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2014年2月28日金曜日

大きくなったら

 「子どもの頃、大きくなったら何になりたかったですか?」
 そんな質問を受けたのは久しぶりで、少しドギマギする。ただし考える時間はあまりなく、しかも大勢の子どもたちの前で、とっさに口から出たのはこんな答えだった。「英語の先生になりたかったけど、大学で遊びすぎて挫折しました(笑)」。

 この回答、嘘は一切ついていないが、総合すると嘘である。子どもの頃、通っていた英語教室の若い女の先生に憧れて、自分もなりたいと思っていたのは本当だ。大学で教職を断念したのも本当である。
 ただし「英語の先生」は、幼い女の子がケーキ屋さんに憧れるようなもので、大学のときは既に頭になかった。そもそも英文科じゃないし。
 というわけで、とっさに出た嘘をついてしまったが、でも嘘は言ってないし(ややこしい)、軽く笑いも取れたしで、何とか場を切り抜けてホッとした私である。後での息子からの「ママ、えいごのせんせいになりたかったの?」攻撃には閉口したけど。

 四歳になった息子の将来の夢は、ドクターイエローの運転士。大勢の前で絵まで描いて発表して、堂々たる公の夢(?)になった。
 ドクターイエロー。この「乗り物」の一般的な知名度はどのくらいなんだろう。ちなみに私は、息子の絵本で初めてその姿を見るまで全く知らなかった。正式には新幹線電気軌道総合試験車、というらしい。
 線路のゆがみや架線の状態を計測する、特殊な新幹線。「ドクター」の愛称はそのためだ。見慣れた新幹線の、ただ色だけが黄色い姿は、結構インパクトがある。本数が少なく滅多に見られないことから「幸せの黄色い新幹線」として人気があるという。
 試験用だから一般客が乗ることはできない。でも走行するからには運転士はいるだろう。通常の新幹線と同じ? いずれにせよ、要はJRまたは関連会社の社員、ということになるのだろうけど。四歳児の微笑ましい夢から、そんな生々しい現実に思いを馳せる自分もどうかと思うけど(笑)。

 男の子の夢として、乗り物の運転士は永遠の定番だ。大きなものを自分の力でコントロールする感覚に憧れるんだろうか。それともスピード? 男の子だったことのない私には、どうもピンとこない。
 滅多に見られない幸運のシンボル。しかし今の時代、その気になればダイヤを調べるのは難しくないらしい。情報交換の掲示板やツイッターもあるし、本気で狙えば高確率で見られるそうな。そうしようとは思わないけれど。
 子どもの夢は、抽象であり象徴でもあるような気がする。滅多に出会えない幸運を、自分の力で運ぶ人。なかなか素敵な夢じゃないかと、黄色いクレヨンで塗りたくられた絵を眺めながら思う。

2014年2月26日水曜日

涙をふいて

 園生活にもずいぶん慣れ、最近は預かり保育やシッターさんにお世話になることも増えた息子だが、誰に預けてもほぼ百%、返ってくる言葉がある。「おとなしくて、本当にいい子ねえ」。

 褒め言葉なのだが、私は毎回、複雑な気分になる。息子は何というか、とても「外ヅラ」のいい子どもだ。大人受けがいい。誰に似たんだろう。
 おっとりした性格。話しかけられれば、はにかんだ笑みで応える。電車では静かに座り、飲食店でも行儀よく食べる。公の場所で騒ぐことは滅多にない。「うらやましい」という声が聞こえてきそう。確かに、連れ歩くのが比較的、楽な子ではあると思う。
 電車で騒ぐ他の子に眉をひそめた女性が、息子を見て言う。「ぼく、ちゃんと座ってて偉いわねえ」。両手を膝に置き、嬉しそうにニマーッと笑う息子。

 どうすれば大人に褒められるのか、わかって行動している。「いい子ぶっている」。少なくとも親の目には、そんなふうに見えることがある。
 だとすれば、私にも覚えがある。私は、大人に嫌われるのを極度に恐れる子どもだった。よその大人の前では、嫌いな食べ物も好きなフリして食べた。いい子ね、と言われることが心の支えだった。
 そうか、私に似たのか。そんなことはしなくていい、子どもらしくいてほしいのに。「いい子ね」と言われるたび、そんな思いが胸をよぎる。

