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2013年8月30日金曜日

重荷

可能性は重いですか
では 私が少し 持ってあげましょう
どうですか
軽くなるのも いいもんでしょう

自由すぎるというのも
人間なかなか辛いもんです
手足を縛られて
ようやく安定したりしますからね

夢を見るのは重いですか
どれ 私が少し 代わってあげましょう
どうですか
ゆっくり眠れて 快適でしょう

夢に足を取られて
転落する人間の多いこと
私はたくさん見てきました
それはもう気の毒なくらい

幸運が重いですか
ええ どうぞ私に お預けください
いや なるほど
いろんな重荷があるもので

人間は運を左右できません
その意味で実に平等なのですが
邪魔になるようなら仕方がない
じゅるり いや こっちの話で

どうですか
少しは楽になれましたか
また重くなったらお越しください
それでは軽快な人生を
グッドラック!

2013年8月29日木曜日

子連れに優しい店って?

 夏休み、子どもと一緒に外食する機会の多かった親御さんもいらっしゃることと思う。ところで「子連れに優しい店」というのもなかなか、一筋縄ではいかないですよね、というのが今回のおはなし。

 なるべくお店に迷惑はかけたくないから「子連れ歓迎」の店を探し、準備万端で店を訪れる。そこで、ベビーカーにあからさまに困惑顔を浮かべる若い店員さんに会ったりして、悲しい気持ちになる。
 「子連れ歓迎」を謳っていることと、「子連れの対応に慣れていること」「子連れが快適に過ごせる配慮がなされていること」は、必ずしも一致しないことに、新米パパママはまもなく気づかされる。

 「子連れ歓迎」と看板に掲げる、少し上品なレストラン。訪れてみると、子連れは全員、別室に押し込められていた。か、隔離? 室内は大勢の子どもたちで騒然。ここはファミレス? いやファミレスは子連れの救世主だけど。これって「歓迎」?
 やはり「子連れ歓迎」を掲げる宿で「幼児用懐石」があるというので頼んだら、特大のエビフライが二本もドーン! あとは唐揚げ、ミートボール、ソーセージにハンバーグにスパゲッティ。そして大量のフライドポテト。か、懐石? つうか幼児用の量!?
 子連れを理由に特別扱いを求める、そう不快に思う向きもあると知っているから、親は「子連れ歓迎」「子連れに優しい」店を必死で探す。店にも目的があり、思惑が一致すれば双方ハッピーなはずなのに、すれ違ってしまうケースも少なくないように感じる。

 そもそも「子連れに優しい」ってどんな店だろう。究極な話、「子連れでも嫌な顔されない」が、すべてのような気がする。誰もが気持ちよく過ごせるよう、そこに人間的なコミュニケーションがあれば、十分「子連れに優しい」のではないかと私は思う。それがいちばん難しいのだろうけど。
 子ども用のイスとキッズメニュー(野菜入り)があれば私は嬉しいけれど、帰りに子どもに笑顔で話しかけてくれる店員さんのほうが、より「子連れに優しい店だな」と感じさせてくれるかもしれない。
 もちろん家庭によって事情は変わる。「子連れ」としては、求め過ぎず期待し過ぎず、世間さまの目を忘れず、子の成長を待つ(涙)、というあたりが妥当かもしれない。

 かように「子連れに優しい」といっても様々なので、ランチの約束をした友人に「子連れに優しい店を選んだから」と言われて、少し緊張した私である。
 しかし案内されたのはとっても素敵なお店で、多くのお子さんとママさんが寛いでいて、ああ歓迎されている空気とは、こういうのを言うのだなと、友人の選択眼に感服した次第である。というか単に私が店選びがヘタという説が、いま生まれた気がする。

