答例から考えてみたい。まず仕事を辞める。家を買う。旅行や高級品に散財して、残りは貯金。そんなところか。仕事を除けば、確かに一度はやってみたい。ただしこの時点でも、相当な欲望のコントロール力が必要だろう。でないと貯金は残るまい。
 問題は仕事だ。10億円の貯金があり、かつ年収数百万程度の一般的な仕事をそのまま続けられる人は、おそらく多くはない。仕事というものの意味や価値が、ガラッと変わってしまうからだ。

 仕事が与えてくれるのは、言うまでもなく金銭だけではない。能力を認められ、評価され、生活の糧を得る。自尊心が生まれ、生きる手応えを感じる。
 仕事を辞めると、それらを手放すことになる。たとえ辞めなくても、大金を手にする前と同じ感覚では働けなくなってしまう。生きることは、働くことと同義だ。この場合の「働く」は当然、育児や家事も含む。そもそもお金が有り余っていて、何もする必要のない人生は、果たして幸せなんだろうか。
 散財も最初は楽しいだろう。しかし降って湧いた大金は、人生の流れをかき乱し、濁らせてしまう。巨大な幸運によって人生が大幅に狂うのは、やっぱり怖い。それもまた人生かもしれないけれど。

 20数億円を横領して使い込んだ人がいた。誰かが「目の前に20億円使ってもバレない仕組みがあったら、手を出さない自信はない」と書いていた。私もそう思う。宝くじよりよほど怖い「打ち出の小槌」。
 手にした小槌が有限であることに、彼はいつごろ気づいたのだろう。投資にも手を出したのは、何とか破滅を食い止めようとしたのか。今となっては悪夢を見ていた気分かもしれない。人生を投じた悪夢。
 お金以上に,費やした時間は二度と戻らない。彼が幸せだったかどうか,それは彼にしかわからない。

 以前、お金を貯めて40歳でリタイアしたい、と力説する人に会ったことがある。そんな若くリタイアしても、仕事がないって結構辛いと思うよ、とフリーランスの私は経験から(涙)言ったのだが、「それはお金がなかったからでしょ!?」と一蹴された。
 そうだろうか。みんな、そんなふうに思うんだろうか。私には、そんな巨大隕石のような幸運を、生きる意味の薄れた人生を、上手に捌く自信はない。日々健康で愛しい家族と過ごせる夢のような幸運と、あとは行きたいライブのチケットが当たれば十分なのだけど。いや本当に。

2013年11月28日木曜日

探したい夜

目を閉じて
鼓動を拾って
手探りで
君を探したい夜

風笛に
怯える君を
手探りで
つなぎ止めたい夜

あたたかな
闇を包んで
手探りで
君を縁取りたい夜

消えたのは
君だけじゃない
僕の鼓動も
君は奪っていった

夢に跳ぶ
光を散らして
手探りで
君を探したい夜

あたたかな
喧噪に紛れ
指先で
君と繋がりたい夜

この夢の
どこかに君を
感じるだけで
満ち足りていたのに

闇を消して
風を諭して
手探りで
君を探したい夜

2013年11月27日水曜日

ふるさとが刻むもの

 私の祖母は富山県に住んでいる。結婚前、初めて相方を連れて訪れた時のこと。親族が談笑する最中、ふと見ると相方が顔面蒼白になっている。どうしたの、と尋ねると、「言葉が全然わからない……」。

 祖母の富山弁がサッパリ理解できないだけでなく、私が普通に会話に参加しているのを見て、まるで自分だけが取り残されたようで本当に怖かったという。とはいえ、私も話せるわけではない。理解できるのは幼い頃から耳にしている祖母の言葉だけだ。
 「そんながやちゃ」「あんた、きのどくな」「なん、つかえんちゃ」……。富山弁は京都方面の流れを汲んで、語感が柔らかい。耳に優しい言葉である。私自身は愛知県の三河地方の出身だ。「じゃんだらりん」で知られる三河弁は、検索窓に入力すると「汚い」が候補に出てくる言葉である。
 その「汚い」三河弁を、我が子が普通に喋り出す。富山から嫁いだ母は、本音では嫌だったらしい。でも子どもにとっては故郷の言葉なのだから仕方ない。

 私は布団を「はぐる」と言う。鍋のフタも「はぐる」だ。これは三河弁ではない。どこから来たのか、と思っていたら、祖母が使っていた。
 壁に貼ったカレンダーが「かたがってる(傾いてる)ね」と言ったら相手に通じなかった。後で母に「『かたがってる』って方言らしいよ」と言ったら、「え!? 標準語では何て言うの!?」と驚いていた。
 富山に住んだこともないのに、私の中にはまるで血筋のように、富山弁のかけらが残っている。面白いものだなあ、と思う。

 たまに帰ると、地元で耳にする三河弁が妙にわざとらしく聞こえることがある。もう地元を離れて長い私にとって、気づくと接する機会のない、遠い言葉になってしまったのだ。「やだげえ」「ほだらあ」などと喋っていた自分も遠い過去のように感じる。
 それでも地元の友人に会えば、自然と輪の中に戻っていくのだろう。刻み込まれたものが、呼び覚まされる。懐かしくて新鮮な、不思議な感覚。

 長野県出身の相方は、服のボタンを「かう」と言う。私は最初「カウ? 牛(cow)?」というほど違和感があったが、今はすっかり慣れてしまった。
 長野の言葉で好きなのは「いじれる」。子どもが泣いているときなどに、「子がいじれとる」のように使う。とてもニュアンスが伝わる気がして、息子が赤ん坊の頃は自分でもしょっちゅう使っていた
 東京育ちの息子は時折「ひ」が「し」に聞こえる。園には祖父母と同居の子も多いせいだろうか。親や友人、自分に連なる人たちの言葉が重なって、彼の中に刻まれていく。思いもよらない方言が、息子の口から出る日が来るかも、と思うと少し楽しい。

2013年11月26日火曜日

タイムアウト

はい 時間切れです
この先には
夢も希望もありません

知らなかったんですか
もう終わりましたよ
この先には
めぼしいものはないです

どんな輝きも
どんな情熱も
身を焦がす情欲も
あなたを傷つけるだけ

先へ進みますか
それとも
ここにいますか
毛布にでもくるまって

はい 時間切れです
そう言われても
時間は正確ですから

気づかなかったんですか
予兆はあったはずです
そう言われても
時間は平等なんです

屈辱と後悔を
受け入れていくための
長い長い道程が
あなたを待っているだけ

先へ進みますか
それとも
ここにいますか
石膏にでも溶け込んで

瑞々しいもの
きらびやかなもの
力強いもの
華やかなもの

栄光の前の苦悩
頂上を見据えた一歩
夜明け前の倦怠
いつか叶うはずの夢

そこにあなたはいません
時間切れなんです
与えられた時間を
あなたは使い切ったのです

先へ進みますか
身を横たえる場所を探しに
それともここにいますか

先へ進みますか
絶望の砂金を探しに
それともここにいますか

2013年11月25日月曜日

呪文を解き放て

 彼女と出会ったのは、短期留学先のイギリスだった。関西の大学でスペイン語を専攻していた彼女は、スペインからの留学生とスペイン語でバンバン会話していた。「(英語と)どっちも学べてお得やわあ」と言った彼女の、柔らかな関西弁が耳に残っている。

 卒業後、彼女は語学力を買われて商社に就職した。東京勤務となった彼女と何度か飲みに行ったが、彼女によるとその会社は女性の活用に積極的で、責任ある仕事をドンドン任される。彼女も入社翌年に単身で長期海外出張に出ていた。女性が長く働けるよう、育休や職場復帰制度も整っているという。
 「いろんな国の言葉が飛び交ってな、みんな生き生き働いてんねん。ほんま楽しい」。自分の道に迷いがあった私は、目を輝かせて話す彼女が心底うらやましかった。明るく誰にも好かれる彼女は必ずキャリアを成功させると、私は信じて疑わなかった。
 そんな彼女が退職すると聞いたのは、就職してまだ四年目のことだった。しかもなんと「結婚退職」。

