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2013年8月13日火曜日

美人の母は好きですか

 私の母は美人である。何をこの人はいきなり自慢を、と思われるだろうがまあ聞いていただきたい。母は美人だが、私は母にサッパリ似ていない。
 「まあ、本当に姉妹かと思いましたわ」「こんな大きなお嬢さんがいらっしゃるなんて」。母と一緒の外出先で、こんな台詞を何度聞いたことだろう。賛辞の矛先はいつも母である。娘はダシに使われるだけなのだ。これはこれで娘としては、ヒネくれて育つのも仕方ないよね、というのが今回のおはなし。

 美人とはいっても当然ながら女優さんのようなわけにはいかない。年齢相応のどこにでもいるフツーの女性である。しかし同世代の母の中では比較的若く、どこか華やいだ雰囲気があるせいか、「美人ですね」と言われることが多かったのは事実だ。
 小学校の授業参観日。母が教室に入ってくると、クラスメートたちがざわめく。「誰のお母さん?」私が言わなくても仲良しの子たちが答えてくれる。「○○(←私)のお母さんだよ」。羨望の眼差しを受けて、得意にならなかったと言えばウソになる。けれどまあ、そんなに単純な話では終わらない。何しろ似ていないのだから。

 子どもの頃から「お母さんは美人だね」とは散々言われたが、「お母さんに似ているね」と言われたことは一度もない。私はハッキリと父似なのだ。それ自体は別にいいのだが、自分も思春期を迎える頃になると、母への賛辞を素直に喜べなくなってくる。
 一緒に街へ行けば、冒頭のような(私をダシにした)母への褒め言葉を散々耳にするハメになる。私との初対面時に「まあ、明るくて健康的な方ね」と言ってくれた義母は、母に初めて会ったときにはこう言った。「まあ! 綺麗なお母さまねえ」。
 息子が生まれてから撮った家族写真はどれも、赤子の世話に髪を振り乱してスキンケアどころじゃないボロボロの私の横で、きちんと身なりを整えて婉然と微笑む母(=おばあちゃん)。ダメだ、負けてる。もう一生負けてる気がする……(しくしく)。

 ある日の深夜、鏡に映った疲れきった女の顔に、妙に見覚えがあった。ああ、母だ。外では決して見せない、疲れたときの母の顔だ。こんな、やつれた顔だけ似てるなんて。それでも、ちょっと嬉しかった。私のコンプレックスも、よほど根が深いらしい。
 息子は私似だが、目だけは相方譲りのパッチリ二重である。私自身は父譲りの奥二重だ。多感な高校生の頃、父が私に言ったひとことを今でも忘れない。「目がちゃんと二重だったら良かったのにな」。だ、誰のせいじゃ誰の!! ……皆さま、多感な娘さんへの台詞にはぜひ御配慮を。でないと私のようなヒネくれ者になるかもしれませぬ、よよ(涙)。

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