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2013年9月25日水曜日

はざまの世界で

 台所でアイスクリームを食べていると、息子がトコトコ近づいてきた。「ぼくもアイスたべたい」。まだ二歳くらいの頃だ。困った私は、とっさに冷蔵庫に貼り付いていた、ソフトクリーム型のマグネットを差し出した。「はい、どうぞ」。
 「わあ」。目を輝かせて受け取る息子。「むしゃむしゃ、おいしいね」。マグネットを口元に当て、うれしそうに食べる「マネ」をする息子。やれやれと安堵しつつ、うむむ、と唸ってしまう母。

 考えてみると不思議だ。渡されたのは偽物だと、息子は理解したはずなのだ。なぜなら、彼がしたのは食べる「マネ」だから。もし虚実の区別がつかない赤ん坊なら、実際に口へ入れてしまうはずである。
 偽物だと知った彼は、しかしそこで「怒る」「偽物だと主張する」等の行動には出なかった。食べるマネをして「おいしいね」と笑ってみせたのである。
 アイスを食べる母を見て、自分も食べたいと願った息子。しかしその願いを叶えるのは「マネ」という架空の世界でもよかったのだ。少なくともこの瞬間、彼にとって、そこに大きな違いはなかったのだ。
 当時の彼の住む世界が垣間見えた気がして、何だか不思議な気分になった。実際にはアイス云々より、ただ母と対話がしたかっただけかもしれないけど。

 こんな場面に接すると、私はウィニコットの中間領域(intermediate area)という言葉を思い出す。
 中間とは、外的現実と「内なる現実」の間であり、双方が交わる場所だ。子どもはこの「空間」で遊ぶ。ここでは何だってできる。ぬいぐるみを相棒に世界征服もできるし、宝石で着飾ったお姫様にもなれる。
 空想遊びにも思えるが、目に見えるもの、手に触れるものはすべて現実世界の所属物である。ご存知の方も多いだろう「ライナスの毛布」(肌身離さず持ち歩く、愛着の対象物)も、この領域に属するとされる。子どもが母から心理的自立を果たすのに、重要な役割を担う空間だという。
 息子がアイスを食べたのも、中間領域の範疇なのか。そんなことを考える、結構面倒くさい母である。

 先日、ポストに高級マンションのチラシが入っていた。その豪華すぎる間取りに夢中になる私と相方。「ここが私の部屋で、子ども部屋はここー」「え、俺は?」「なになに〜」。息子も会話に入ってくる。
 「居間が広いから、おともだち沢山呼べるね。あ、庭があるからプールできるよ」「プール!?」「きっと地面から、使うときだけプールがグーンって上がってくるんだよ」「あはは、まじでー」。完全に悪ノリする夫婦。「プール!」とはしゃぐ息子。大きな過ちを犯していることに、気づいていない私たち。

 そして翌日から「こないだ決めたぼくの部屋、いつ行く?」「ぼく、おともだち沢山呼びたい」「庭でプールがグーンって上がるとこ行きたい」攻撃に苛まれる私(←アホ)。いや、あれは単なる妄想というか、やっぱ現実もそれなりには理解してほしいというか、あの、甲斐性のない親ですいません……。

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