 「出産ならともかく、結婚で辞める人なんておらんからね。みんなビックリしたやろね」。新婚家庭らしい小綺麗なマンションの一室で、生まれたばかりの子どもの頭を撫でる彼女を、私は呆然と眺めていた。しばらく夫婦でゆっくり過ごすつもりが、すぐ子どもができちゃって、と彼女は笑った。
 「でも私、人のサポートをするのは好きやけど、自分がバリバリ働くタイプじゃなかったみたいでな。四年働いて、それがやっと分かったんや」。
 私は戸惑いながらも、彼女が幸せならいい、と思った。まもなく彼女はご主人の転職に伴い、関西へ戻っていった。翌年に届いた年賀状にはこうあった。「家族のために家事をするのが本当に幸せ。私には専業主婦が天職だわ!」

 当時の私には、彼女の選択に違和感があったのも事実だ。それでも、家庭の事情、本人の心情、時代の空気。様々な物事に左右されながら、私たちは日々を選択していくしかない。
 彼女も私も「これからは女性も仕事を持つべき」と言われて育った。現在のように「夢は専業主婦」とは言いづらい時代の空気があった。そんな「時代の空気」という呪文から、彼女は解き放たれたのだ、そう思った。誰もが思うように生きていければいい。女性も、男性も。

 私が転居を重ねたせいか、いつしか年賀状は途絶えしまった。彼女は今も元気に専業主婦をやっているだろうか。当時の子は、もう中学生になる。何をしていても彼女のことだ、きっと笑顔でいるだろう。
 私も母になったと知ったら彼女は何と言うだろう。「子育ては大変やけど、楽しいやろ?」。あの柔らかな関西弁で、きっとそう言って笑うに違いない。

2013年11月22日金曜日

過激の正体

 人は普段、自分の本心を隠して生きている。裸のまま外に出てしまうことのないように、何重にも覆ってデコレートして、相当に気を使って生きている。
 なぜなら人の心には、とても表には出せない、自分でも直視したくないような感情が渦巻いているからだ。差別、嫉妬、蔑視、憎悪。それらと何とか折り合いを付け、表向きを繕いながら、人は生きていく。それは綱渡りのように困難な所業にも思える。

 だから私は「過激」というのは、むしろ簡単ではないかと思ったりするのだ。毎日、必死で懇切丁寧に被せている心の覆いを、取っ払ってしまえばいい。飾らず出してしまえば、それは間違いなく「過激」になる。過激な言葉、過激な詞、過激な文章。
 もちろん、表現された芸としての過激さもあるだろう。けれど、心の覆いを外しただけの「過激」には、私はあまり興味が持てない。そもそも、今やネットで誰もが匿名で本心をぶちまける時代だ。生半可の「過激」では、大して人目も引けない。

 たとえば、ママタレさんのたわいのない言葉尻を捉えて炎上させるような、ネットで鬼女などと呼ばれるような人に実際に会ったら、性格の良い素敵な女性だった、ということは大いにあり得ると思う。
 種明かしは簡単だ。人なら誰もが隠し持つ、他人への嫉妬や羨望、攻撃性、他人を貶めることで安心したい気持ち。そんな感情がネットの匿名性によって生きる場を得た、鬼女とはそんな存在のように思う。実体はない。けれど誰の心の中にも棲んでいる。

 ママ友とは恐ろしい世界だ、と言いたがる人たちがいる。人が集まれば様々な感情が渦巻くのは当然で、その意味では会社も学校も地域も十分恐ろしい。
 人が本心を隠し、表面を繕うのは、人付き合いの技術、知恵であり礼儀でもある。隠された感情の渦を暴いてみせるのは、ドラマや小説作品の仕事でもあるけど、実際に剥き出しになることは多くはない。だからこそ作品に価値があるともいえる。
 現実にもいろんな人がいる。苦手な人、相性の悪い人がいるほうが普通だ。不満を感じつつも、誰もがそれなりにやっている。会社でも学校でもママ友でも。それが社会なのだから。一部の「ママ友怖い」論には、何やら悪意すら感じてしまう私である。

 「過激」は届きやすい反面、多くの人を傷つけがちだ。人を傷つけない表現などない、というのも真理だと思うけど、私はあまり人を傷つけたくはない。
 人に優しく、それでいて心に届く、そんな言葉を探したい。それはとても困難で、だからこそ、やりがいがあると感じる。なのに「お前は相変わらず過激なモノ書くなあ」なんて言われてしまうのだから悲しい。

2013年11月21日木曜日

あしたなかよし

きょうはたくさん 怒られました
おもらしは ぜんぶで三回
「どうして?」ってきかれても
気がついたら ぬれてるんだよ

ごはんのときは スープこぼした
走って転んで 泣いちゃった
最初は「だいじょうぶ?」って言ってたのに
泣き止まないから 叱られた

あした あした
あしたなかよし
あしたはきっと笑えるね
あした あした
あしたなかよし
あしたはママも 笑顔でね

きょうはずいぶん 怒ってました
やれやれ 疲れた へとへとよ
「してないよ」ってトボケても
ぬれたズボンは ひと目でわかる

スープは指じゃ 食べられません
ドタバタ走って ぶつかって
「びぇ~ん!」の中に 甘えっ子は何割?
やさしいママで いたいのに

あした あした
あしたなかよし
あしたはきっと笑えるね
あした あした
あしたなかよし
なにとぞお願いいたします

おやすみ前に ぎゅうっと抱っこ
なかよしこよしの おやくそく
ため息 プンプン 注意報だよ
おねしょは たぶんしちゃうけど

あした あした
あしたなかよし
あしたはきっと笑えるね
あした あした
あしたなかよし
あしたはみんな 笑顔でね

あしたも なかよし ママとぼく


2013年11月20日水曜日

ピースを探して

 義母から届いた荷物の中に、アンパンマンが描かれた子ども向けのジグソーパズルが入っていた。「これであそぶ!」。凄まじい食いつきを見せる息子。開けてみるものの、何をどうしたらよいか分からない。彼の人生初ジグソーである。
 パパと遊ぶうちに、何とか一人で作れるようになる。その様子を眺めながら、思い出が蘇る。何を隠そう学生時代、ジグソーにどっぷりハマったことがあるのだ。一つ完成すると次を作らずにいられない。あれ、今の服作りと一緒!? ……性分だな(涙)。

 ジグソーの魅力の根幹は、ピースとピースが「ピタッとハマる快感」。試行錯誤しながらレールを歩く、努力が確実に報われる安心感。小さな達成感の積み重ねが、大きな達成感に繋がる心地よさ。
 制限時間などはない。ゆったりした時間を過ごしたいとき、ジグソーはとても合う。ただ、単純なものなら気軽に取り組めるが、ピースが多いと時間もかかり、モチベーション維持が大変になってくる。
 難しくて放り出したり、完成前に飽きてしまうようでは楽しめない。加えて、手応えを感じるには最低でも五百ピース、完成品を飾るなら専用の額縁も、となると数千円単位でお金が飛んでしまう
 私がジグソーを作らなくなったのは、時間やお金以上に「作りたい絵柄」に出会えなくなったことが大きかった。「この絵を完成させたい!」という強い思いがなければ、趣味としては続かない。

 そんな、かつて夢中だった元ファンの目で見ると、この「アンパンマンジグソー」は実に「よくできている」。大勢のキャラクターが集合して楽器を演奏している絵柄だが、こういう「手がかり」の多い絵は作りやすく、かつ作っていて楽しいのだ。完成形の絵を見ながら「ドキンちゃんはどこ!?」とピースを探る、そんな子らの姿が見えるようで微笑ましい。
 一つピースをはめるごとに「やったー!」と喜ぶ息子。それにしても、いつの間にこんなことができるようになったのか。少し前まで積み木の型合わせもできなかったのに、なんて思い巡らす母である。少し前と言っても二歳頃の話だけど。

 ジグソーで最も難易度が高いとされるのは「ミルク」と呼ばれる代物だ。白一色。手がかりゼロ。私はちょっと、トライする気になれない。作ってて楽しそうじゃないし。完成しても白い板だし(笑)。
 そもそも今の私には、かつてのような時間はなくなってしまった。いつか作ろうと思って買っておいたジグソーは、小さな野球少年たちの絵柄。今は埃をかぶっているけど、息子がもう少し大きくなったら、一緒に箱を開けてみるのもいいかもしれない。

2013年11月19日火曜日

Myself

誰かの瞳に映る私が
百も千も万も積み重なって
私がいる
一瞬ごとの息吹すべて
切り刻まれた飴玉のように
私がいる

何も思いたくはない
何も失いたくないから
何も欲しくないのに
私という貪欲はどこから来たの?

