Now Loading...

2013年10月28日月曜日

バラの檻作戦

 もう20年近く前の雑誌の記事。関西の、とある名門お嬢様学校の卒業生たちの「その後」を追ったレポートなのだが、あまりに強烈というか印象的な内容に、この雑誌、今でも捨てずにとってある。

 記事によれば、この学校は地域でも有数の「社長夫人養成学校」。結婚相手の家格で、すべての価値が決まる。サラリーマンと結婚するのは、どんなに一流企業で高給取りだとしても「負け組」だという。
 そんな学校に娘を通わせる、とある医師の家。跡取り息子に恵まれずに親族から嫌味を言われた母親は、娘を「親の都合のいい相手」と結婚させるべく方針を立てた。それが「バラの檻(おり)作戦」。

 それはひとことで言えば「贅沢で自由のない生活」(記事より)。親の財力により生活レベルは相当に高く、広い自室にブランド物、高級レストランにエステの日々。ただし旅行は母親同伴で、門限は六時。デートや夜遊びの入る余地はない。
 反発した娘は合コンで知り合った男とデートしたものの、店の安っぽさに幻滅してアッサリ母親の元へ戻った。贅沢な生活をキープしたければ、親の勧める相手と結婚するしかない。こうして親の築いた「バラの檻」の外では生きられない娘が出来上がる。

 娘に苦労させまいとした親心と、母親の虚栄心が「バラの檻」を生んだ。これが息子でも同様だろう。親の価値観に取り込んで、逃げる気力を失わせる。そこが「檻」なのは、簡単には抜け出せないからだ。
 自分のためだけに用意された檻の中は快適で、最も心地よく生きていける場所だ。その檻は、親の愛情という名の鎖でできている。人は憎悪からよりも、愛情から抜け出すほうがずっと難しい。憎悪なら反発すれば済むが、愛情は鎖となって心身に絡み付く。抜け出そうにも多大な自責の念が邪魔をする。
 娘は結局、檻の中の暮らしを選んだ。親の価値観の内側で生きる人生を。当然、どんな選択も当人の自由だ。大事なのは当人にとっての幸せなのだから。

 バラ製ではなくとも、見えない「檻」は私たちの心身に絡み付いている。それは自分が属する社会や組織の秩序だったり、自分が感じる世間からの役割期待だったりする。いずれも、そこに属さない人から見れば檻のように狭い世界だ。
 檻の中で生きるうち、いつしか外へは出られなくなる。ただ、鎖に巻かれるのは悪いことばかりじゃない。私たちの精神は不安定すぎて、拠り所がなければ形を保っていられない。きっと誰もが、何らかの檻にしがみついて生きている。
 親の作る檻なぞ蹴破って生きてほしい反面、自分の価値観に背いてほしくないとも思う。せっせと檻を作る親に、私もなるのだろうか。その答えは、きっと子どもが教えてくれる。

    0 コメント :

    Blog