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2013年11月8日金曜日

メンクイ狂騒曲

 私はいわゆるメンクイではない。少なくとも自分ではそう思う。と若い頃に言ったら、友人にこう言われたことがある。「えー、Aくんがかわいそう」。

 Aくんというのは当時の彼氏だ。私は一瞬、本気で意味がわからなかった。私は別に彼氏がブサイクだと言ったわけではないのだが、どうもそんなニュアンスに取られてしまったらしい。
 異性を見るときにビジュアルを重視する人、ルックスから入る人、くらいの意味だろうか。世間でイケメンとされるタイプを好む人、という説明もアリかもしれない。いずれにしても、私は当てはまらないのだから「メンクイ」ではない、と言うしかない。

 イケメンとは社会的な指標なので、個人の主観とは当然ズレがある。私は世間一般で言うイケメン(相当、幅広いけど)は確かに概ねタイプではないが、「見た目はどうでもいい」わけではない。見た目は大事だ。顔立ち、体つき、表情や仕草が醸し出す空気。人となりの大きな部分を外見は占めている。
 出会った当初は「少し変わった顔立ちだな」と思った人を、後から好きになることが私は多かった。これもあくまで自分の中での話であって、世間的にヘンな顔とされる人(?)が好きなわけではもちろんない。「どこか心に引っかかる顔」とでもいうか。
 ところで私がメンクイではないと言うと、相方はいい気はしないらしい。「顔で選ばれたい」願望が男性にはあるんだろうか。私は「顔で選んだ」と言われても、別に嬉しくはないけど。顔って変わるし。

 男性は「女は皆イケメン好き」と思いたがる傾向があると思う。特に週刊誌やスポーツ紙等の男性メディアに顕著だ。そのほうが男性はラクなのだ。自分がモテないのはイケメンじゃないからだと思えるから。イケメンに生まれなかったのは自分のせいではなく、モテないのも自分のせいではない、となる。
 とはいえ、イケメン好きを標榜する女性は多い。私の周囲にも「男は顔!」と断言する輩がいるが、でも彼女らの配偶者が皆イケメンかと言うと、当然そんなことははない。彼女らは妥協したんだろうか。泣く泣く、タイプではない人と結婚したんだろうか
 大事な人生の伴走者を、誰も本当は顔だけで選んだりしない。そう考えたほうが自然だと思う。いや、外見だけは妥協(!)せざるを得なくて、だからイケメンを求めるという図式もあるか。うむむ……。

 息子が生まれた瞬間、私は瞼を見た。二重の相方に似てほしいと思っていたから。相方は鼻の下を見たという。自分に似てほしくない部分だったらしい。
 子どもの顔立ちは、その未来にも似て不安定だ。イケメンでなくていいから個性のある顔になってほしいと、秋の夜長に妄想する母である。顔つきから存在が匂い立つような男。いいね、うん。

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