自分じゃない自分が
自分の中から生まれて
自分じゃない自分に
自分が染まってゆく

目眩の輪の中
回り続けて
Myself
燃えて溶けてまた
固まってみましょう
Myself

誰かの瞳に映る私が
誰かを傷つけていたとしても
それが私
一瞬ごとに違う顔で
違う日常に立ち現れる
それも私

何にも囚われない
何にも惑わされず
何も恐れたくないのに
私という幻想に追い立てられて

自分じゃない自分が
自分の中から生まれて
自分じゃない自分に
自分を奪われてゆく

目眩に癒され
狂おしいほど
Myself
ここにいるのは誰?
逃げ切ってみせましょう
Myself

何も支配したくない
何も奪われたくない
何も壊したくないのに
私という戦場に炎が上がる

自分じゃない自分が
自分の中から生まれて
自分じゃない自分を
自分で埋め尽くしてゆく

……あなたは誰?
見覚えのない
Myself
幾千もの粒が
螺旋を描いて
Myself


2013年11月18日月曜日

不純な笑顔

 子連れで街を歩くと、やたら声をかけられるのはココココでも書いたが、あまり声をかけてほしくない人の目にも止まってしまうのが厄介ではある。
 伊藤理佐さんの『おんなの窓』にも、キョーレツなエピソードが載っている。ベビーカーを押して歩いていたとき、自転車で一旦は通り過ぎた女性が、突然引き返して笑顔で話しかけてきたという。「可愛い赤ちゃんだなーと思って声をかけさせていただきました。学資保険はお考えですか?」……。

 そこまで露骨な体験はないが、赤ちゃん連れのウブそうな母親は、一部の人にとって「ネギ背負ったカモ」なのだろう。まあ、いろんな世間を見せていただいてますよ。生きるって大変(しみじみ)。
 私がよく遭遇したのは、いわゆる宅配食材。路肩に駐めた小型トラックから運転手が下りてきたと思うと「ちょっとよろしいですか?」。よろしくないので足早に立ち去る私。ここの運転手(営業も兼務!?)は、顧客のマンションの他の住人への営業も抜かりない。決め台詞は「他の階の方も会員ですよ」。
 郵便局も子連れだと高確率で「学資保険は……」。切り出されるより先に「間に合ってます」と言いたくなるほどだ。民営化とは子連れにすべからく学資保険を勧めることなのか。そうか。そうかもしれん。

 一度や二度ならいいのだが、子連れと見るや自動的に営業モードに入る、彼らのあの「相手を商売の対象としてしか見ていない」カンジがシャクに触ってしまう。別の出会い方をすれば、宅配食材だって頼むかもしれないのに、とすら思ってしまう。
 そもそも私は、店でも店員さんに話しかけられるのが苦手だ。ゆっくり見たいのに、話しかけて思考の主導権を奪おうとする、いわゆる営業トークに我ながら異様なほど嫌悪感がある。買う予定だったのに、トークに辟易して買わずに帰ったこともある。ここまでくるとちょっと変かも(すいません……)。

 子どもに直接、話しかける店員さんも多い。「まあ可愛い」なんて言われれば親も悪い気はしないから、作戦としては正しかろう。しかし「子どもさんにお渡ししてますので」と、いきなり菓子やグッズを差し出すような、いかにも「子どもから釣ろう」感がミエミエだと、さすがに興ざめしてしまう。
 週末の家電量販店。某フロアへ立ち寄った私は、店員さんの視線を一斉に浴びてのけぞった。7〜8人はいる。「○○をお探しですか」「こちらは○○タイプで……」。ギャー、何でこんなに!! すいませんごめんなさい苦手なんです(た、助けて)……。
 気づくと息子がアンパンマンのついたクリアファイルを手にしている。振り返ると名札を付けた男性が「子どもさんに……」。クリアファイルを!? てゆうか誰!? 店の制服じゃないからメーカーの人!? 何の!? とりあえず何をもらっても買わないからっ。
 くっそー、アンパンマンさえ付けときゃ子どもは喜ぶと思ってるな。その通りなのが実に悔しい。

2013年11月15日金曜日

苦手なんかじゃない

 今でこそ詩や文章を書き散らして暮らしている私だが、実は国語が大の苦手だった。大学受験では試験科目に現代文のない大学を選んで受けたくらいだ。
 漢字も慣用句も苦手、読解問題では最も正解から遠い選択肢を選んでしまう。意味が通じないほうが逆にそれっぽい、とか思ったり。……バカ?(涙)。

 体育と図画工作は、ずっと5段階評価の2。要は平均より下という意味だ。だから私は、自分は体育と図画工作が苦手なのだ、と思って育った。そう思わざるを得なかった。だってずっと2なのだから。
 確かに跳び箱も跳べなかったし、走れば50メートル走で10秒以上かかった。体育は数値で出るから諦めもつく。では図画工作はどうなんだろう。
 明らかに絵のうまい子というのはいて、私はそうではなかったのは確かだ。手先の不器用さが当時から際立っていたのだろうか。そうかもしれない。何にせよ、相対評価で私は「平均より下」に編入された。それ自体は仕方のないことではある。

 絵を描くのが嫌いだった記憶はない。特に屋外での写生は好きだった。それでも私には「2」以上の評価は与えられなかった。
 「大きくのびのびと描きましょう」。先生の言葉に、私は画用紙いっぱいにニワトリの胴体を描いた。次に脚を描こうとしたらもうスペースがなくて、短い楊枝のような脚になってしまった。この絵は今でも両親の間で笑い……語り草になっている。
 小学五年生のときに作った木版画。このときも「大きくのびのびと」描こうと、画板いっぱいに笑顔の自画像を彫った。この木版画は市のコンクールで入選し、この学期だけ図画工作の成績は「5」に跳ね上がった。しかし次の学期には、「2」に逆戻りだった。私には過ぎた評価だったらしい。

 体育の成績は悪かったが、体を動かすのは好きだった。高校はハンドボール部。女子は人数が少ないので全員レギュラーだ。試合にもバンバン出た。
 大学の体育でやったジャズダンスは、我ながら見事なヘッピリ腰(笑)だったが、出席さえすれば「A」の好評価がもらえた。サークルで行ったスキー合宿では、怪しげなボーゲンで斜面を転がりながら進んだ。社会へ出てからはスキューバダイビングにハマった。どれも楽しくて仕方がなかった。

 性格的におっとりしている息子は、徒競走でも最後列をトットコ走っている。運動能力の高いほうではないのかもしれない。絵を描くのは大好き。折り紙や工作も好きで、冷蔵庫に自分の作品をマグネットでペタペタ貼る。まるでギャラリーのようだ。
 上手かどうかは知らない。まだ評価に晒されずに済む年頃だ。たとえ将来、どんな評価をされようとも、妙な苦手意識を持たないでほしいと願う母である。体を動かす楽しみ、モノを創る楽しみを知っていることのほうが、ずっと大事なことだと思うから。

2013年11月14日木曜日

こどもマーチ

とりあえずWA!って
なっちゃうのがいいんじゃない?
とりあえずWoo!って
ゆっちゃうのもいいんじゃない?

タイクツ 大敵 ぼくらは こども
生まれた ときから なぜだか こども
こどもなんだから Woo! WA!
足踏みしてちゃ Woo! WA!

前へ進め! エイエイオー!

どうして ぼくらは 小さいの
なっとく いかない パラリポー

とりあえずプリッて
おしりふればいいんじゃない?
とりあえずHEY!って
カッコつけもいいんじゃない?

かわいいね なんて 言われて 飽きた
当たり前 だって ぼくらは こども
こどもなんだから Woo! WA!
どこへだって行く Woo! WA!

全体止まれ! あっかんべー!

きのうが きょうの あさってで
ぜんぜん いみが わからない

スイッチ 切れたよ ぼくらは こども
コテンと ねむれば 夢見る こども
こどもだってさあ Woo! WA!
つかれちゃうんだから Woo! WA!

