Now Loading...

2013年8月3日土曜日

衝動を飼いならせ

 「感動でいっぱいです」「こんなに幸せだなんて」……出産直後の女性タレントさんは、こんなコメントを残すことが多い。子どもの誕生は本当に素晴らしく幸せなことだ。たとえどんなに心身ともにフラフラでも、十月十日語りかけ、やっと会えた我が子の顔を見ていると、夢のように幸せな気分になる。

 そして、産まれたその瞬間から女性たちは「母」となる。母である基準は「子どもを産んだか否か」だけで、年齢も経歴も収入も性格も一切関係ない。
 現代に生きる私たちは、公的にも私的にも「母になる訓練」を積んでいない。新生児を見たこともなく子守り経験もない、子どもがいかに理不尽な生き物で、子育てがどういう苦難を伴う営みなのか、漠然としたイメージしかない人は少なくない。だから戸惑いも大きいし、適応しきれない場合も出てくる。

 逢坂みえこさんのマンガ『育児なし日記』に、こんなエピソードがある。退院直後から夜泣きに悩まされる夫婦。ストレスで母乳も止まってしまう。同じ状況下で赤ん坊を「壁にぺちゃっとぶつけたい」「窓から投げたい」と思ったという友人の話を聞き、では自分たちは「裏山に解き放つ」「段ボールの船で川に浮かべて流す」……そんな妄想を繰り広げる。
 もちろんジョークとして描かれているが、笑って楽しめるマンガ作品でありながら、多くの母が抱え持つ衝動を明確に描いている。夢のような幸せと、壁に投げつけたい衝動を、同時に与えてくれるのが、子育てという営みの避けがたい一面なのだと、幸せな母たちは間もなく思い知らされる。

 目の前のか弱い存在に対して、とっさに沸き起こる衝動があることを、私は否定できない。それは繰り返す夜泣きにキレそうなときだったり、並べた食事を床にぶちまけられた瞬間だったりする。地雷は日常のあちこちに潜んでいる。それらを乗り切ってお子さんを育て上げたすべての母を、私は尊敬せずにはいられない。
 むしろ衝動を自覚し向き合って、いなす術を磨いたほうがいいように思う。可能なら事前に心の準備もしておいたほうが、いきなり直面するよりは負担が少なくて済みそうだ。私も今から来るべき反抗期に備えて「ババァうるせえ」等と怒鳴られても折れない心を育てるべく、日々イメージトレーニングを重ねている。いや本当に。単なる妄想とも言うけど。

 新生児の世話に右往左往しつつ没頭していた頃、遠方に住む祖母から「大変だろう」と気遣う電話があった。いやでも、オムツ替えて乳あげて寝かしつけてるだけだし、と言うと「それこそが大変なんだ」と祖母は力を込めて言った。そうか、そういうものなんだ、と思った。少し気持ちが楽になった。

    0 コメント :

    Blog