2013年8月28日水曜日

九月

すこし ひやけ したね
ひきしまった ほほ
まつげの かげが
おちる よこがお

すこし せも のびたね
せんめんだいの うえに
かるく せのび
ほらね とどいた

シャボン玉の そらを
ずっと ながめていたよ
きみにも わかる
きせつが かわる

きみが
まちのぞんでいた 九月
おともだちが まってる
せんせいも まってる

あさは いつも はやおき
せみのこえ ジリリ
おひさま ギラリ
いいえ やさしい

よるは もう へいきさ
ひんやりした くうき
こきゅう したら
あきの におい

ゆめのような ばしょで
わらいころげて いたよ
きみと すごした
きせつが かわる

きみと
まちのぞんでいた 九月
おともだちと あそぼう
せんせいも いっしょに

きみが
まちのぞんでいた 九月
おえかきも しよう
ブランコも しよう

おべんとう たべよう
うたを うたおう
みんなが まってる
きみのこと まってる

でも プールは おしまい

2013年8月27日火曜日

なつのおともだち

 フランス原作の絵本『うっかりペネロペ』のアニメシリーズに、「ペネロペのなつのおともだち」という作品がある。両親と一緒に夏の山へ遊びにきたペネロペは、そこでユリスとアリスという兄妹に出会う。「一緒に遊ぼう」と誘われて、宝探しごっこをする三人。日が暮れるまで夏の山を駆け回る。
 最近の息子は毎日のように、この作品を観ている。食い入るように真剣だ。とてもお気に入りらしい。

 「なつのおともだち」というタイトルは叙情的だ。ユリスとアリスは、遊びにきた夏山の、ここでだけ会える友だちなのだ。偶然会って、偶然一緒に遊んだだけで、それぞれの家へ帰ってしまえば、おそらくもう会えない。それぞれ別の日常が待っている。
 一緒に観ながら、かつて出会ったそんな「おともだち」たちを思い浮かべる私。毎年夏に出かけていたキッズキャンプで仲良くなった女の子とは、けっこう長く手紙のやりとりが続いた。
 都会に暮らし、中高一貫の私立女子校へ進んだ彼女は、田舎の公立校に通う私には憧れの匂いがした。しかし彼女がエスカレーター式で有名女子大へ進学したあたりで、連絡が途絶えてしまった。お互いの人生が、置かれた環境や目標が、手紙のやりとりを続けるにはあまりに違いすぎたのかもしれない。

 息子は自分も「夏の山」へ行きたくてたまらない。自分も「なつのおともだち」と一緒に遊びたいのだ。「あそこへ行けばいいんだよね」と、画面の中を指差す息子。「歩いて行くんだよね」と言うのは、ペネロペが歩いて登場するからだろうか。
 「そうだね。あそこへ行けば会えるね」と答える私。「でも歩いては行けないかな」。「そっか」。黙ったまま、再び画面に目をやる息子。
 普段、一緒に遊んでいる友だちと「なつのおともだち」は、何が違うんだろう。あそこへは、どうやったら行けるんだろう。どうしてママは連れていってくれないんだろう。あそこへ行けば、おともだちに会えるはずなのに。

 「なつ」が醸し出す非日常感。青い空に広い草原、トンボや湖、ヨットにベンチ。そこだけで生まれるスペシャルな体験と、一期一会の切なさ。
 きょうだいという存在への憧憬、宝探しのワクワク感。夢と現実、できることと、できないこと。たった五分弱の映像が、リアルとフィクションのはざまの世界に住む息子に、多くのことを教えてくれる。
 その小さな身体にいろんな感情を育みながら、人の内面は豊かになっていくのだろう。夏はもう終わるけど、画面の中の「おともだち」にはフィクションでしか会えないけれど、きみにとって大切な友だちには、きっとどこかで会えると思う。

2013年8月26日月曜日

替え歌育児のススメ

 子どもは替え歌が好きだ。まだ三歳の息子も最近、どこで覚えたのか、かの『となりのトトロ』の名フレーズを、声も高らかに歌い上げる。

[こどものときにだけ/あなたにおとずれない〜♪]。

 いや訪れるから! 大丈夫だから! いざとなったら三鷹まで連れてってやるから! 本人はニマーッと笑うのみだ。わかってやっているらしい。
 かように替え歌は楽しい。「乳やりソングのススメ」でも書いたが、歌うという行為自体がそもそも楽しい。私は子が産まれて以降、気づけば自分もひたすら「替え歌ってきた」ような気がする。