バックします! ピーピーピー!

おとなは どうして 大きいの
ずるいよ まったく ペレポプー

とりあえずWA!って
なっちゃうのがいいんじゃない?
とりあえずWoo!って
ゆっちゃうのもいいんじゃない?

全体止まれ! ワンツースリー!
右へならえ! あっかんべー!


2013年11月13日水曜日

親バカ讃歌

 生まれた直後から「(私に)似てる」と言われた息子だが、自分では正直よくわからない。そんなことより出産間もない頃の私はもう、息子が可愛くて可愛くて、ほとんど夢見心地だった。
 似てる云々とかではなく「ウチの子、こんなに可愛くていいの? ホント!? やったー!!」みたいな。書くと何かアホ母っぽいな。まあいいや(笑)。

 ハードな新生児育児の真っただ中、身もココロもヨレヨレなのに、息子を見るともう可愛くて愛おしくてたまらない。書いてる自分が恥ずかしいが(笑)でも、そうだったんだから仕方がない。大きな瞳、長い睫毛、ぷくぷくホッペ。まだ目も合わず笑いもしないのに、ずっと見ていても飽きない。
 産後間もない母には、自分の子が特別可愛く見えるホルモンか何か出てるんじゃなかろうか。まるでキラキラパウダー(?)を振りかけたみたいに、私には息子が輝いて見えた。神様の贈り物、地上に降りた天使だと、本気で思えた。

 街へ出るようになると、次々と見知らぬ人が「可愛いわねえ」と話しかけてくれる。「そう? やっぱりウチの子って可愛い!?」。もう母は有頂天だ。
 どの子の親も、同じような体験をしているはず。心のどこかでそう思うだけの理性は残っているのだが、気を抜くと親バカ心が走り出す。何かにつけ「ウチの子は特別なんじゃ……?」と思ってしまう。
 しかし親が我が子を特別視すること自体は、とても自然なことにも思える。過度は問題だが、卑下するのもどうだろう。誰もがその子なりに個性的で、唯一無二の特別な存在だ。そのことを、誰よりも自信と説得力を持って伝えられるのは親だろうから。

 ブサイクをウリにする某女性芸人が、親にはこう言われるという話をしていた。「○○ちゃんほど可愛い子はいないのにねえ」。親御さんは、娘さんがブサイクと言われることが納得できないのだという。
 何と正しい「親バカ」だろう。私はこんな親になりたい。世間の価値に揺らぐことなく、何があろうと子どもの価値を根っから信じている。それは、子どもが安定した人格を築く土台となる気がする。
 確かに親バカには、一歩間違うと現実検討力の低下した「バカ親」になる危険も潜んでいる。正しい親バカ道を、私は今後も追求していく所存である。

 園生活が始まった春、息子と同じ年頃の子どもたちを見て、私は思わず心の中で叫んだ。みんな、なんて可愛いんだろう。顔立ちや性格云々ではない。あの子もこの子も、とにかく可愛くてたまらない。
 子どもは子どもであるだけで、誰しも十分に可愛いのだ。園へ行くたびに、そう再確認する私。キラキラパウダーが、子どもたちの歓声の中へ散っていく。それでいいんだと思う。

2013年11月12日火曜日

育児の学び方

 私は「子どもの育て方」を、実母を始め身近な誰からも教わらなかった。里帰り出産でもなく知識も経験もなかった私が、何とかここまで育ててこれたのは何のおかげだろう、というのが今回のおはなし。

 ちなみに、インターネットは(少なくとも乳児期は)ほとんど活用していない。今でこそ何か疑問があると検索することもあるが、出産当初はとてもじゃないがパソコンの前に座る余裕はなかった。
 オムツの替え方は、妊娠中に産院の両親学級で教わった。授乳の仕方や入浴の仕方は、産後の入院中に助産師さんから実践指導。「調乳指導」の講師がミルクメーカーの営業レディだったのはご愛嬌だ。
 出産前には『はじめての育児』的な本も買った。新生児の抱き方、着替え、体の手入れ、発育の流れに離乳食の与え方、病気ケアに生活リズムの作り方。
 書籍はただ淡々と、母業に必要な情報を漏れなく伝えてくれる。今どきのニーズに応えて内容も懇切丁寧、図解や写真も豊富だ。そして、育児雑誌。

 人気の育児雑誌を二種類、私は毎月愛読していた。月齢や季節ごとの悩み、気晴らしの読み物、育児に役立つ付録。元来が雑誌好きなこともあり、隅々まで読み込んでいたが、雑誌にはマイナス面もある。
 不特定多数へ向けたメディア故に、いわゆる一般論の域を出ることができないのだ。個別の疑問には決して答えてくれないのが雑誌の宿命でもある。

 たとえば我が子が偏食で困っているとする。偏食は一般にこんな理由や解決策があって、という「一般化された情報」は得られるが、「それで結局、ウチの子はどうしたら食べるの!?」という、ママが最も知りたい問いには、雑誌は決して答えてくれない。
 平均や標準から外れると過剰な不安に陥りやすい面も否めない。何ヶ月で首座り、何ヶ月で寝返り、何ヶ月でお座り何ヶ月でハイハイ。雑誌の情報は目安でしかないのに、誌面にもそう書いてあるのに、そこから我が子が外れると不安でたまらなくなる。

 雑誌には一般論しかない。雑誌は流行を追う。その内容は慈善でも福祉でもなく商品だ。わかって読めば、振り回されることも減る。未知の暗闇を手探りで進むような乳児期、技術的にも精神的にも、どれほど雑誌に助けられたことか。
 「流行はあるけど正解はない」育児は、原則として自己決定・自己責任の世界だ。親が選択して責任を持って、育児の日常は怒濤のように進んでいく。そんな現代事情も育児雑誌は垣間見せてくれる。同じ時代を生きるナマの声は、やはり励みになる。不安なときも一人じゃないと思わせてくれる。
 多くの育児雑誌は一歳六ヶ月で卒業を迎える。私は寂しくて、その後もしばらく買い続けたほどだ。決して付録に釣られたわけではない。と思う。

2013年11月11日月曜日

夜を見せてあげる
君に夜を

蠢くヘッドライト
そう あれは蛇
君が怖がっていた
夜の使者

四角く光る箱の群れ
そう あれは灯火
命の数を
数えてともる

肌寒い闇に
光が笑う
君をいざなう

夜を見せてあげる
君に夜を

何かが君を呼ぶ
何かが君を手招く
立ち止まった君を
光の輪が包む

闇を羽織って
夜を駈ける生き物
その背に乗れば
二度と戻れぬ

甘い闇に
光が飛び散る
君を目指して

瑞々しい闇に
光が跳ねる
君を連れ出す

夜を見せてあげる
君の夜に

私の居場所はないから

2013年11月8日金曜日

メンクイ狂騒曲

 私はいわゆるメンクイではない。少なくとも自分ではそう思う。と若い頃に言ったら、友人にこう言われたことがある。「えー、Aくんがかわいそう」。

 Aくんというのは当時の彼氏だ。私は一瞬、本気で意味がわからなかった。私は別に彼氏がブサイクだと言ったわけではないのだが、どうもそんなニュアンスに取られてしまったらしい。
 異性を見るときにビジュアルを重視する人、ルックスから入る人、くらいの意味だろうか。世間でイケメンとされるタイプを好む人、という説明もアリかもしれない。いずれにしても、私は当てはまらないのだから「メンクイ」ではない、と言うしかない。

 イケメンとは社会的な指標なので、個人の主観とは当然ズレがある。私は世間一般で言うイケメン(相当、幅広いけど)は確かに概ねタイプではないが、「見た目はどうでもいい」わけではない。見た目は大事だ。顔立ち、体つき、表情や仕草が醸し出す空気。人となりの大きな部分を外見は占めている。
 出会った当初は「少し変わった顔立ちだな」と思った人を、後から好きになることが私は多かった。これもあくまで自分の中での話であって、世間的にヘンな顔とされる人(?)が好きなわけではもちろんない。「どこか心に引っかかる顔」とでもいうか。
 ところで私がメンクイではないと言うと、相方はいい気はしないらしい。「顔で選ばれたい」願望が男性にはあるんだろうか。私は「顔で選んだ」と言われても、別に嬉しくはないけど。顔って変わるし。

