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2013年11月15日金曜日

苦手なんかじゃない

 今でこそ詩や文章を書き散らして暮らしている私だが、実は国語が大の苦手だった。大学受験では試験科目に現代文のない大学を選んで受けたくらいだ。
 漢字も慣用句も苦手、読解問題では最も正解から遠い選択肢を選んでしまう。意味が通じないほうが逆にそれっぽい、とか思ったり。……バカ?(涙)。

 体育と図画工作は、ずっと5段階評価の2。要は平均より下という意味だ。だから私は、自分は体育と図画工作が苦手なのだ、と思って育った。そう思わざるを得なかった。だってずっと2なのだから。
 確かに跳び箱も跳べなかったし、走れば50メートル走で10秒以上かかった。体育は数値で出るから諦めもつく。では図画工作はどうなんだろう。
 明らかに絵のうまい子というのはいて、私はそうではなかったのは確かだ。手先の不器用さが当時から際立っていたのだろうか。そうかもしれない。何にせよ、相対評価で私は「平均より下」に編入された。それ自体は仕方のないことではある。

 絵を描くのが嫌いだった記憶はない。特に屋外での写生は好きだった。それでも私には「2」以上の評価は与えられなかった。
 「大きくのびのびと描きましょう」。先生の言葉に、私は画用紙いっぱいにニワトリの胴体を描いた。次に脚を描こうとしたらもうスペースがなくて、短い楊枝のような脚になってしまった。この絵は今でも両親の間で笑い……語り草になっている。
 小学五年生のときに作った木版画。このときも「大きくのびのびと」描こうと、画板いっぱいに笑顔の自画像を彫った。この木版画は市のコンクールで入選し、この学期だけ図画工作の成績は「5」に跳ね上がった。しかし次の学期には、「2」に逆戻りだった。私には過ぎた評価だったらしい。

 体育の成績は悪かったが、体を動かすのは好きだった。高校はハンドボール部。女子は人数が少ないので全員レギュラーだ。試合にもバンバン出た。
 大学の体育でやったジャズダンスは、我ながら見事なヘッピリ腰(笑)だったが、出席さえすれば「A」の好評価がもらえた。サークルで行ったスキー合宿では、怪しげなボーゲンで斜面を転がりながら進んだ。社会へ出てからはスキューバダイビングにハマった。どれも楽しくて仕方がなかった。

 性格的におっとりしている息子は、徒競走でも最後列をトットコ走っている。運動能力の高いほうではないのかもしれない。絵を描くのは大好き。折り紙や工作も好きで、冷蔵庫に自分の作品をマグネットでペタペタ貼る。まるでギャラリーのようだ。
 上手かどうかは知らない。まだ評価に晒されずに済む年頃だ。たとえ将来、どんな評価をされようとも、妙な苦手意識を持たないでほしいと願う母である。体を動かす楽しみ、モノを創る楽しみを知っていることのほうが、ずっと大事なことだと思うから。

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