 たとえば童謡などに出てくる名前を、我が子のそれに替えて歌うママさんは多いだろう。子どもは「自分の名前」を呼ばれることが大好きだ。
 私がよくやったのは、歌詞を子どもの名前と「かわいい」「だいすき」等のラブリー系単語で埋めてしまう方法。たとえば『ちょうちょ』の冒頭[ちょうちょ/ちょうちょ/なのはに/とまれ♪]なら、

[○○ちゃん/○○ちゃん/かわいい/だいすき♪]。

 元歌詞どこにもないがな(笑)。いや家で歌うんだし気にすることはない。どんな歌も「○○ちゃんだいすき」という歌に早変わり。ベタだけど、子どもを喜ばせるには王道だ。たとえ赤ちゃんでも「自分のことを歌っている」ことはわかる気がする。

 他にも『グーチョキパー』の旋律で、[ぼく○○/△歳/甘えん坊/甘えん坊/泣き虫くんだ/泣き虫くんだ/エンエンエーン/エンエンエーン♪]。
 泣き止まぬ子を抱き上げて、鏡の前で揺らしながらよく歌った。今でも現役だが、歌おうとすると「ぼく泣き虫くんじゃない!」と怒るようになった。成長したもんである。[うるさいくんだ/ギャースカビー]という変形バージョンもある。
 最近の流行曲は『うみ』。[○○くんは/ちっちゃいな/かわいいな/朝はウンチするし/夜もウンチする♪]一日二回。食事中の方すいません……。

 子どもと共有したい内容を、慣れ親しんだメロディで。沸き上がる言葉を自由にテキトーに(?)乗せて歌えば気分も爽快。詰まったら「子どもの名前」+「かわいい連呼」。決まりなんて何もない、字余り・字足らず気にしない。字余りの歌詞を早口で押し込めるのはコミカルなので、結構ウケたりする。

 「かわいい」「だいすき」を連呼するのは、実はもうひとつ、理由というか下心がある。
 可能なかぎり何度でも、「自分は愛されている」のだと実感してほしい。その実感は、生きる土台になるものだから。旋律に乗せて「だいすき」と歌うたびに、伝わるといいなとささやかに願う母である。

2013年8月23日金曜日

月へ行く

ねえ ぼく
お月さまに行きたいんだけど
しんかんせんにのって行くの

だって
おそらでピカピカひかってる
お月さま
とってもきれいだからね
だからぼく行きたいの
お月さま

しんかんせんにのって
おじいちゃんのおうちには
もう行ったから
こんどはお月さまがいいな

そうだ!
あした行ったらどうかな?
あ でも
おやつは食べてからだよ

お月さまに行ったら何する?
お月さまに行ったらねえ

洗い物しよう
ママといっしょに

2013年8月22日木曜日

癒しの笑顔

 私はいわゆるフリーランスで、妊娠前は不規則な生活を送っていた。区の健康診断で「朝食は何時でしたか?」と訊かれて「10時です」と答え、絶句されたこともある。血液検査の関係で問題があったらしく、看護師さんは「普通は7時とかなんですけどねえ」とボヤいていた。どうもすみません……。

 さて、そんな愉しき自堕落ライフも、終わりを告げる日が来る。現在の私は朝は7時前に起き、夜11時には瞼が重くなる。つい昔のクセで夜更かししがちになるが、前夜どんなに遅くとも定時には息子に「ママおきてー!!」と叫ばれる日々である。
 朝の情報番組なぞ縁がなかったが、必要に迫られて天気予報だけは確認するようになった。朝7時台のNHKで近年、関東地方の天気予報を担当しているのは、ユミキさんという若い女性である。
 ところで私は以前から、「お天気お姉さん」という存在がよくわからなかった。ときにアイドル並の人気を誇り、その笑顔に癒される人が続出、と言われてもピンと来なかったのは、私が女性だからという理由もあるだろうが、前述のように彼女らの主戦場である「朝の情報番組」というものに、とんと疎かったことも一因かと思う。