 男性は「女は皆イケメン好き」と思いたがる傾向があると思う。特に週刊誌やスポーツ紙等の男性メディアに顕著だ。そのほうが男性はラクなのだ。自分がモテないのはイケメンじゃないからだと思えるから。イケメンに生まれなかったのは自分のせいではなく、モテないのも自分のせいではない、となる。
 とはいえ、イケメン好きを標榜する女性は多い。私の周囲にも「男は顔!」と断言する輩がいるが、でも彼女らの配偶者が皆イケメンかと言うと、当然そんなことははない。彼女らは妥協したんだろうか。泣く泣く、タイプではない人と結婚したんだろうか
 大事な人生の伴走者を、誰も本当は顔だけで選んだりしない。そう考えたほうが自然だと思う。いや、外見だけは妥協(!)せざるを得なくて、だからイケメンを求めるという図式もあるか。うむむ……。

 息子が生まれた瞬間、私は瞼を見た。二重の相方に似てほしいと思っていたから。相方は鼻の下を見たという。自分に似てほしくない部分だったらしい。
 子どもの顔立ちは、その未来にも似て不安定だ。イケメンでなくていいから個性のある顔になってほしいと、秋の夜長に妄想する母である。顔つきから存在が匂い立つような男。いいね、うん。

2013年11月7日木曜日

流れを見つめて

 自分の周りを、流れている何かがある。それは時間だったり、空気や想いだったり、理想や妄想、運命や運勢、人間関係や、過去の記憶だったりする。
 言葉にするのが難しいのだが、自分の周りには何らかの「流れ」があって、その流れの中で生きている、私にはそんなイメージがある。いわゆる「気」と呼ばれるものに、いくぶん近いかもしれない。

 たとえば私が言葉を探すとき、流れの中を必死でもがくイメージが浮かぶ。手をジタバタさせるうち、何かが引っかかる。もしくは流れに身をゆだね、祈るような気持ちで言葉が流れてくるのを待ち構える。
 生きた時間が長くなるほど、流れは一定の方向性を見せる。自分がこれまで選んできた選択、望んできたもの、出会ってきた人。それらが流れを形作る。それなりにスムーズに走る流れから、飛び出したり逆らったりするのは、年を経るごとに困難になる。

 若いうちは、傷ついたり辛い思いをするほど、自分が成長しているような気がした。自分を取り巻く流れに逆らって、身を切られながら前に進むのが、人生の醍醐味なのだと思っていた。
 それがそのうち、そうも言っていられなくなる。傷つくたびに、これまでの人生を否定されているようで辛くなる。傷の治りが遅すぎて、下手すると膿み広がってしまう。
 自分の人生の流れに存在しない物事にいきなり飛びつくのは、要らぬ傷を負うリスクが高い。もちろん「そういう生き方こそ自分らしい」と感じる人もいるだろう。その人にとって、それは「流れ」の一環なのだ。そういう人は悩まない。無理をしているのでなければ。
 不安を感じるのは至極当然なことだ。年を重ねれば守るものも増える。傷のダメージが、以前とは違うのだ。だからといって、守りの生き方しかできないわけではない。流れを変える方法はもちろんある。

 「流れ」は、あくまでも自分だけのものだ。自分で感じることしか「流れ」を知る方法はない。だから注意深く観察する。理屈だけではなく感覚で感じ取る。流れの音に、じっと耳を傾ける。
 そうしてほんの少し、波紋を起こすのだ。流れを揺らし、空気を動かす。流れを辿って少しずつ、立ち位置をずらしていけば、見える景色も変わる。無理はしない。流れは自分の生き様そのものであり、自分を守る砦でもあるのだから。

 ここぞとばかりに無理をする、迷いなく飛び出せる、そんなタイミングも時に訪れる。そんなときは躊躇せず飛ぶ。はっきり言って失敗はある。自分の「流れ」を見誤ることは往々にしてあるからだ。痛い目を見つつ、流れを見つめて、流れに寄り添う。流れを感じて、少しずつ、小さな波紋を積み重ねる。
 行き詰まりを感じたら、波紋を起こしてみるのもいい。自分を取り巻く「流れ」を、ほんの少し揺らすのだ。自然な変化は、強く美しい。私たちはいつでもいくつでも、静かに美しく変わっていける。

2013年11月6日水曜日

泣いてもいい

誰より夢中でがんばっていたね
たったひとりでもくじけなかったね

ほら おいで こっちだよ
泣いて いいよ

痛いのも歯を食いしばりがまんしたね
泣きわめいたけど何とか乗り切ったね

ほら ママは ここだよ
泣いて いいよ

君の思いを解き放つ
その涙もいつしか乾いてく
甘えられる人がいる
人生にはいつもそんな人がいる

君の そばにも きっと

こんな計画じゃなかったはずなのにね
大海原を泳ぐ夢でも見たのかな

ほら 涙 ふいて
笑って ごらん

立派なお兄ちゃんはちょっとお休み中
失敗ばかりイヤになるのもわかるかな

ほら ママも 笑うから
笑って ごらん

君の涙を覚えてる
ママだけはきっとずっと覚えてる
甘えられるぬくもりに
今このときだけのぬくもりに

頬を 埋めていたい

君の思いを解き放つ
その一瞬が時を彩る
抱きしめられる人がいる
誰かを抱きしめられる人生に

君も いつか 出会う
今は 泣いて いいよ


2013年11月5日火曜日

イクメンの文脈

 あなたの周りに、こんなパパはいないだろうか。子育てに積極的な「イクメン」だと自負し、それなりにやってくれるのだが、時々こんなことを言う。「俺、ウンチのオムツ替えだけはダメなんだ」……。

 ……その、二本の手は何のためにあるのか。飾りか!? 「ダメ」って何だよ「ダメ」って!!
 いや、取り乱して申し訳ない。しかし不思議ではないか。何も重量挙げ選手並のバーベルを持ち上げろとか、パティシエ並の飴細工を作れとか言っているわけではないのだ。トイレでパンツを下ろせる人が、オムツを替えられないわけがない。
 そういう意味ではないのだろう。もちろん分かっている。彼らはただ、甘えているだけだということを。そしてそれは、確かに悪いとは言いきれない。

 なぜなら、甘えることは一種の家庭内コミュニケーションでもあるから。恋人や家族は、甘えが許される数少ない存在だ。お互い了解していれば、むしろ適度な潤滑油となるだろう。けれど「ウンチのオムツ替え」は、そこに当てはまるんだろうか。
 パパが臭いものはママも臭いし、パパが気持ち悪いものはママだって気持ち悪い。でも、誰かがやらなければならない。ウンチのオムツ替えに限った話ではなく、「ダメ(苦手)だからやらない」が許されない文脈を、ママたちは必死で生きている。
 そこで「苦手だから」と平気で逃げてしまえる人に「イクメン」面されてもなあ、と思う私である。

 友人のダンナさんも「ウンチはダメ派」なパパだった。私は憤り、先のような持論を友人に披露した。彼女は苦笑して「ホント、そうだよねえ」と頷いた。
 しかしよく聞いてみると、このパパさんは彼女の負担軽減のために帰宅を早め、食事や入浴を手伝ってくれるという。もちろん不満もあるが、彼なりに努力してくれているのだと、友人は感じているのだ。そこで私が正論を盾にダンナさんを責めるのは、かえって彼女を辛くさせてしまうのではないか。
 そう気づいた私は反省した。友人を辛い気分にさせるのは本意ではない。夫婦二人の文脈で、子育ては営まれていく。彼女のダンナさんがウンチのオムツを替えるべきか否か、それを決めるのは友人夫婦であって私ではない。私にできるのは、ダンナさんに向けて密かに念を送ることくらいだ。

 以前に育児雑誌で、あるご夫婦の一日のスケジュールを見て仰け反った。パパは朝6時に出勤、帰宅は夜11時。ほぼ「寝に帰る」生活にも関わらず、ママと交代で2時間おきに起きて泣く赤子の世話。当然、ロクに眠れず、朝は6時出勤の帰宅は深夜……。
 イクメンもいいけど、それで倒れても誰も責任とっちゃくれない。こんな生活ではママも辛いだろう。空気のような言葉を流行らせる前に、できることはないのか。最近よく見かける、スーツに抱っこヒモ姿で駅へと急ぐパパたちを眺めながら、そんなことを思ってしまう。

