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2013年10月1日火曜日

ママのたんじょうび

 自転車の後ろに息子を乗せて、幼稚園へ疾走する朝。信号待ちの間に、バッグの中で携帯電話が鳴る。信号が変わる。とてもじゃないが出られない。
 園門で息子を見送って、伝言メッセージをチェックする。近所のフラワーショップだ。「あ!」と思わず声が出る。そうだ、私、誕生日だったんだ。

 進学で家を出た19歳のときから、誕生日には毎年、両親から花が届く。「素敵ねえ」なんて言っていただいたりするが、今やルーチン化しており、お礼の電話をかけたら旅行で留守だった。……いいけど。
 自分の誕生日とは不思議なもので、同じ日にイベントがあると「あ、私その日、誕生日」なんてつい口にしたくなるし、デジタル時計の数字が誕生日と同じ並びだと嬉しくなる。自分の名前と同様に、特別な響きで胸に届く何かがあるのだな、と思う。

 誕生日が嬉しい年頃はとっくに過ぎてしまったけど、それでもここ数年だって、やっぱり特別な日だったように思う。「おめでとう」の言葉は嬉しかったし、プレゼントやケーキに心躍らせたものだった。
 それが、今年はどうだろう。何だか心底「どうでもいい」のだ。「年を取るのが嫌」というのは、これもある意味、誕生日を特別視してこそ出てくる台詞であって、そうした感情すらあまり湧いてこない。
 お迎えの時間は何時だっけとか、保護者会費の〆切いつだっけとか(生々しくてすいません)、とにかく毎日、いろんなことで頭が一杯で、今日は誕生日だよと言われても「……ああ、そう」としか言いようのない自分に、何だか少しビックリする。

 帰宅した息子は、さっそくテーブルの上の花を見つけて大はしゃぎ。「これ何?」「ママの誕生日のお花だよ。おじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたの」「ママ、きょう、たんじょうび?」
 途端にテンションが跳ね上がる息子。「ママきょう、たんじょうび!」「これは、たんじょうびのおはな!」「ねえ、ケーキは?」……なくて悪いねえ。
 しかし興奮は冷めず、今度は歌の流れる絵本を開いて「ハッピーバースデー」を一緒に歌い始める。「ハッピバースデー、トゥーユー、ハッピバースデー、ディア、……おかあさーん!」。おお! ちゃんと応用できてるじゃないか。スバラシイ。これは家族に見せねばと、慌ててビデオカメラを回す私。
 歌の次はブロック遊び。「ねえ見て!」と呼ばれて見ると、レゴブロックでできた小さなお花畑が。「これ何?」「ママの、たんじょうびの、おはな!」

 さすがに感激しましたよ。いやあ、子ども産んでよかった、とまで思った。相方にもらったプレゼントは、革製の素敵なソーイングボックス。これまで使っていたプラスチック製の、5年○組と書いてある裁縫箱を、さすがに見かねたらしい。ありがとう。

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