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2013年8月15日木曜日

ルビコン川のほとりで

 出産直後は生活に様々な制約を強いられるが、中でも私が辛かったのは、音楽が聴けないことだった。これまで当然のように楽しんでいた行為が一切できなくなるのは、体験して初めてわかる辛さである。

 出産まもない母親は、文字どおり全身を耳にして赤子の泣き声に神経を尖らせる。眠っている間もいつ起きて泣き出すかわからない以上、音楽で耳を塞いでしまうわけにはいかない。BGM としてならまだしも、意識を傾けて楽しむのは難しい。
 出産前は外出時、必ずと言っていいほどイヤホンで音楽を聴いていたが、子連れでは安全上イヤホンは使えない。私は次第にストレスがたまり、iPod を耳に通勤する相方に嫉妬する始末だった。
 自分がいかに音楽に支えられていたか、そして一見些細な制約が、いかに人を追いつめるか。どれも出産前には想像もできなかった。

 子どもが生まれると自分の時間は細切れになる、とよく言われる。二時間おきの授乳、頻繁なオムツ替え、起きては泣く子の相手。昼も夜も、とにかく「まとまった時間」が取れないのがこの頃だ。
 だから、まとまった時間が必要なことは、おしなべて難しくなる。本を読むのもDVD を見るのも細切れ。いいところで赤子が泣けばジ・エンドだ。一気呵成に読破する、物語世界に没頭する、といった楽しみ方は夢のまた夢である。
 少しでも離れると泣くのでパソコンも使えない。日々のニュースチェックも買い物も、育児の合間に携帯電話で済ませるしかなく、パケット代が高額になった。文章を書くのが三度の飯より好きな私には、まとまった長文を書く時間が取れないのも辛かった。

 ようやく余裕が出てきたのは、息子が二歳を迎える頃だろうか。少しずつ外の世界へ目が向いてきて、新しい音楽や本を探したり、ライブに足を運んだり。入園後は、まとまった時間も取りやすくなった。
 しかし中には出産直後から外界との接触を怠らない、パワフルなママさんもいらっしゃるようなので、私は少々ヘタレなのかもしれない。

 少し前から、塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んでいる。文庫で全43巻。就寝前に少しずつ読み進め、ようやく英雄ユリウス・カエサルの物語に入ったところだ。まだ紀元前。先は長い。
 子育てではどうしても、目先のことに囚われやすくなる。いつ寝返りするか、いつ歩くか、いつ言葉が出るか。日々の些事に振り回されがちなのは、何も子育てに限らないかもしれない。そんな中で読む歴史の物語は、広い視座を見せてくれる。どんな苦悩も時間の流れの中で、なるようになっていく。
 カエサルはルビコン川で決断のときを迎える。進めば国賊、引き返せば自滅。しかし賽は投げられたのだ。私は息子の昼食用にニンジンを刻みつつ、ルビコン川のほとりで悩むカエサルに思いを馳せる。何とかここまで辿り着いた感慨に浸りながら。

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