 「偉いねえ」「すごいね、よくできたね」「わあ、お兄ちゃんだねえ」。褒め言葉は息子の栄養だ。その言葉をもらうために、幼い彼は少なからず自分を抑えている。どこかで我慢をしている。ある程度は成長に必要な過程かもしれないけど、度が過ぎれば大きな心の負担になる。
 子どもの世界では「いい子」は決して歓迎されない。いい子ぶった「子どもらしくない子ども」を好まない大人も少なからずいる。友だちと大声ではしゃぎ、周囲を顧みずワガママを言う「子どもらしい子ども」のほうが、この世は生きやすいんじゃないか。そんな気がして、何だか心苦しい私である。

 お迎え時。どの子もママを見て笑顔で飛び出してくるのに、息子だけが大号泣。「安心するんでしょうね」。先生は言った。慣れない集団生活で、うまく自己主張できない場面も多いのかもしれない。
 「明るくてまっすぐで、何でも素直に取り組みます」「お友だちが落としたクレヨンを拾ってくれます」。先生の言葉から、色んな息子の姿が見えてくる。ママ友さんたちには「癒し系男子」というあだ名も頂いた。家では大声で歌って踊って走り回り、我が強くて見栄っ張り。「おとなしくていい子」なんて、そんな単純じゃないよ、とでも言いたげに。
 どんな子が出てくるんだろう、と思い巡らせた十月十日。やっと会えたのは、少し恐がりだけど好奇心旺盛で、ご飯と遊びと褒められることが大好きな、優しい男の子。さあ、涙をふいて。この先どんな君に出会えるのか、ママは楽しみで仕方ないんだから。

2014年2月24日月曜日

Keep

君はいつも君らしく君のままでいるなんて偉いね
夢はいつも夢らしく夢のままでいてはくれないね

打ち込んだ文字は一瞬でDelete
手の込んだメニューも一瞬でEat
メロウなドラマにのめり込んでCry
割り込んだコールに一瞬でHigh

変わりゆく 世界 景色 君のその姿さえも
けれど変わらない この鼓動
何と名付けたらいい?

ただ keep 君は keep 君を保ち続けて
風を keep 波を keep きしむ窓を押さえて
声を keep 腕を keep 美しいものたち
描いたのは奇跡

君はいつも君らしく君のままでいることに不安で
夢はときに夢らしく夢のままではかなく揺らいで

道は途中で消えるのがRule
みっともないまま走るのもCool
乗りこなすならとびきりのWave
どれを捨てどれを拾ってMove

変わりゆく 季節 常識 君のその名前さえも
けれど変わらない この痛み
何と名付けたらいい?

ただ keep 君は keep 君を保ち続けて
今を keep 夜を keep ただ動き続けて
闇を keep 熱を keep 感じているのなら
奇跡はそこにある

君はいつも君らしく君のままでいるなんて凄いね
夢はいつも夢らしく夢のまま君を輝かせるんだね


2014年2月20日木曜日

熱を出した日

 38度の熱が出た。自分が熱を出したのは久しぶりだ。朦朧と横になり、憑かれたようにスマホを繰る。こんな日々が前にもあったなあ、と思い出す。
 出産直後の産院。ベッドに横たわったまま、やはり憑かれたように携帯電話のキーを押していた。理由は簡単。ほかに何もできないからである。

 予定日より早い出産で、満を持して入院とはいかなかったこと、そして産院が携帯電話の持込可(マナーモード、通話は指定場所のみ)だったこともあり、バタバタと産んで赤子とともに入院室に入った私の手元には、ただ携帯電話だけがあった。
 日に何度も「あれ持ってきて、これ持ってきて」と家族にメール。足りないベビーグッズはモバイルのECサイトで注文。体を起こすのはまだ辛く、寝ているしかない退屈な時間はひたすらサイトチェック。一日中、小さな四角い画面を凝視していた。
 通信費が最大で20万円超(!)と表示されたこともある(支払いは定額のみ)。もはや立派な依存だ。ロクに動けず外へも出られない当時の私にとって、携帯電話の小さな画面はほぼ唯一の情報源であり、自分と外界とをつなぐ窓だった。多少の(?)依存も無理はないかな、という気はする。