 毎朝、決まった時間にユミキさんは画面に登場し、常道通りに天気を解説する。丸顔の笑顔が素敵な女性だが、公共放送でタレント的な言動をするわけでもなく、特段の印象は持っていなかった。そんなある日、彼女は突然、画面から姿を消した。
 代わりに登場したのは若い男性だった。おそらく夏休みか何かで一時的に交代したのだろう。伝える内容は一緒だし、特に不都合はない、そう思って過ごしていたのだが、次第にどうにもユミキさんの不在が気になってくる私。
 もう一ヶ月近くになるけど、まだ戻ってこないのかなあ。もしかして降板しちゃった!? そんなあ。あの、まあるい笑顔が良かったのに。毎朝必ず会える安心感に癒されてたのに。女性キャスターとの掛け合いも女子会っぽくて可愛かったのに。うわっ、コレ誰のセリフ!? アタシか!!(愕然)。

 その後まもなく復帰されたご本人のブログから、やはり夏休み+時間移動があっただけだと判明したのだが(←調べた)、同じ時間に同じ場所で会える、という安心感に人がどれほど癒されるのかと、しみじみ実感した次第である。失って初めて気づく、とはまさにこのことであろうか。違うか。
 同じ時間に会えれば誰でもいいのか、というのは判断しにくいところだが、やはり私としては彼女自身への好印象がベースにあるように感じる。誰でも同じ、とはさすがに言えないだろう。
 世の男性方を癒す、魅惑の「お天気お姉さん」の世界。その一端を垣間見れたのも、子を持ったおかげである。またひとつ世界が広がって嬉しい。いや本当ですって。

2013年8月21日水曜日

くりかえす

太陽がほら
落ちてきたよ
いま来た道とは
逆のほうへ

間違い探しのような流行
皺の増えてくポップスター
どこかで聴いた音楽が
服だけ変えて通ってく

くりかえす
気がつけばまた
くりかえし
新しいものは
特にない
それでいいらしい

ふりかえる
気なんてないのに
あらわれる
どこかでみた景色
ただ眺めている
そんな年頃 Yeah

涙の数だけ弱くなる
そんな気もしてきました
色褪せた言葉に涙する
そんな自分に涙する

くりかえす
同じ空なら
くりかえし
逃げられない
伸びてゆく影に
追い立てられて

ふりかえる
気なんてないのに
あらわれる
どこかでみた景色
道は下り坂
ただそれだけなのに

あいしてる
ありがとう
しあわせだね
つまらない言葉も
上手に吐いてみせる

くりかえす
夢も過酷も
くりかえし
新しいものは
特にない
心配はいらない

ふりかえる
気なんてないのに
あらわれる
どこかでみた景色
どこかで聴いた音色
新しい生命


2013年8月16日金曜日

空気を変える力

 最近、好きでよく見ている映像がある。どこかのショッピングセンター内の、人気歌手のイベント会場。簡易に組まれたステージと、傍らに貼られたポスターでそれとわかるが、背後には行き交うエスカレーターが映りこんでいる。いわゆる「ミカン箱」とまではいかないが、正直、ステージを披露するのに適した場とは言いにくい。
 そのステージに、二人の男性ダンサーが登場する。場はまだ日常の喧噪の中にあり、彼らの派手な衣装と濃いメイクは、滑稽なほどに浮いている。
 俯いた姿勢のまま、じっと静止している。音楽が始まる。身体が動く。瞬時に、空気が変わる。

 腕のひと振りで、肩のひと回しで、場の空気を日常から非日常へと変えてしまう力は、どうしたら身に付くのだろう。肉体表現とは縁遠く生きてきた私は、そんなことを考えながら何度も見入ってしまう。
 日々の鍛錬、持って生まれた資質。加えて人前で魅せるプロとしての経験。彼ら自身の目に映るのは退屈な日常であるはずなのに、彼らは仮面を崩さない。時に挑むように笑い、時に無表情で立ち止まる。日常に不躾に佇む、何のセットもないステージで、プロの凄まじさを見せつける。私はただ圧倒される。

 プロであれば誰もが「プロの凄み」を発揮できるわけではない。だから、こうした場面に出会えるのは本当に貴重だし僥倖だ。
 そしてエンターテインメントには、生で味わえる凄みがある。生の舞踏、生の演劇、生の演奏、生の歌。そこに生きた人がいて、自分と同じ肉体を持つ人がいて、彼らの到達点を惜しげもなく見せてくれる。それは見る者にとって、ほとんど奇跡に近い。

