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2013年10月31日木曜日

食卓の記憶

 私が育った家庭には、「出された食事に文句を言う」という文化がなかった。そう躾けられたというよりは、「そういう文化がなかった」のである。
 思うにこれは、父の態度が関係している。父は、食べ物に文句を言わない人だった。何を出されても食べる。子どもの残したおかずも全部たいらげる。

 父の姿を見て、そういうものだと思って育った。だから私は今でも、他人が作ってくれた食事に対し、マイナス評価や文句を口にすることはない。しないというより、できないのだ。
 ところが相方の家は、なんと真逆なのである。母親が作ってくれた食事に「まずい」「塩が足りない」「味がぼやけている(!)」と文句を付ける小学生男子。……それもどうなのか。

 相方は言う。そうやってハッキリ伝えることで、母親は試行錯誤を繰り返し、料理の腕も上がったと。味付けを批評するのは、だから悪いことではないと。
 なんだ、その上から目線は。子どものくせに(まったく)。義母がどう感じていたかは不明だが、ただ少なくとも彼にとっては、それも母との大事なコミュニケーションだったように思われる。次男の彼は、そうやって母親の気を引こうとしたのかも、なんて想像する未来の嫁たる私。ちなみに彼は料理ができる(本職ではない)。私よりずっと上手だ。

 子どもの頃の授業参観で、「みなさんの『おふくろの味』は何ですか」という質問があった。母親たちの前で、子どもたちは張り切って答える。ハンバーグ、オムライス、みそ汁……。「コーンスープ」。私が答えた瞬間、教室内が微妙な空気になった。
 コーンスープといえば、レトルトや粉末だと思われたのかもしれない。私は下を向いた。母に悪いことをした、という思いで一杯だった。違うのだ。小麦粉を炒めてホワイトソースを作るところから始まる母のコーンスープは、本当に本当に美味しいのだ。
 私はこのスープが大好きで、よくリクエストした。母は「あれは大変なんだけどねえ」と言いながらも作ってくれた。私の「おふくろの味」は、今もあのコーンスープ。もう面倒がって作ってくれないけど。

 息子は私の父に似て、何でもよく食べる。しかし最近は味覚が発達してきたのか、料理によっては明らかにペースが落ちる。「おいしくない?」と尋ねると、必ず「ううん、おいしいよ」と答える。そういうところは「私にそっくり」だと相方は言う。
 「ママにごはん作ってあげる」という息子の言葉につい「嬉しいなー」と反応してしまうと、ママゴト遊びが待っている。油断大敵(?)なのだが、いつか本物の食事が出てくる日を、母は首をスパゲッティにして待っている。うどんでもいいけど。

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