 退院して家に戻っても、携帯電話を手放せない日は続いた。相変わらず起き上がるのは辛く、外出もできず、買い物も気晴らしも携帯電話が頼りだった。
 授乳しながらワンセグもよく観た。ワンセグは画面に文字が出るので音を消した状態でも楽しめて、寝ている赤子や家族を起こさずに済むのが利点だ。息子が生まれた年の大河ドラマが『龍馬伝』だったこと、そしてバンクーバーオリンピックの開催年であったことを、私はたぶん一生忘れない。
 真冬の深夜、乳を飲む息子を抱えて朦朧としながら、暗闇に光る小さな画面の中で跳ぶ真央ちゃんを観ていた。その華麗な姿も一生忘れないと思う。

 熱を出したからといって、寝ているわけにはいかないのがママ稼業らしい。今は授乳もないし、一人で遊んでいてくれるけど、やはり幼児では万が一を思うと、とても眠りに落ちるどころではない。このヒリヒリした感覚も出産直後の頃を思い起こさせる。
 家族が帰宅して、ようやく少しまどろむ。息子は「ママにおくすりつくってあげる!」と何やらゴソゴソ。「なんて優しい子!」と感激するところだが、私が寝ているのをいいことに髪の毛を引っ張ったり、枕元で飛び跳ねたり(……頭痛いんだってば)。体調の悪い人を気遣う、というメンタリティは、まだ未成熟らしい。ま、仕方ないか。四歳だしね。
 それでも「ママだいじょうぶ?」と頭をなでられると、じんわり幸せな気分になる。ここにいるのは喜びも辛さも我が事のように感じてゆく、立派な一人の「家族」なのだなあ、と思えて嬉しくなる。

2014年2月17日月曜日

お勉強は好きですか?

 こそだて家庭には日々、さまざまな広告が舞い込んでくる。英語教室、体操教室、水泳に音楽教室。そんな中で目にした、ある「教室」のリーフレットに、こんな宣伝文句が書いてあった。「○○(教室名)で、おべんきょうがだいすきな子どもに!」。

 勉強が嫌いよりは、そりゃ好きなほうがいい。でも「お勉強が大好きな子ども」……それってどんな子? どうにもイメージできず、しばし考え込む私。
 最近人気があるらしい、幼児向けの「知育教室」。独自の教材を使い、国語や算数を先取り学習。小学校へ上がったときの「これ知ってる!」「わかる!」という成功体験が自信になり、勉強が好きになる、と書かれている。なるほど、と思いつつ眺める私。

 私が感じた「お勉強が大好きな子ども」という言葉への違和感は、学校の勉強は基本的に与えられるもの、受け身のものだという点に起因する。
 学校における「お勉強が大好きな子ども」とは、換言すれば「人から与えられる教材を、素直に喜んで学習する子ども」。優等生ではあるだろうけど、親としてそうなってほしいかと問われると、私は答えに詰まる。友だちウケも微妙そうだし。

 ここ数年、私は放送大学の学籍(選科)を持っている。放送大学というと、あの退屈そうな(すいません)番組をイメージする方は多いと思うが、今は授業の視聴も小テストの提出も、専門書の貸出予約も論文検索も、全部ネットで済んでしまう。
 本気で学びたい人には便利だけど、一科目全15回の放送授業をこなすのは想像以上にハードだ。学びたいことがあった私は、文字通り「寸暇を惜しんで」勉強した。睡眠不足でフラフラで、それでも「知りたいことを知る」楽しさに夢中だった。
 面接授業に出れば、いろんな人に出会う。職業も年齢も見事にバラバラだ。大卒資格を目指す女性からは、子育ての苦労話を楽しく聞かせていただいた。逆に、上から目線で人を見下す嫌な人にも会った。人と出会う以上の学びはないなあ、とつくづく思う。

 「これは<あ>、これは<お>、これは<う>」。息子が何やら指差して喋っている。「ぼく、もう字がよめるよ」と言うのだが、全然合っていないどころか差しているのは字ですらない(笑)。まあ、字なんてそのうち読めるようになるし、と呑気に思う私。
 息子が勉強が特に好きじゃなくても、私は全く構わない。「嫌い」まで行ってしまうといろいろと面倒だけど(わはは)、まあ普通でいいかな、と思う。
 今の息子が感じている、新しいことを知る楽しさを、失わないでいてくれればいいと思う。できることなら、目的のために血を吐く思いで努力することの価値を、知る人間であってくれれば嬉しいと思う。

2014年2月14日金曜日

You can smile, you can cry.