 歌う、話す、という営みは、誰にとっても身近であるが故に「プロ」を想像しにくい部分があるかもしれない。書く、という営みもそうだろうか。まあ、それはいいとして。
 絵本を朗読する、という体験を持つママさんは多いだろう。私も息子にせがまれて、よく絵本を読む。自分で言うのも何だが結構、上手なほうだと自負している。とはいえ、母が子に読み聴かせる場合、上手下手を云々することに、あまり意味はないけれど。
 しかしこの春、代官山の書店で開かれたイベントで、聴衆に向かって絵本を読む彼女の声を聞いた瞬間、私は気づいたのだった。「上手」と「プロ」は違うという、当たり前のことに。そこには全く別の文脈があり、別の到達点があることに。
 長年の友人でもある彼女は、歌手・ナレーターとして人前で声を発してきた「プロ」である。その魅力的な発声と、自ら選んだ絵本によって紡ぎ出される、そこにしかない空気の中を、生きる機会を与えられた小さな言葉たちは、本当に幸せ者だと思う。


2013年8月15日木曜日

ルビコン川のほとりで

 出産直後は生活に様々な制約を強いられるが、中でも私が辛かったのは、音楽が聴けないことだった。これまで当然のように楽しんでいた行為が一切できなくなるのは、体験して初めてわかる辛さである。

 出産まもない母親は、文字どおり全身を耳にして赤子の泣き声に神経を尖らせる。眠っている間もいつ起きて泣き出すかわからない以上、音楽で耳を塞いでしまうわけにはいかない。BGM としてならまだしも、意識を傾けて楽しむのは難しい。
 出産前は外出時、必ずと言っていいほどイヤホンで音楽を聴いていたが、子連れでは安全上イヤホンは使えない。私は次第にストレスがたまり、iPod を耳に通勤する相方に嫉妬する始末だった。
 自分がいかに音楽に支えられていたか、そして一見些細な制約が、いかに人を追いつめるか。どれも出産前には想像もできなかった。

 子どもが生まれると自分の時間は細切れになる、とよく言われる。二時間おきの授乳、頻繁なオムツ替え、起きては泣く子の相手。昼も夜も、とにかく「まとまった時間」が取れないのがこの頃だ。
 だから、まとまった時間が必要なことは、おしなべて難しくなる。本を読むのもDVD を見るのも細切れ。いいところで赤子が泣けばジ・エンドだ。一気呵成に読破する、物語世界に没頭する、といった楽しみ方は夢のまた夢である。
 少しでも離れると泣くのでパソコンも使えない。日々のニュースチェックも買い物も、育児の合間に携帯電話で済ませるしかなく、パケット代が高額になった。文章を書くのが三度の飯より好きな私には、まとまった長文を書く時間が取れないのも辛かった。

 ようやく余裕が出てきたのは、息子が二歳を迎える頃だろうか。少しずつ外の世界へ目が向いてきて、新しい音楽や本を探したり、ライブに足を運んだり。入園後は、まとまった時間も取りやすくなった。
 しかし中には出産直後から外界との接触を怠らない、パワフルなママさんもいらっしゃるようなので、私は少々ヘタレなのかもしれない。

 少し前から、塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んでいる。文庫で全43巻。就寝前に少しずつ読み進め、ようやく英雄ユリウス・カエサルの物語に入ったところだ。まだ紀元前。先は長い。
 子育てではどうしても、目先のことに囚われやすくなる。いつ寝返りするか、いつ歩くか、いつ言葉が出るか。日々の些事に振り回されがちなのは、何も子育てに限らないかもしれない。そんな中で読む歴史の物語は、広い視座を見せてくれる。どんな苦悩も時間の流れの中で、なるようになっていく。
 カエサルはルビコン川で決断のときを迎える。進めば国賊、引き返せば自滅。しかし賽は投げられたのだ。私は息子の昼食用にニンジンを刻みつつ、ルビコン川のほとりで悩むカエサルに思いを馳せる。何とかここまで辿り着いた感慨に浸りながら。

