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2013年11月29日金曜日

幸運という名の悪夢

 サッカーくじで一等10億円が出たというニュースがあった。私は「特に羨ましくはない」と心の底から言えるのだが、「ええええ〜!?」と訝る方々のために、ひとつ説明を試みたいと思う次第である。
 ただし「夢を買う」行為を云々するつもりはないので誤解なきよう。私も宝くじこそ買わないが、欲しいライブチケットを当てるためコンビニで該当商品を買ったりはする。当たったことないけど(涙)。

 「10億円あったら何に使う?」という質問の、典型的な回答例から考えてみたい。まず仕事を辞める。家を買う。旅行や高級品に散財して、残りは貯金。そんなところか。仕事を除けば、確かに一度はやってみたい。ただしこの時点でも、相当な欲望のコントロール力が必要だろう。でないと貯金は残るまい。
 問題は仕事だ。10億円の貯金があり、かつ年収数百万程度の一般的な仕事をそのまま続けられる人は、おそらく多くはない。仕事というものの意味や価値が、ガラッと変わってしまうからだ。

 仕事が与えてくれるのは、言うまでもなく金銭だけではない。能力を認められ、評価され、生活の糧を得る。自尊心が生まれ、生きる手応えを感じる。
 仕事を辞めると、それらを手放すことになる。たとえ辞めなくても、大金を手にする前と同じ感覚では働けなくなってしまう。生きることは、働くことと同義だ。この場合の「働く」は当然、育児や家事も含む。そもそもお金が有り余っていて、何もする必要のない人生は、果たして幸せなんだろうか。
 散財も最初は楽しいだろう。しかし降って湧いた大金は、人生の流れをかき乱し、濁らせてしまう。巨大な幸運によって人生が大幅に狂うのは、やっぱり怖い。それもまた人生かもしれないけれど。

 20数億円を横領して使い込んだ人がいた。誰かが「目の前に20億円使ってもバレない仕組みがあったら、手を出さない自信はない」と書いていた。私もそう思う。宝くじよりよほど怖い「打ち出の小槌」。
 手にした小槌が有限であることに、彼はいつごろ気づいたのだろう。投資にも手を出したのは、何とか破滅を食い止めようとしたのか。今となっては悪夢を見ていた気分かもしれない。人生を投じた悪夢。
 お金以上に,費やした時間は二度と戻らない。彼が幸せだったかどうか,それは彼にしかわからない。

 以前、お金を貯めて40歳でリタイアしたい、と力説する人に会ったことがある。そんな若くリタイアしても、仕事がないって結構辛いと思うよ、とフリーランスの私は経験から(涙)言ったのだが、「それはお金がなかったからでしょ!?」と一蹴された。
 そうだろうか。みんな、そんなふうに思うんだろうか。私には、そんな巨大隕石のような幸運を、生きる意味の薄れた人生を、上手に捌く自信はない。日々健康で愛しい家族と過ごせる夢のような幸運と、あとは行きたいライブのチケットが当たれば十分なのだけど。いや本当に。

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