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2013年9月12日木曜日

言葉が作る世界

 息子が二歳後半くらいのときの話。病院の待合室で、何やらブツブツとつぶやく息子。隣り合わせた60代くらいの女性が、その様子を笑顔で眺めている。
 「おともだちにあったときは『こんにちは』、なにかしてもらったら『ありがとう』、わるいことをしちゃったときは『ごめんなさい』……」。
 「まあ! 何ていい子なのかしら!」。思わず声をあげる女性。その横で、実に複雑な気分になる私。

 しつけが行き届いている、なんて思われたとしたら、真実からは遠い。息子は、少し前にたまたま読んだ絵本の文章を、ただ口真似していただけである。
 「ありがとう」も「ごめんなさい」も、まだ意味はわかっちゃいない。電車好きの子が複雑な車内アナウンスを耳で覚えて真似るのと、根は一緒なのだ。
 それでも、わざわざ人前でその部分を口に出すところに、息子の本質的な外ヅラの良さを感じてしまう。いやはや、誰に似たんだ。私じゃないぞ。

 絵本の文章、子ども向けアニメの台詞、聞き覚えた歌、親の口癖。入園してからは、習った歌や先生のおはなし。朝から晩まで、これらを絶え間なく口の端に乗せながら、息子は暮らしている。
 叱るときに何度か「うるさい!」と言ったら、すぐに使い方を覚えて反撃するようになった。「○○しなさい」「……うるさい!」。「ママ、やっつけてやるう!」これはアンパンマンで覚えたらしい。
 「ママ、ずっと一緒にいてくれる?」。これはペネロペ。何とも愛らしいが、残念ながら私への言葉でも息子自身の心情でもない。単なる口真似である。
 連日、アニメや絵本の台詞そのままに、一人芝居を繰り広げる息子。どこの子もこうなのか? 言葉の多くは芝居がかっていて借り物みたい。……いや「うるさい!」は感情こもってるけど(涙)。

 意味はまだ曖昧でも、言葉の持つイメージや空気感は、おそらく感じ取っている。耳に届くあらゆる言葉が、息子の思考や言語、世界観を形作っていく。
 本当に驚くほどよく覚えていて、子どもの吸収力に感心する反面、少し怖くもなる。あまり美しくない言葉は聞かせたくないな、なんて思ったりもする。
 でも、そんなことは無理だし、それでいいかな、とも思う。決して美しいばかりではない世の中を、これから生きていくのだから。

 私の父は、私が戦争の本を読むのを嫌った。そんな世界に触れてほしくない、親心だったのだろう。
 私は読むのをやめなかった。親の思惑の外側で、息子も自分の世界を作っていくのだろう。先のことは分からないけど、今はまだ楽しみに眺めていようと思う私である。きっと親には訳わからん世界だったりするんだろうな……。

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