2013年8月14日水曜日

憂いある日々

胸に宿った
小さな痛み
いつか広がる
こともある

見ないフリして
来れたものたち
いつか大きな
咎になる

咲いていた花の記憶に
惑わされぬよう
散らされぬよう

憂いある日々
私の日々
憂いを抱えているから
私は笑える

いまの光を
忘れずにいよう
共に在る人
寄り添っていよう

どうしてここに
立っているのか
わからなくなる
ときもある

醒めたフリして
逃げ出したけど
心は今も
叫んでる

ありふれた苦しみなんて
ありはしないと
知っていたけど

憂いある日々
愛おしい日々
憂いを抱えているから
私は歌える

泣かないでいて
まぶたの裏に
静かな勇気
待っているから

憂いある日々
私の日々
憂いを抱えているから
私は私でいられる

今日の光を
忘れずにいよう
明日の涙も
恐れずにいよう

いまの光を
忘れずにいよう
共に在る人
寄り添っていよう

2013年8月13日火曜日

美人の母は好きですか

 私の母は美人である。何をこの人はいきなり自慢を、と思われるだろうがまあ聞いていただきたい。母は美人だが、私は母にサッパリ似ていない。
 「まあ、本当に姉妹かと思いましたわ」「こんな大きなお嬢さんがいらっしゃるなんて」。母と一緒の外出先で、こんな台詞を何度聞いたことだろう。賛辞の矛先はいつも母である。娘はダシに使われるだけなのだ。これはこれで娘としては、ヒネくれて育つのも仕方ないよね、というのが今回のおはなし。

 美人とはいっても当然ながら女優さんのようなわけにはいかない。年齢相応のどこにでもいるフツーの女性である。しかし同世代の母の中では比較的若く、どこか華やいだ雰囲気があるせいか、「美人ですね」と言われることが多かったのは事実だ。
 小学校の授業参観日。母が教室に入ってくると、クラスメートたちがざわめく。「誰のお母さん?」私が言わなくても仲良しの子たちが答えてくれる。「○○(←私)のお母さんだよ」。羨望の眼差しを受けて、得意にならなかったと言えばウソになる。けれどまあ、そんなに単純な話では終わらない。何しろ似ていないのだから。

 子どもの頃から「お母さんは美人だね」とは散々言われたが、「お母さんに似ているね」と言われたことは一度もない。私はハッキリと父似なのだ。それ自体は別にいいのだが、自分も思春期を迎える頃になると、母への賛辞を素直に喜べなくなってくる。
 一緒に街へ行けば、冒頭のような(私をダシにした)母への褒め言葉を散々耳にするハメになる。私との初対面時に「まあ、明るくて健康的な方ね」と言ってくれた義母は、母に初めて会ったときにはこう言った。「まあ! 綺麗なお母さまねえ」。
 息子が生まれてから撮った家族写真はどれも、赤子の世話に髪を振り乱してスキンケアどころじゃないボロボロの私の横で、きちんと身なりを整えて婉然と微笑む母(=おばあちゃん)。ダメだ、負けてる。もう一生負けてる気がする……(しくしく)。

 ある日の深夜、鏡に映った疲れきった女の顔に、妙に見覚えがあった。ああ、母だ。外では決して見せない、疲れたときの母の顔だ。こんな、やつれた顔だけ似てるなんて。それでも、ちょっと嬉しかった。私のコンプレックスも、よほど根が深いらしい。
 息子は私似だが、目だけは相方譲りのパッチリ二重である。私自身は父譲りの奥二重だ。多感な高校生の頃、父が私に言ったひとことを今でも忘れない。「目がちゃんと二重だったら良かったのにな」。だ、誰のせいじゃ誰の!! ……皆さま、多感な娘さんへの台詞にはぜひ御配慮を。でないと私のようなヒネくれ者になるかもしれませぬ、よよ(涙)。

2013年8月12日月曜日

貝殻

中途半端なものは
中途半端なままで

曖昧なものは
曖昧なままで

抱えていてください

中途半端なものが
中途半端なままで
生きていけるように

曖昧なものは
曖昧なままで
伝えたいのです

答えが欲しいのなら
ほら そこの貝殻を
ひとつ拾って
お帰り

2013年8月5日月曜日

人見知りの夏

 スイカ、プール、おまつり、はなび、さかなつり。暑さでバテる親を尻目に、息子の頭の中は「なつやすみ」の楽しいイメージで一杯だ。何やら強烈なプレッシャーを感じるのはきっと気のせいだな、うん。
 加えて夏休みには「おじいちゃん、おばあちゃんの家へ行く」というイベント(別名:帰省)がある。しかも「しんかんせん」に乗って行くのだ。「やった!」大喜びで飛び跳ねる息子。でも母は知っている。乗ってしまえば退屈するのも早いことを(涙)。

