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2013年11月13日水曜日

親バカ讃歌

 生まれた直後から「(私に)似てる」と言われた息子だが、自分では正直よくわからない。そんなことより出産間もない頃の私はもう、息子が可愛くて可愛くて、ほとんど夢見心地だった。
 似てる云々とかではなく「ウチの子、こんなに可愛くていいの? ホント!? やったー!!」みたいな。書くと何かアホ母っぽいな。まあいいや(笑)。

 ハードな新生児育児の真っただ中、身もココロもヨレヨレなのに、息子を見るともう可愛くて愛おしくてたまらない。書いてる自分が恥ずかしいが(笑)でも、そうだったんだから仕方がない。大きな瞳、長い睫毛、ぷくぷくホッペ。まだ目も合わず笑いもしないのに、ずっと見ていても飽きない。
 産後間もない母には、自分の子が特別可愛く見えるホルモンか何か出てるんじゃなかろうか。まるでキラキラパウダー(?)を振りかけたみたいに、私には息子が輝いて見えた。神様の贈り物、地上に降りた天使だと、本気で思えた。

 街へ出るようになると、次々と見知らぬ人が「可愛いわねえ」と話しかけてくれる。「そう? やっぱりウチの子って可愛い!?」。もう母は有頂天だ。
 どの子の親も、同じような体験をしているはず。心のどこかでそう思うだけの理性は残っているのだが、気を抜くと親バカ心が走り出す。何かにつけ「ウチの子は特別なんじゃ……?」と思ってしまう。
 しかし親が我が子を特別視すること自体は、とても自然なことにも思える。過度は問題だが、卑下するのもどうだろう。誰もがその子なりに個性的で、唯一無二の特別な存在だ。そのことを、誰よりも自信と説得力を持って伝えられるのは親だろうから。

 ブサイクをウリにする某女性芸人が、親にはこう言われるという話をしていた。「○○ちゃんほど可愛い子はいないのにねえ」。親御さんは、娘さんがブサイクと言われることが納得できないのだという。
 何と正しい「親バカ」だろう。私はこんな親になりたい。世間の価値に揺らぐことなく、何があろうと子どもの価値を根っから信じている。それは、子どもが安定した人格を築く土台となる気がする。
 確かに親バカには、一歩間違うと現実検討力の低下した「バカ親」になる危険も潜んでいる。正しい親バカ道を、私は今後も追求していく所存である。

 園生活が始まった春、息子と同じ年頃の子どもたちを見て、私は思わず心の中で叫んだ。みんな、なんて可愛いんだろう。顔立ちや性格云々ではない。あの子もこの子も、とにかく可愛くてたまらない。
 子どもは子どもであるだけで、誰しも十分に可愛いのだ。園へ行くたびに、そう再確認する私。キラキラパウダーが、子どもたちの歓声の中へ散っていく。それでいいんだと思う。

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