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2013年12月3日火曜日

ラッコと猫と人間と

 生まれて間もない頃、ドデンと仰向けに寝転がっている息子を眺めながら、よく思ったものだった。「なんか、ラッコみたい……」。

 寝返りも打てず、仰向けのまま手足をジタバタさせるばかり。まだ表情に乏しく目線も合わず、歯は生えていないのだが冬だったせいか上唇の皮がめくれて、げっ歯類の前歯のように見えた。
 人間というよりは、まるでラッコのような息子を眺めながら「早く人間にならないかなあ……」と思っていたのを覚えている。ラッコは愛らしいが、やはりコミュニケーションが取れないのは寂しい。

 寝返りが始まると、ラッコだった息子にも少しずつ人間らしさが加味されてくる。それまでは偶然、手に触れたものを掴むだけだったのが、次第に興味のあるものへと自ら手を伸ばすようになる。行動に「意志」を感じる。ヒトとしての確かな進化。
 ズリズリと這い回るようになれば、栄えある自力移動のスタートだ。得意げに体をひねって家中ズリズリ。敢えて例えるならヘビだろうか。頂き物の高級ベビー服が、あっという間に毛玉だらけになる。
 そして膝をつき、お尻が上がり、肘が伸びる。四つん這いの、いわゆるハイハイの姿勢だ。上体が起きると、グンと人間っぽさが増す。好きなところへ移動して、気の向くまま手を伸ばして引っぱり出して、イタズラ三昧になる頃である。

 ある日、ハイハイからテーブルに手をかけた息子。誰が教えたわけでもないのに、足の裏を床につける。「つかまり立ち」の完成だ。しかしまだ体重は足に乗っておらず、ずるずるとバランスを崩してドデン! とすっ転んだ映像が今も残っている。時折、再生してはクスクス笑ってしまう母である。
 息子は歩き出したのが遅かったせいか、人生で最も愛らしい時期の一つ「ヨチヨチ歩き期」が短かった。私は今でも、可愛いヨチヨチちゃんを見ると条件反射で目を細めてしまう。同時に、なかなか歩かず気を揉んだ日々を、小さな痛みとともに思い出す。

 最近の息子は、なんだか猫みたいだ。すぐにゴロンと横になる。誰に似たのか横着で、楽をしようとして逆に面倒なことになる。寝転がったまま水を飲もうとして、水をかぶって大号泣。アホである。
 母が机に向かっているときは、邪魔すると怒られると知っているのに、それでも近くにいたいらしく、視界の端にちょこんと座って一人気ままに遊んでいる。つかず離れず、時折じゃれついてきたりする。
 私は猫を飼ったことはないけど、猫と暮らすってこんな感じ? 七歳までは神のうち、なんて言うけれど、いい意味で人間になりきっていない、不思議な存在と暮らす日々も、悪くないなと思ったりする。

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