 息子は私の親族にとって初孫、初曾孫で、その溺愛ぶりは凄まじく、特に遠方に暮らす祖母は、息子が愛らしい笑みを浮かべた写真を枕元に飾り、毎日話しかけては会える日を楽しみにしていたという。
 初対面が叶ったのは、息子が生後七ヶ月頃のこと。足が悪いにも関わらず、待ちきれずに玄関へ出てきた祖母は、私たちの姿を見るなりベビーカーに飛びついた。「よくきたね。ばあちゃんだよ」。途端に、火がついたように泣き出す息子。「ギャー!!」。

 そう、この頃は人見知りのまっただ中。会うなりギャン泣きされた祖母はショックを隠しきれず、明らかに気落ちした様子でつぶやいた。「どうして泣くの。いつもは笑ってくれてるのに……」。
 ばあちゃん、それは写真だからでは。いや何というか、本当に申し訳ないが私のせいじゃないというか、ほら笑え、頼むから笑ってくれええ(とほほ)。

 当時の息子の人見知りは不思議なことに、相手との「関係の強さ」と反比例していて、すれ違った見知らぬ人にいきなり話しかけられてもまったく平気、時にニッコリ笑ってみせることすらあった。
 ところが少し関係が強くなると、たとえば私の友人に「こんにちは」なんて親しげに話しかけられると、若干怪しい雲行きになる。そして私の両親や祖父母のように「愛情大爆発!!」状態で迫られると、恐れをなしてか大号泣してしまうのだ。
 赤ん坊なりに相手を見ているのだなあ、と感心したが、親族に限って号泣されては母としても居たたまれず、当時は悩んだものである。ちなみに今では妙に外ヅラのいい幼児へと成長した息子。今年はおじいちゃん、おばあちゃんと素敵な「なつやすみ」を過ごせることだろう。

 さて、この祖母との初対面時、地元の旅館で会食をしたのだが、人見知りで泣きまくる息子が、ただ一人、笑顔を向ける相手がいた。それは給仕の仲居さんの中でもひときわ若い、ハタチくらいの娘さん。
 若い女性が好きな男の子はわりといて、それはママを連想させるからだ、と一説には言われているらしいが、ではその娘さんがママよりもウ〜ンと若い理由をとりあえず説明してもらおうか息子よ(涙)。

2013年8月3日土曜日

衝動を飼いならせ

 「感動でいっぱいです」「こんなに幸せだなんて」……出産直後の女性タレントさんは、こんなコメントを残すことが多い。子どもの誕生は本当に素晴らしく幸せなことだ。たとえどんなに心身ともにフラフラでも、十月十日語りかけ、やっと会えた我が子の顔を見ていると、夢のように幸せな気分になる。

 そして、産まれたその瞬間から女性たちは「母」となる。母である基準は「子どもを産んだか否か」だけで、年齢も経歴も収入も性格も一切関係ない。
 現代に生きる私たちは、公的にも私的にも「母になる訓練」を積んでいない。新生児を見たこともなく子守り経験もない、子どもがいかに理不尽な生き物で、子育てがどういう苦難を伴う営みなのか、漠然としたイメージしかない人は少なくない。だから戸惑いも大きいし、適応しきれない場合も出てくる。

 逢坂みえこさんのマンガ『育児なし日記』に、こんなエピソードがある。退院直後から夜泣きに悩まされる夫婦。ストレスで母乳も止まってしまう。同じ状況下で赤ん坊を「壁にぺちゃっとぶつけたい」「窓から投げたい」と思ったという友人の話を聞き、では自分たちは「裏山に解き放つ」「段ボールの船で川に浮かべて流す」……そんな妄想を繰り広げる。
 もちろんジョークとして描かれているが、笑って楽しめるマンガ作品でありながら、多くの母が抱え持つ衝動を明確に描いている。夢のような幸せと、壁に投げつけたい衝動を、同時に与えてくれるのが、子育てという営みの避けがたい一面なのだと、幸せな母たちは間もなく思い知らされる。