この街は人が多すぎて
涙さえ気づかれることはない
I can smile I can cry

時は吹きすさぶ風のよう
笑顔は一瞬で遠ざかる
you can smile you can cry

人込みの中で私はただ涙を流す
誰かがふと目を止め目をそらして
すべてを過去へと押し流す
ありがとう I can smile.

あなたの愛した私はいない
私の愛したあなたもいない
I can smile I can cry

確かなものが探せないのなら
刹那を愛してゆくのだろう
you can smile you can cry

とどめられない とどまらなくていい
心から笑えるその日まで
喧噪の海に浮かぶ光が
ただ滲んで歪むのを見てた

人込みの中で私はただ涙を流す
私のようなあなた あなたのような私
小さな居場所をそっと守ってくれて
ありがとう I can cry.


2014年2月12日水曜日

イスの物語

 こそだて界でイスといえば、バンボストッケが二大ブランドだろうか。どちらも大層人気が高く、そしてお値段もお高めなのだが、赤ちゃんがちょこん、と座っている様子は卒倒モノの可愛さである。
 ところで子どもには「やたら自分でイスに座りたがる時期」というのがあるらしく、息子の場合は二歳になりたての頃だった。この頃、いくつかの園を見学に行ったのだが、先生が教室の引き戸を開けた途端、大人を押しのけて園児用のイスへ(ヨチヨチ歩きで)突進する息子。その背中をア然と見送る母。

 教室に並んだ小さなイスに、片っ端から腰を下ろしてご満悦。どの園へ行っても同じことをするので「……変な子だなあ」と思っていたら、なんとNHKの教育番組にイスを擬人化したキャラクターまでいることを知って仰天した。
 子どもはイスが好きらしい。自分サイズのイスを見つけると座らずにはいられない。キッズコーナーにある小さな木のイス、休憩スペースに置かれた動物の形のビニールのイス。「自分のために用意されたもの」だと思うんだろうか。「自分ひとりで座れる」のが嬉しいんだろうか。座れそうな段差があると、イスに限らずちょこんと座っていた記憶がある。
 子どもが初めて座る(乗る?)イスといえばチャイルドシート。体を固定されるためか嫌がる赤ちゃんも多いらしいが、息子も初めて乗ったときは一時間に渡り大号泣、同乗の大人たちはグッタリ(涙)。

 今後もコレでは困る。私たちは徹底的なオダテ作戦に出た。「うわあ、○○くん専用のイスだよ。カッコいいなー」「○○くんだけ専用のイスだね。すごーい」。地道な声かけが功を奏し、おそらく慣れもあって、そのうち嫌がらなくなった。「これ、ぼく専用のイスだよ」と息子はいまだに自慢げに言う。おとなしく乗ってくれれば親は万々歳である。
 ちなみに体を締める「ベルト」を嫌がる子も多いが、我が家はこの絵本が大変役に立った。飛行機に乗る話なのだが「ベルトをしめてとびたつぞ」という台詞が息子の大のお気に入りで、ベルトを締めるたびに母子でマネして大喜び。いや助かった……。

 子どもの目から見れば、世界は自分にとって決して優しくはない。見るものすべてが自分には大きすぎて高すぎて、難しくて複雑すぎる。
 そんな世界にあって、自分サイズの小さなイスは、いつも自分を待っていてくれる、友だちのような存在なのかもしれない。だからあんなに座りたがったんだろうか。素通りしようとすると泣き叫ぶほどに。
 赤ちゃん時代に愛用したバンボは、今はもう座れない。最近は街の小さなイスたちを素通りすることも増えた。代わりにお気に入りなのが家具店のソファ。片っ端からよじのぼって座り、いっちょ前な顔して「うん、これがいいね!」……買いません。

