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2013年7月22日月曜日

アゴに願いを

 「小さいアゴだねえ。今の子は柔らかいものばっか食べて、よく噛まないから」。子どもの頃に通っていた矯正歯科の医師は会うたびに言った。私の歯並びが悪いのは、医師によれば「アゴが小さすぎて、歯が生えるスペースが十分にないから」なのだった。
 医師が言うならその通りなのだろう。ただ「小さなアゴだ」と言われても、それは親からもらった骨格であり自分ではどうしようもない。加えて「今の子」云々と言われては、正直いい気分はしなかった。
 私の母は子どもの食べ物に厳格な人で、おやつといえば手作りか生協の「そばボーロ」だった。母の名誉のためにも断言するが、決して「柔らかいものばかり食べて」いたわけではない。医師の言葉がいちばん腑に落ちなかったのは母だったに違いない。

 今でも時折「現代人は柔らかいものばかり食べるから、昔の人と比べて噛む力が衰えている」なんて話題が出たりする。けれど、その場合の「昔の人」って誰だろう。食事が西洋化する前、庶民の口には白い米など入らなかった時代の人のことだろうか。
 そんな時代と比べれば、そりゃ現代人は噛む力が弱いだろう。西洋文化が流入し、庶民の食生活が激変して以降、何世代かの時間をかけて、この国の人々の骨格も変わってきたのかもしれない。
 遺伝もある。もちろん個性もある。複合的な要素から、私のアゴは小さくなった。背が低いのが本人のせいではないように、アゴが小さいのも私のせいではない。牛乳を飲めば多少は背が伸びるかもしれないが遺伝を凌駕するほどではないだろう。アゴも幼少時から硬いものだけをひたすら食べ続ければ違うのかもしれないが、今の時代にそれは無理がある。

 一歳半の歯科検診で、息子は「将来、歯がガタガタになる」と宣告された。今はきれいな歯並びだが、乳歯にしては隙間が空いておらず、永久歯が生える十分なスペースがないという。医師は私の口元をチラリと見て「お母さんに似たんだね」とつぶやいた。……すいません。まあ私のことはいいとして。
 そんな息子は将来、やはり歯科医に言われるかもしれない。「小さいアゴだねえ。今の子は柔らかいものばかり食べて……」。そのときは猛然と反論してあげようと、今から固く心に誓っている母である。
 君のアゴが小さいのは遺伝であり、時代の流れであり、決して君のせいではない。ましてや柔らかいものばかり食べたせいでも噛まなかったせいでもない。現に息子は煎餅もかりんとうもバリバリ食べる。
 高校生の時に病気をした相方は、医師から「君は一生、運動はできない」と宣告されたという。しかし今は普通に生活し、もちろん運動もできる。有り難いことである。スポーツ選手にはなれなかったかもしれないが、それはたぶん病気のせいではない。

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