2013年11月1日金曜日

裏庭

それなら私はよろこんで
あなたを彩る絵になろう
バックヤードの片隅で
散りゆく一葉の黄になろう

それなら私はよろこんで
あなたを讃える声になろう
肉体も精神もない
音だけの魂になろう

それなら私はよろこんで
あなたを受け取る箱になろう
瞼と耳を閉じたまま
どんなかたちにでもなろう

それなら私はよろこんで
あなたの前から消えゆこう
決して視界に入らぬよう
小さな苔にでもなろう

そうして私はよろこんで
あなたを見つめる目になろう
あなたの名を呼ぶ声になろう
あなたを言祝ぐ空気になろう

そうして私はよろこんで
あなたを彩る単位になろう
バックヤードの片隅で
光で見えない暗闇で


2013年10月31日木曜日

食卓の記憶

 私が育った家庭には、「出された食事に文句を言う」という文化がなかった。そう躾けられたというよりは、「そういう文化がなかった」のである。
 思うにこれは、父の態度が関係している。父は、食べ物に文句を言わない人だった。何を出されても食べる。子どもの残したおかずも全部たいらげる。

 父の姿を見て、そういうものだと思って育った。だから私は今でも、他人が作ってくれた食事に対し、マイナス評価や文句を口にすることはない。しないというより、できないのだ。
 ところが相方の家は、なんと真逆なのである。母親が作ってくれた食事に「まずい」「塩が足りない」「味がぼやけている(!)」と文句を付ける小学生男子。……それもどうなのか。

 相方は言う。そうやってハッキリ伝えることで、母親は試行錯誤を繰り返し、料理の腕も上がったと。味付けを批評するのは、だから悪いことではないと。
 なんだ、その上から目線は。子どものくせに(まったく)。義母がどう感じていたかは不明だが、ただ少なくとも彼にとっては、それも母との大事なコミュニケーションだったように思われる。次男の彼は、そうやって母親の気を引こうとしたのかも、なんて想像する未来の嫁たる私。ちなみに彼は料理ができる(本職ではない)。私よりずっと上手だ。

 子どもの頃の授業参観で、「みなさんの『おふくろの味』は何ですか」という質問があった。母親たちの前で、子どもたちは張り切って答える。ハンバーグ、オムライス、みそ汁……。「コーンスープ」。私が答えた瞬間、教室内が微妙な空気になった。
 コーンスープといえば、レトルトや粉末だと思われたのかもしれない。私は下を向いた。母に悪いことをした、という思いで一杯だった。違うのだ。小麦粉を炒めてホワイトソースを作るところから始まる母のコーンスープは、本当に本当に美味しいのだ。
 私はこのスープが大好きで、よくリクエストした。母は「あれは大変なんだけどねえ」と言いながらも作ってくれた。私の「おふくろの味」は、今もあのコーンスープ。もう面倒がって作ってくれないけど。

 息子は私の父に似て、何でもよく食べる。しかし最近は味覚が発達してきたのか、料理によっては明らかにペースが落ちる。「おいしくない?」と尋ねると、必ず「ううん、おいしいよ」と答える。そういうところは「私にそっくり」だと相方は言う。
 「ママにごはん作ってあげる」という息子の言葉につい「嬉しいなー」と反応してしまうと、ママゴト遊びが待っている。油断大敵(?)なのだが、いつか本物の食事が出てくる日を、母は首をスパゲッティにして待っている。うどんでもいいけど。

2013年10月30日水曜日

わたしミキ

 (トゥルルルー トゥルルルー)

 (もしもし わたしミキ)
わあ ミキちゃん
 (すきなたべものは なあに?)
かぼちゃと さつまいも!

 (もしもし ぼくショウ)
・・・
 (きみは なんさい?)
えっと さんさい!
 (ぼくは ごさい)
 (おしえてくれて ありがとう)
・・・
 (おはなし たのしかったね)
 (バイバーイ)
・・・ガチャン!

 (もしもし わたしマイ)
マイちゃんか・・・
 (すきなのりものは なに?)
・・・ぎゅうにゅう!
 (じょうずにいえたかな)
まあまあかなー
 (また おはなししようね)
 (バイバーイ)
・・・ガチャン!

 (もしもし わたしミキ)
ミキちゃん!
 (すきなどうぶつは なあに?)
パンダさんと ネコちゃんと くまさん!
 (じょうずにいえたかな?)
いえたー
 (おはなし たのしかったね)
うんたのしかったねー
 (じゃ またね)
うん またね バイバーイ

 (もしもし ぼくショウ)
・・・ガチャン!

2013年10月29日火曜日

秋晴れの公園で

 秋晴れの公園。子どもたちが駈けていく。これだけの広さの、しかも芝生の公園は、都内では数えるほどしかない。あっという間に豆粒サイズになる息子の姿を目で追いながら、屋外でこんなに息子と距離が離れたことがあったっけ、とぼんやり考える。
 息子と公園へ行くのが、あまり好きではなかった。今もそうだ。公園遊びは、パパに任せてしまう。だから息子は週末になると、パパと公園へ行きたがる。私に公園行きをねだることはもう、ほぼない。

 公園が苦手な理由の一つは、かつてそれが義務だったからだ。誰が強制するわけでもないが、赤ちゃんを連れて散歩に行くべしと、どの育児本にも書いてある。孤独な都会の新米母としては逆らいにくい。
 住宅街を抜けて近所の公園へ行く毎日が、私には辛かった。「公園デビュー」という言葉が昔流行ったが、公園で出会うママさんは皆、笑顔で親切で、だからそれは理由ではない。

 「今日はどこへ行こうか……」。朝起きるとすぐ、こんな思いが頭をよぎって憂鬱になった。雨の日は、雨を理由に外出しなくて済むと思うとホッとした。近所の児童公園を三つほどローテーションで回して、それでも本当に飽き飽きして、とはいえ気晴らしに頻繁に遠出するほどの気力やお金はない。
 そこまで公園が辛かったのには、もう一つ大きな理由がある。息子は、公園遊びが苦手な子だった。行きたがるのに、遊べない。遊ぼうとしない。

 遊具の側にいても、他の子が来たら逃げてしまう。先客がいれば遊具に近寄ろうともしない。滑り台もブランコも、一人では怖がってやろうとしない。どう見ても息子より小さな子が、勢いよく滑って遊んでいるのに、親にしがみついて離れようとしない息子。一体、何のために公園へ来たのか。
 息子より明らかに小さな子が、よちよちと楽しそうに歩いている。息子はまだ歩く気配もないのに。比べたくもないのに他の子と比べてしまう、そんな自分にも心底ウンザリして、私は次第に公園から足が遠のいた。買い物帰りに息子が寄りたがっても、「どうせ遊ばない」と思うと寄る気になれなかった。

 クラスメート数人と訪れた秋の公園で、息子は友だちの背中を追って走り回った。友だちとボールを取り合い、名前を呼ばれて滑り台に駆け上り、「せーの」で滑り降りる。苦手なブランコも一人でこぐ。
 こんな息子は初めて見た。入園して、まだ半年なのに。園生活ってすごい。おともだちってすごい。親のことなど一顧だにせず、一目散に駈けてゆく息子の背中を、私はどれほど見たかったことか。
 夢が叶った一日だった。沢山の後悔と反省と申し訳なさを覚えながら、少しでも長くこの光景を見ていたい、と思った。

2013年10月28日月曜日

バラの檻作戦

 もう20年近く前の雑誌の記事。関西の、とある名門お嬢様学校の卒業生たちの「その後」を追ったレポートなのだが、あまりに強烈というか印象的な内容に、この雑誌、今でも捨てずにとってある。

 記事によれば、この学校は地域でも有数の「社長夫人養成学校」。結婚相手の家格で、すべての価値が決まる。サラリーマンと結婚するのは、どんなに一流企業で高給取りだとしても「負け組」だという。
 そんな学校に娘を通わせる、とある医師の家。跡取り息子に恵まれずに親族から嫌味を言われた母親は、娘を「親の都合のいい相手」と結婚させるべく方針を立てた。それが「バラの檻(おり)作戦」。