2014年2月10日月曜日

私の声を聞いて

 ずいぶん前の話。夕方、自宅の電話が鳴った。出ると、いかにもオペレーター然とした女性の声が、某テレビ局の報道番組名を挙げて「アンケートに答えてほしい」と告げた。いわゆる「無作為抽出」に、我が家の電話番号が引っかかったらしい。
 貴重な機会だ。私は承諾した。女性は早速、質問を始めた。「あなたは○○総理を支持しますか?」

 私は咄嗟に言葉が出てこなかった。承諾したとはいえ直前まで「今夜の夕飯は……」等とボンヤリ考えていた頭は、すぐにはモードが切り替わらない。
 「わ、わかりません」「敢えて言えばどちらですか?」。女性の声には苛立ちが混じっていた。曖昧な回答は避けるよう指示があったのだろうか。しかしこちらも善意なのだ。苛々される筋合いはない。
 その後も質問は続いたが、自分が何と答えたのか覚えていない。ただ最後に「では日曜8時の『○○』をご覧ください」と女性が言って電話が切れた後、「……観ねえよ」と思ったことは覚えている。

 これも古い話。最寄りの繁華街へ出かけたら、駅前ロータリーが人で埋まっていた。何事かと見ると、著名政治家が演説していた。テレビでよく見る顔だ。
 誰もが一様に携帯電話を掲げているさまは異様だった。「有名人が見られて良かった。さて帰るか」という人たちの群れ。しかし肝心の演説も自慢話ばかりで、私はすぐに飽きてその場を離れた。
 以前に住んでいた街での話。あるとき外出しようと玄関を出ると、ちょうど訪れた大家さんと出くわした。隣にはスーツ姿の五〇がらみの男性が。「区議会議員候補の○○さん。近くにお住まいで、ずっと地域のために尽くしてくれているの」。戸惑う私に、男性は頭を下げた。「よろしくお願いします」。

 私は男性の顔を見た。どこにでもいそうな普通の男性。しかし私には、ささやかな感慨があった。組織というものと縁遠い私にとって、群衆の中の一人ではなく一人の有権者として、私に真っすぐ向き合い頭を下げてくれた政治家は、彼が初めてだ。
 翌日、地元の駅前で、明らかに動員されたと分かる聴衆を前に演説する彼を見かけた。入り組んだ住宅街にある小さな駅で、明らかに通行の邪魔になっていた。地元の生活を本当に知っているなら、あんな場所で演説はしない。このとき誰に投票したかは覚えていないが、彼でなかったことは間違いない。

 「せんきょ」と言えず「さんきゅー行くの!」と叫ぶ息子の手を引いて、雪道を投票所へ向かう。出口に立っていた女性が、私と息子に続いて出てきた相方に声をかけた。「NHKですが……」という声を背後に聞きながら、とっとと歩き出す私。
 今回の選挙では誰ひとり候補者を見かけなかった。代表であり著名人である彼らにとって、私たちは群衆に過ぎないかもしれない。けれどもし一有権者として私に向き合い、声を聞こうとしてくれる人がいるならば、私にだって言いたいことは山ほどある。

2014年2月5日水曜日

甘いささやき

甘いささやき
たまごをきみに

ねえママ
甘いささやきって
おいしい?

ぼく
甘いささやき食べたいなあ
こんど買ってこようね

え?
だって甘いんでしょ?
食べられるよ

どこに行けば
食べられるのかなあ

甘いささやき
たまごのきみに

甘いえびさん
トマトをぼくに!
えへへへ

甘いささやき
甘いささやきはねえ

あのね
お花のにんじんなの


2014年2月4日火曜日

よくわかる

 園のお迎えに、ママと一緒に来ていた下の子ちゃん。園庭でちょこちょこ遊んでいるのを、他のママたちも微笑ましげに眺めている。と、園庭のくぼみにつまずいてドデン! とすっ転んだ。
 咄嗟に「わっ、大丈夫!?」という言葉が喉まで出かかるも、慌てて引っ込める周囲のママたち。なぜなら肝心の、下の子ちゃんのママさんが平然としていたから。案の定、彼女は泣くことなく一人でムクッと起き上がった。「よし」とつぶやくママさん。