 目の前のか弱い存在に対して、とっさに沸き起こる衝動があることを、私は否定できない。それは繰り返す夜泣きにキレそうなときだったり、並べた食事を床にぶちまけられた瞬間だったりする。地雷は日常のあちこちに潜んでいる。それらを乗り切ってお子さんを育て上げたすべての母を、私は尊敬せずにはいられない。
 むしろ衝動を自覚し向き合って、いなす術を磨いたほうがいいように思う。可能なら事前に心の準備もしておいたほうが、いきなり直面するよりは負担が少なくて済みそうだ。私も今から来るべき反抗期に備えて「ババァうるせえ」等と怒鳴られても折れない心を育てるべく、日々イメージトレーニングを重ねている。いや本当に。単なる妄想とも言うけど。

 新生児の世話に右往左往しつつ没頭していた頃、遠方に住む祖母から「大変だろう」と気遣う電話があった。いやでも、オムツ替えて乳あげて寝かしつけてるだけだし、と言うと「それこそが大変なんだ」と祖母は力を込めて言った。そうか、そういうものなんだ、と思った。少し気持ちが楽になった。

2013年8月1日木曜日

忘れえぬ夏

 今年の夏は暑いんだろうか。まだ判然としないけれど、どうやら「あの夏」ほどではなさそうである。それだけでもうホッとした気分になる。二〇一〇年、記録的猛暑だったあの夏。息子は生後六ヶ月だった。

 朝、息子が起きた後のベビー布団から「ビシャッ」と水の感触が。え? 何かこぼした? それともオムツからおしっこが漏れた? でもこんな大量に?
 「ビシャッ」の正体は、息子の汗。ちょうど頭が乗っていたあたりを中心に、グッチョリと人のかたちの汗だまりになっていた。まるでマンガみたいだ。

 ただでさえ赤ん坊の汗の量は凄まじい。話には聞いていたが、これほどとは。通っていた小児科で相談したら「子どもはそういうもの」と一笑に付されてしまった。が、とにかく新米ママは驚くこと請け合いである。母子というのは抱っこや授乳でやたらと密着せざるを得ない、というのがまたツライ。
 前にも書いたが我が家は「孤育て」。息子とほぼ二人きりで過ごす夏(猛暑)。「もう明日の天気とか知りたくない。この猛暑がいつ終わるか、それだけが知りたい」。当時、私が日記に書いた言葉である。「猛暑のトンネル」なんて言われてたなあ……。

 もうひとつ、汗の季節になると困るのが、肌のトラブル。育児雑誌による「赤ちゃんの肌トラブル対策」特集は夏の定番だ。まだ皮膚が弱い赤ん坊は、あせもや湿疹に見舞われやすい。息子の場合、肌トラブルは一歳の夏がピークだった。
 次から次へと現れる湿疹。シャワーは一日四〜五回、せっせと浴びせて服を取り替え、皮膚科で処方された薬を欠かさず塗っても、翌朝また悪化していたりすると、本当に泣きたくなった。自分の費やした手間や努力は無意味なのかもしれない、と感じる瞬間というのは、子育てに限らずツライ。

 しかし翌年になると、湿疹も(出るには出るが)やや落ち着いた感があった。少しずつ肌も強くなっているのかもしれない。汗も、あのバケツをひっくり返したような汗は、今ではほとんどかかなくなった。とはいえ油断するとすぐ、あせもが出る。ちなみに息子は、かかりつけ医から「肌が弱い」とのお墨付きである。アゴが小さかったり肌が弱かったり、息子もいろいろ大変だ。

 私にはもうひとつ、忘れられない夏がある。東京へ出てきた最初の夏。住んでいたアパートには、エアコンがなかった。うだるような暑さの中、田舎者の目には信じられないほど近接した隣家から響く室外機の音をうるさく聞きながら、大きな不安ともっと大きな希望を胸に、喘ぐように息をしていたあの夏のことも、たぶん一生忘れないと思う。

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