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2013年6月25日火曜日

もうひとつの名前

 子連れで近所を歩くようになって驚いたのは、とにかく多くの方が声をかけてくださることだった。通常、若くもない女がただ歩いていても世間は関心を持たない。スーパーで店員に話しかけられることもない。すれ違う人に話しかけられるのは道を聞かれるときか、チャックが開いていたときくらいだ。

 それが、子を持つと一変する。私という人間は同じなのに、子連れの「母」となった途端、世間の反応が変わる。特に乳児の頃は慣れていないせいもあって驚くことが多かった。
 すれ違う方々のうち祖父母世代の女性はまず九割方近寄ってくる。「まあ、かわいい」「何ヶ月?」と声をかけてくださる人、いきなり手や足を触っていく人、飴玉や煎餅を差し出す人。男の子のせいか男性も比較的多く、工事現場の前で警備をしていた男性にいきなりセミを差し出されたこともある。世界が急にフレンドリーになって、なんとも不思議な気分だった。
 出産前から毎日のように通っていたスーパー。今ではレジ担当の女性パートさんが頻繁に話しかけてくださる。みなさん、当然ながら話しかける対象は息子であり、母は添え物だ。何かを確認したりするときだけ私の顔を見る。おもしろいなあ、と思う。

 これまでの自分とは違う「母」という名をもつ存在になったのだ、と最初に実感したのは小児科だった。病院へ行き、病状を説明し、診断を聞いて薬を受け取る。主体的に行動するのはすべて私なのに、私自身の名前を呼ばれることは一度もない。すべて「お母さん」である。
 「お母さん」「お母さん」。あちこちで呼ばれるうちに、「お母さん」としての振る舞いも少しずつ板についてくる。以前の自分なら言わなかった言葉、しなかった行動も、「お母さん」としてなら堂々と口や態度に出せるようになる。まるで、もうひとりの自分が内から生まれてくるような気すらする。

 幼稚園でも「○○の母です」と名乗ることが多い。ここでも主役は子どもなのだ。それで特に不都合はなく世界が回っている。
 多くの園児とママさんたちで賑わうお迎え時。他のお子さんと積極的にコミュニケーションをとるママさんもいる。まだ場に慣れない私も、元気な子どもたちの姿に自然と笑顔になる。と、ひとりの男の子と目が合った。確か同じクラスの子だ。名前なんだっけ、と思っているうちに男の子が言った。

「○○くんのママ、バイバーイ!」

 じんわりと幸せな気分になった。もうひとりの私は、けっこう幸せ者らしい。

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