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2013年7月17日水曜日

ケイちゃんのピアノ

 「ピアノやりたい?」と母に訊かれて「うん」と答えたのは五歳のときだった。訊かれたから返事をしたものの、よく意味がわかっていなかったように思う。その証拠に数日後、居間の一角を占拠したアップライトのピアノを見て、「何だかエライことになっちゃったな……」と困惑したのを覚えている。

 母が通わせてくれたのは、近所に住む女性が自宅で開いているピアノ教室だった。子どもの目には「おばあちゃん」に見える年齢の、上品で優しい先生。しかし初歩のバイエルは退屈で、上手に弾けなくても先生は怒ったりしなかったから、私はすぐに飽きて練習をしなくなった。先生の家の前には公園があって、友達に誘われるままによくレッスンをサボって遊んでいた。小学生になると「勉強が忙しくて……」なんて小賢しい言い訳も覚えた。
 近所に住んでいたケイちゃんもピアノを習っていた。しかしケイちゃんの先生は近所のおばあちゃんではなく、音大から教えに来る若い女の先生だった。

 ケイちゃんの先生は、それは厳しかった。レッスンが始まっても、ケイちゃんがあまり練習していないことがわかると、鍵盤を「バーン!」と叩いて、なんとそのまま帰ってしまうのだ。
 ピアノの音はご近所中に響き渡る。ケイちゃん宅から音色が流れてきたと思ったら「バーン!」と鍵盤を叩く音、そして後に続く「ウワァ〜ン」というケイちゃんの泣き声。「♪♪♪」「バーン!」「ウワァ〜ン」。これがケイちゃんのレッスンだった。
 「可哀想だよねえ」。大人たちは噂した。「よかった、ウチの先生は優しくて。サボっても怒らないし」。私は心の中で安堵した。こんな調子だったから、ピアノはたいして身には付かなかった。ケイちゃんはその後、音大へ進んでピアノの先生になった。

 身に付かなかったとはいっても一応は楽譜も読めるし、簡単な曲なら練習すれば弾くこともできる。学生の頃はバンドを組んでキーボードも弾いた。どれも母がピアノを習わせてくれたおかげではある。
 スイミングに体操にリトミック。今は幼稚園児にもいろんな習い事がある。英語やヒップホップダンスも流行らしい。どれも子どもの世界を広げてくれるだろう。おとなしい息子に「体操はどう?」と勧めてくれる人もいたが、まだ特に何もしていない。
 苦手を克服したり目的のために鍛錬するのも人生では大切だ。けれどあまり幼いうちから「できなくて辛い」体験を重ねるのも可哀想な気がしてしまうのは、私自身のヘタレな体験からだろうか。もし今、習い事をするなら、好きで得意なこと、ほめられる体験がたくさんできるような、そんな習い事がいい。
 夢中で取り組めて、人生を彩ってくれるような。それが何かはわからないけど、そんな出会いが息子にもいつか訪れる。急ぐことはないかな、と思う。

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