 それはひとことで言えば「贅沢で自由のない生活」(記事より)。親の財力により生活レベルは相当に高く、広い自室にブランド物、高級レストランにエステの日々。ただし旅行は母親同伴で、門限は六時。デートや夜遊びの入る余地はない。
 反発した娘は合コンで知り合った男とデートしたものの、店の安っぽさに幻滅してアッサリ母親の元へ戻った。贅沢な生活をキープしたければ、親の勧める相手と結婚するしかない。こうして親の築いた「バラの檻」の外では生きられない娘が出来上がる。

 娘に苦労させまいとした親心と、母親の虚栄心が「バラの檻」を生んだ。これが息子でも同様だろう。親の価値観に取り込んで、逃げる気力を失わせる。そこが「檻」なのは、簡単には抜け出せないからだ。
 自分のためだけに用意された檻の中は快適で、最も心地よく生きていける場所だ。その檻は、親の愛情という名の鎖でできている。人は憎悪からよりも、愛情から抜け出すほうがずっと難しい。憎悪なら反発すれば済むが、愛情は鎖となって心身に絡み付く。抜け出そうにも多大な自責の念が邪魔をする。
 娘は結局、檻の中の暮らしを選んだ。親の価値観の内側で生きる人生を。当然、どんな選択も当人の自由だ。大事なのは当人にとっての幸せなのだから。

 バラ製ではなくとも、見えない「檻」は私たちの心身に絡み付いている。それは自分が属する社会や組織の秩序だったり、自分が感じる世間からの役割期待だったりする。いずれも、そこに属さない人から見れば檻のように狭い世界だ。
 檻の中で生きるうち、いつしか外へは出られなくなる。ただ、鎖に巻かれるのは悪いことばかりじゃない。私たちの精神は不安定すぎて、拠り所がなければ形を保っていられない。きっと誰もが、何らかの檻にしがみついて生きている。
 親の作る檻なぞ蹴破って生きてほしい反面、自分の価値観に背いてほしくないとも思う。せっせと檻を作る親に、私もなるのだろうか。その答えは、きっと子どもが教えてくれる。

2013年10月25日金曜日

夢中になりたい

 ライブやコンサートが好きで、事情が許せば足を運ぶ。最近は人気アーティストが複数出演する形式のイベントが本当に多い。おかげでお目当て以外の、いろんな「旬の人たち」に出会えるのが楽しい。
 会場ではそれぞれの出演者のファンが、ファンであることをアピールするグッズを手に待機する。お目当てが登場すれば、まばゆいステージを見つめて叫び、手をふり、飛び跳ねる。そんな人たちの姿に、ああ、好きなんだなと、なぜか嬉しくなる私。

 「頑張る人は大好き」。以前、スキューバダイビングにハマったとき、インストラクターに言われた言葉だ。スキューバは初心者でも楽しめるレジャーだが、上手くなろうと思えば奥行きは半端なく深い。
 中性浮力を保ち、海中をスムーズに移動する、その難しいこと! 上手になりたくて、せっせと海へ通った。ボートではなく漁船で沖へ出ることもあった。「(漁業と)共存共栄ですね」とインストラクターに言ったら「違います。こちらがお邪魔してるんです」。世の中、いろんな事情があるものだ。
 海で会うダイバーには若い人もいたが、巨大な撮影機材とタンクとウエイト、総重量ウン十キロを背負って海から悠然と上がり、陸では女子会モードで大はしゃぎの、どう見てもアラ還(?)な女性も多かった。いやはや、いろんな世界がある。世の中は広いなあと思うとき、私はいつも幸せな気分になる。

 服作りを始めて以来、道ゆく人の服に目が行くようになった。手持ちの服も、どんな布でどう作られているのか、改めて眺めると意外な発見がある。
 以前は服といえば既製品、つまり完成して店に並んでいるものだった。でも実際は、服は布を裁って縫うことで作られている。布は糸を織って(または編んで)できているし、糸も元は植物などの繊維だ。
 どの糸をどう織ればどんな布になり、それをどう裁って縫えばどんな服になるのか。趣味で何着か作った程度なのに、衣服というものを見る目が全く変わっている自分に気づく。
 布のネットショップには小さな会社も多い。西方の住所が多い気がするのは紡績業との絡みだろうか。ネットでは他にも型紙や資材ショップ、手づくりファンが作品を投稿する掲示板やブログが盛況だ。ハマる前には知る由もなかった世界がここにもある。

 初めて誰かのファンになったのは中学生のときだった。地味な性格だった私が、ファンクラブに入ってせっせとファン仲間を作った。そのうち色々な音楽を聴くようになり、いつしか自分でも訥々と作り始めた。最初の情熱が、今の私に繋がっている。
 人はそう簡単に夢中になれるわけじゃない。夢中になること、夢中を生きることは、人生でも最も幸せなことの一つだ。誰もが何かに夢中になりたくて、その「何か」を探している。
 夢中な人には引力がある。その情熱が新しい世界の扉を叩き、出会いや運を引き寄せる。何かに夢中になることで、人生がダイナミックに展開していく。そんな体験が、息子の人生にもきっと待っている。

2013年10月24日木曜日

ママとカバン

ねえママ
なにしてるの
かばんつくってるの
ようちえんのかばんなの
ぼくがようちえんにいくかばんなの

ママがかばんつくってるとこで
ぼくはでんしゃであそんでいます
ママ かばんつくるのたいへん?
ママ がんばれー
かばんつくるのがんばれー

ママがかばんつくってるとこで
ぼくはおおきな紙にえをかいています
これは でんしゃなの
おっさんがのるでんしゃなの
まもなくドアがしまります
ごちゅういください

ねえママ かばんもうすぐできる?
これ もうすぐかばんになる?
えー? まだー?

ねえママ
きょうもかばんつくる?
じゃあ ぼく
きょうはブロックあそんでてもいい?


2013年10月23日水曜日

妊婦ダイエット

 タイトルに掲げといて何だが、妊婦にダイエットは厳禁である(当然)。では「ダイエット」本来の意味における「妊婦の食事管理」についての話ね、とお思いの方、残念ながら半分しか当たっていない。
 妊娠出産を通じて「痩せる」。これが今回のおはなしである。いやマジですって。私、妊娠後期のとき、偶然会った友人(←妊娠を知らない)に「痩せたね〜」と言われたんですから。

 当然ながら、体調不良で痩せては意味がない。妊婦は健康第一。きちんと健診を受けて経過を把握し、医師の指示を守って適切な食事をとる必要がある。
 実は私には妊娠前、自己流の食事と運動で八キロ痩せた経験があった(←一応ホント)。「バランスの良い食事」には密かに自信があった。妊婦として、ちゃんと適切な食生活を送っているという自負が。

 なので妊娠中期、糖スクリーニングで引っかかり、「栄養相談を受けるように」と言われたとき、とても心外だったのだ。相談では普段の食事内容と、いかに自分が気を使っているかを一気にまくしたてた。
 胸に「管理栄養士」の名札をつけた若い栄養士の女性は、私の話を聞きおわると開口一番に言った。「ご飯が少ないと思います。もっと食べましょう」。

 は!? もっと食べろ? 糖が出てるのに? 「良質の炭水化物は一定量とってください。これは糖尿病の方も同じです。あなたの必要量は、このくらいですね」。え、そんなに!? 思わずうろたえる私。
 実は前のダイエットのとき、おかずを沢山食べたいがために、ご飯の量は極力減らしていた。それではいけない、とプロは言ったのだ。「目からウロコが落ちる」とは、きっとこういうときに使うのだ。

 ご飯を増やすとお腹にたまる。高カロリーのおかずが必然的に減ったせいか、私の体重は増加を止め、横ばいになった。腹の中には日々巨大化する生命体がいるのだ。体重が横ばいということは、腹の子以外すなわち私自身は、痩せていることを意味する。
 当時の写真を見ると、確かに細い。寒い季節で、服装を工夫すればお腹はかなり目立たなくできた。食事はバランスよくしっかりと、産院のマタニティビクスにもせっせと通った。おかげで腹の子は順調で、最終的な体重増加は+5キロ。先生に「手本にしたいくらい理想的」と褒められたのが自慢だ。

