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2013年12月13日金曜日

共感と想像と

 「最近、育児が辛くて」。会う人ごとにこんな台詞を呟いていたのは、息子が二歳半頃のことだった。
 いわゆる「イヤイヤ期」がいよいよハードになり、座れば「立って!」と泣き、立てば「座って!!」と泣く息子(……どうしろと!?)に、さすがに疲労困憊だった頃だ。いやキツかった。まあ、長い子育て期を思えば序の口なのでしょうけど(涙)。

 そんな私の「ちょっとマジ」感が伝わったのか、こんな反応をしてくださる方が結構いた。「大丈夫。過ぎればどうってことないから。今だけだから!」。
 お気持ちは大変に嬉しい。特に子育て経験のある先輩方は、こうおっしゃる率が高かったように思う。励ましてくださっていると思うと心苦しいのだが、ここは敢えて申し上げてみたい。この論法は、ときに新米母を追いつめる。少なくとも、私は辛かった。

 「育児が辛くて」と告白したとき、間髪入れずに「大丈夫、今だけだから。あはは」なんて笑顔で言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまうのだ。正論過ぎて。グチすら言えなくなってしまう。
 その通りだろう、その通りだと思う。でも「そのうち終わる」と百回言われようとも、渦中にいる人間は、やっぱり苦しいのだ。いつかは終わると知っていても、陣痛の痛みが和らぐことはないように。

 でも、言うほうの気持ちもわかる。息子は歩き初めが遅かったのだが、一歳を過ぎても歩く気配のない娘さんを心配する友人に、私も言ってしまったことがある。「大丈夫、そのうち歩くから!」。
 自分の経験を踏まえ、励ますつもりだった。しかし考えてみれば、根拠はどこにもないのだ。単なる希望的観測、無責任な励ましでしかない。
 その励ましが嬉しいときもあるだろう。一概には言えないけど、まずは「悩む心に共感する」のがいいんじゃないかと、最近は思う私である。たとえば「なかなか歩かないと気を揉むよねー」てな感じで。

 たまにはグチって「大変だね」なんて言われたい。答えを求めているわけじゃない。口に出すだけで、ラクになる部分は確実にある。「大丈夫!」と言われると、そこで話は終わってしまう。切り離されたような気分になってしまう。
 「そうだよね、辛いよね」程度に言っていただけると、イチ新米母としては大変嬉しい。「最近、育児が辛くて」。単なる愚痴かもしれない。でも、もしかすると本当に限界で、やっとのことで口に出したSOSかもしれない。
 所詮、他人にできることは少ない。でも、ほんのささやかな共感で、ウソのようにラクになることもある。経験上、共感が難しい方は、せめて「想像」してもらえると嬉しいなと思う。それで十分だから。

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