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2013年10月10日木曜日

気丈な父

 交通事故で亡くなったタレントさんのお父さまの振る舞いが、立派だ、気丈だと話題になった。「気丈な父」を、私は以前にも見たことがある。
 大学生だった20歳の時、同級生の男の子を交通事故で亡くした。小さな大学街で、はねたのも同じ大学の学生と聞いた。やりきれない事故だった。

 病院へ駆けつけた私たちは、まっすぐ霊安室へ案内された。線香の匂いに包まれて、生気の失せた彼が横たわっていた。現実を受け入れられず、茫然としたまま外へ出る。病院の駐車場には、学生たちのすすり泣きが響いていた。
 しばらく経って、病院にご家族の方々が到着した。彼を地元へ連れて帰り、そちらで葬儀をするのだという。出発に先立って学生たちの前に現れたお父さまは、居ずまいを正し、集まってくれた礼を述べてから言った。「息子は21年の人生でしたが、みなさんはこれからもしっかりと勉強して、立派な社会人になってください」。

 「うわあああああ」。突然、叫び声が上がった。見ると妹さんらしき若い女性が、遺体に取りすがって泣き叫んでいた。横にいたお母さまも、立っているのがやっとに見えた。唇を噛みしめて穏やかに語る気丈な父と、我を失い泣き叫ぶ家族。その対比。
 人が死ぬというのは、どういうことなのか。平和な時代に有り難くも平穏に育ち、死とは無縁だと思って生きていた20歳の私が、初めて目の当たりにした「死の悲しみ」の場面だった。

 遠方の大学へ期待を込めて送り出した長男は、ご家族にとって誇りであり希望であっただろうし、何より愛する家族の一員だっただろう。
 ご家族の悲しむ様子からは、彼らがいかに息子さんを愛していたか、どれほど大切な存在であったかが切々と伝わってきて、涙せずにはいられなかった。
 誰もが誰かの大切な人であり、失われていい命などないのだと、これほど痛烈に教えてくれた体験はなかった。まさに「命の教育」であったと思う。

 気丈だ、立派だと言われて、父たちはどう思うのだろうか。そんな賞賛は要らないから、とにかく生きていてほしかったに違いないのに。
 かのタレントさんのお父さまは、報道によれば息子さんの顔を見て号泣したという。「気丈」の裏に隠しがちな、失った人への愛情と悲しみを公にしたこの部分が、私はいちばん印象に残った。この世から一人でも「気丈な父」が減るといい、そう思った。

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