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2013年11月12日火曜日

育児の学び方

 私は「子どもの育て方」を、実母を始め身近な誰からも教わらなかった。里帰り出産でもなく知識も経験もなかった私が、何とかここまで育ててこれたのは何のおかげだろう、というのが今回のおはなし。

 ちなみに、インターネットは(少なくとも乳児期は)ほとんど活用していない。今でこそ何か疑問があると検索することもあるが、出産当初はとてもじゃないがパソコンの前に座る余裕はなかった。
 オムツの替え方は、妊娠中に産院の両親学級で教わった。授乳の仕方や入浴の仕方は、産後の入院中に助産師さんから実践指導。「調乳指導」の講師がミルクメーカーの営業レディだったのはご愛嬌だ。
 出産前には『はじめての育児』的な本も買った。新生児の抱き方、着替え、体の手入れ、発育の流れに離乳食の与え方、病気ケアに生活リズムの作り方。
 書籍はただ淡々と、母業に必要な情報を漏れなく伝えてくれる。今どきのニーズに応えて内容も懇切丁寧、図解や写真も豊富だ。そして、育児雑誌。

 人気の育児雑誌を二種類、私は毎月愛読していた。月齢や季節ごとの悩み、気晴らしの読み物、育児に役立つ付録。元来が雑誌好きなこともあり、隅々まで読み込んでいたが、雑誌にはマイナス面もある。
 不特定多数へ向けたメディア故に、いわゆる一般論の域を出ることができないのだ。個別の疑問には決して答えてくれないのが雑誌の宿命でもある。

 たとえば我が子が偏食で困っているとする。偏食は一般にこんな理由や解決策があって、という「一般化された情報」は得られるが、「それで結局、ウチの子はどうしたら食べるの!?」という、ママが最も知りたい問いには、雑誌は決して答えてくれない。
 平均や標準から外れると過剰な不安に陥りやすい面も否めない。何ヶ月で首座り、何ヶ月で寝返り、何ヶ月でお座り何ヶ月でハイハイ。雑誌の情報は目安でしかないのに、誌面にもそう書いてあるのに、そこから我が子が外れると不安でたまらなくなる。

 雑誌には一般論しかない。雑誌は流行を追う。その内容は慈善でも福祉でもなく商品だ。わかって読めば、振り回されることも減る。未知の暗闇を手探りで進むような乳児期、技術的にも精神的にも、どれほど雑誌に助けられたことか。
 「流行はあるけど正解はない」育児は、原則として自己決定・自己責任の世界だ。親が選択して責任を持って、育児の日常は怒濤のように進んでいく。そんな現代事情も育児雑誌は垣間見せてくれる。同じ時代を生きるナマの声は、やはり励みになる。不安なときも一人じゃないと思わせてくれる。
 多くの育児雑誌は一歳六ヶ月で卒業を迎える。私は寂しくて、その後もしばらく買い続けたほどだ。決して付録に釣られたわけではない。と思う。

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