 もちろん個人で事情が異なることはくれぐれも了解いただきたい。意図したわけではないが、とにかく私は子を産んで痩せた。出産後に凹んだ腹を見て、このままお腹ぺったんこになれるかも、と期待した。
 そこで引き締め運動や体操に意欲的に取り組んでいれば、今とは違う未来があったのだろうか(涙)。体力が戻れば、食欲も戻る。子育ては体力勝負。気づけば見覚えのある姿に戻った自分の腹を眺めて、ため息をつく私。こんな体験、少しは妊婦の皆様のお役に立てますか? ちょっと心配……。

2013年10月22日火曜日

つぼみが咲いたら

つぼみが咲いたら
旅に出ようと思ったのです
遠い遠いところへの旅に

私がいなくなっても
咲いたつぼみが笑っていてくれるでしょうから

人が旅立とうと思う理由
病 絶望 無気力 孤独
その多くを 私は持っていました
だから迷いはないのです

一日目
つぼみはまだ咲きません
旅には準備が必要ですが
私の旅は持たざる旅
詰めるものなどありません

二日目
つぼみはまだ咲きません
とりあえず水をたっぷりやってから
ゴロンと横になりました
なに 寝るのも旅も似たようなものです

三日目
つぼみはまだ咲きません
もしかすると
肥料が必要なのかもしれません
旅にもいくばくかの気力が必要なように

四日目
私は旅に出たいのです
こうしているのは辛いのです
なのに
つぼみはまだ咲きません

五日目
つぼみが咲いた夢を見ました
黄色い小さな花でした
そういえばどんな花が咲くのか
私は知りません

六日目
つぼみは咲いていないのに
もうひとつ新しいつぼみができました
小さな瑞々しいつぼみです

七日目
つぼみが下を向いているように見えました
まるで つぼみでいるのが
そろそろ疲れたかのように

私は焦りました
水やりは欠かしていないのに
肥料は適切なはずなのに
病気でしょうか
それとも寿命なのでしょうか

私は家を飛び出しました
家の前で車に轢かれそうになり
「バカヤロー」と叫んでから
近所の花屋へと向かいました
何かアドバイスをもらうために

「花を助けてください」
私が花屋でそう叫んだ頃
家の中では黄色い花と赤い花が
ニッコリ笑って咲いていました


2013年10月21日月曜日

死にたいくらいに

 子どもが生まれると「地域」が存在感を増してくる。出生届に母親学級、乳児健診に児童館。生まれた土地を離れ、根無し草のようにフラフラ生きる余所者気質の私にも、「地域」は容赦なく立ち現れる。

 私にとって現在の「地域」である東京(の某区)は、車は多いが車社会ではないので、近隣への移動は徒歩か自転車だ。商店街では昔ながらの魚屋や肉屋、豆腐屋が、バリバリ現役で営業している。
 子連れで歩けば、顔見知りの商店主が声をかけてくれる。スーパーの店員さんが皆、子どもの顔を知っている。近所の幼稚園に入ってからは、園を通じて地元の同世代や若い人たちとの交流も増えた。
 こんなに「地域」に近い暮らしは初めてだ。まるで昭和の映画の中にいるみたい。しかもここは大都会TOKYO。何だか不思議な気分だ。

 私は就職で東京に来た。ある職場に、原宿の実家に暮らす女の子がいた。隣接地に所有するアパートは、1Kで七万円だという。彼女は言った。「七万も出して、あんな狭いところに住む人もいるのね」。悪気はなさそうだった。けれど「あんな狭いところ」を必死で目指す側にいた私には、胸が痛かった。
 「地方から出てくる人間のパワーには敵わない」。そんなふうに言った友人がいた。彼女も東京の、誰もが憧れる街の出身だった。知らない土地で生きていくのは、どんな土地でも大変だ。持たざる者が必死で手に入れようとする居場所を、最初から労せず持っている人たち。冷厳に横たわる差が生み出す力。

 東京で生まれ育った人には、東京は大切な自分の故郷だ。東京には東京の方言や風習があり、ドメスティックな日常がある。東京は、東京でしかない。そのことを最も知っているのは東京人だろう。
 「死にたいくらいに憧れた」とまで歌われた花の都・東京は、それを欲する人々に支えられた幻想にも見えてくる。幻想だからこそ、パワーは甚大になるのかもしれない。今も昔も多くの人が何かを求めて東京を目指す。もちろん私もその一人なのだけど。

 「仕事のために住んでるだけだよ。いつか田舎へ帰りたい」。時折、こんなふうに言う人に出会う。私は東京が好きだ。多様な人がいる故に他人に比較的寛容で、必要以上に干渉しない、それでいてフレンドリーな「地域」の残る東京が好きだ。だから住んでいる。幸せ者だな、と思う。
 私も相方も田舎で育った。都会での子育てに不安もあったけど、「地域」は思いのほか温かい。都会にだって自然はある。花も咲くし虫も這う。子どもの歩幅で道を歩けば、容易に見つけられるほどに。
 ここで育つ息子は、どこを目指すのだろう。しばらくはこの「ケツの座りの悪い都会」の隅で、見守っていようと思う。追い出されなければの話だけど。

2013年10月18日金曜日

愛と勇気だけが

 テレビアニメのスタートが一九八八年というから、お茶の間への登場は思いのほか新しい。私も子どもの頃に見た記憶はない。けれど、あの赤鼻の丸い顔と、テーマ曲の[愛と勇気だけがともだちさ♪]というフレーズは、いつしか脳裏に棲みついている。

 アンパンマンについて思うとき、まず浮かぶのはその名前の凄さだ。「あんぱんまん」は言えるけど「パパ・ママ」は言えない、そんな子の話をよく聞く。息子も「あんぱんまん」の方が早かった。子音の繰り返しである「パパ・ママ」は、意外と難しい。
 作者であるやなせ氏が「幼い子にとっての言いやすさ」まで考慮したのかはわからない。けれども「アンパンマン」は「あんぱんまん」であったからこそ、ここまで人気者になった、そんな気がする。

 アンパンマンは静かに深く速やかに、子どものいる家庭に現れる。我が家にも、気づけば沢山のアンパンマンがいる。人形、ハンカチ、オモチャのバス、パジャマ、DVD。そのほとんどが頂き物だ。
 スーパーへ行けばアンパンマンの描かれた商品が、子どもの目線にビッシリ並んでいる。子どもが「あ、あんぱん!」と指差すので「え、どこ!?」と周囲を見回すと、道の反対側にあったファミレスの幟(のぼり)に、アンパンマンとその仲間たちがいた。
 「すごい、よく見つけたね」。思わず言う母。まだ言葉もおぼつかない子は、母の反応が嬉しくて、見つけるたびに大喜びで指差す。「あ、あんぱん!」
 病院や施設のキッズエリアで流れる映像は大抵、アンパンマンだ。アンパンマンがいれば、子の機嫌はしばらく持つ。「母たちのノーベル平和賞」がもしあれば、アンパンマンに進呈したいくらいだ。

 アンパンマンと仲間たちのネーミングはわかりやすい。食パンならしょくぱんまん、カレーパンならカレーパンマン。見かけも名前もそのまんまだ。子どもも大人もお年寄りも、一度教わればすぐわかる。
 だから、子どもとのコミュニケーションの場に、簡単に仲間入りできる。余計な知識は必要ない。アニメも絵本も知らなくても、アンパンマンは困っている人を助ける、子どもたちの味方。それで十分だ。

 誰も傷つけない世界観について、私などが語るまでもないだろう。アンパンマンは、はっきり言って弱い。歌にもあるように「やさしい」ヒーローであり、愛と勇気「だけ」が友だちなのだ。
 なぜ「だけ」と敢えて入れたのか、つい深読みをしてしまう。やなせ氏は、何を「ともだちじゃない」と言いたかったのだろう。アンパンマンになくて、他のヒーローにあるもの。何らかの「力」……?
 もちろん、そんな思索は野暮なことだ。アンパンマンは困っている人を助ける、やさしいヒーロー。それで十分なのだから。

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