 面白いもので母親というのは、我が子が転んだ瞬間、どの程度の転倒かを一瞬で判断する。どこをどう打ったのか、強度は、打ち身や擦り傷はないか。転んだのが土の上で、最初に手が出ていれば、概ね「たいしたことはない」と判断できる。
 子どもというのはしょっちゅう転ぶ。転ぶたびに「大丈夫? ケガは?」とハラハラドキドキしていては、はっきり言って身が持たない。上記のような判断術を、そのうち経験則で身に付けてしまう。
 「大丈夫!? ってやるとさ、却ってワーッて泣いたりするじゃん。平気そうなら放っておいたほうがいいよね」。うん、よくわかる。よくわかるよ、と頷き合うママたち。

 息子は寒い季節に生まれた。冷たい雨の降る日だった。出産の思い出を聞かれたら、私はとにかく「寒かった」のひと言しかない。暖房はよく効いていたけど、古い産院のリノリウムの床は、しんしんと底冷えがした。おまけに私のベッドは窓際で、窓から見えるのは暗い空、冷気も入り込んでくる。
 助産師さんたちは皆あたたかかったけど、とにかくあの寒さには閉口した。同じ日に同じ産院で生まれた男の子には、すでに「冬」という字を使った名前が付いていた。ウチの息子の名前にも、季節を表す漢字が入っている。猛暑だった真夏に出産した友人は、子どもの名前に「夏」という字を入れていた。
 うん、よくわかる。よくわかるよ(しみじみ)。次に産むときは極端な気候じゃない時期にしたいなあ……そう上手くはいかんだろうなあ……。

 相方は小学生の頃、近所の空き地で転んで頭を強打した。流れ落ちる血で顔面を真っ赤にして「おかあさぁん……」と帰宅した相方を見て、さすがに義母は血相を変え、すぐに病院へ連れて行ったという。
 何針か縫ったものの、幸い怪我は軽かった。それでもショックと痛みで不安だった相方の目に入ってきたのは、医師と談笑する義母の姿だった。自分はこんなに痛いのに、母親は平気で笑っている……。
 「今ならさ、子どもに心配かけないようにしたんだろうな、とか思うよ。でも当時はねえ。辛かったねえ……」。まあ義母もホッとしたんでしょう、きっと。心配したぶん安心も大きくて、声も明るくなったと。うん、わかるよ。私もやりそうで怖い……。

2014年2月3日月曜日

祝福のための服

 「贈り物として選ばれるための子ども服」というジャンルがこの世に存在することを、私は出産して初めて知った。贈答用子ども服。贈答用の果物と、本質的には近い。大事なのは見栄えと価格。何千円もするメロンは贈答用だから出せる予算である。
 しかし高くて見栄えがいいだけが「贈答用子ども服」ではないらしい。今回は、そんなお話を。

 出産祝いに頂いた某老舗ブランドの子ども服を見て、私は「ひょえ〜」と仰け反った。ファンシー、メルヘン、デコラティブ。そんな形容詞が浮かぶ。小さな服の表面が、動物や乗り物や花を描いたワッペン、アップリケ、刺繍で埋め尽くされている。
 どうして、ここまで飾り立てる必要があるんだろう? それが最初の疑問だった。流行ではないし実用的でもない。ここまでメルヘン調だと苦手な人も結構いるだろうし、手の込んだ装飾は当然、値段に跳ね返る。これ、誰得? この服の存在意義は何!?
 そこに「贈答用」というニーズがあり必然があると気づいたのは、随分後のことだった。贈り物として選ばれるために独自の進化を遂げた服。贈答用子ども服は、そんな個性あるジャンルだったのだ。

 小さな愛らしい服が並ぶ百貨店のキッズフロア。誰しも見ているだけで顔がほころぶ。しかし贈り物である以上、最も重視されるのは格式だ。一定以上の価格、価格にふさわしい品質。それらを確保した上で、デザインに目を向けることになる。
 多くの「贈る側」の人は、わかりやすい子どもらしさ、ラブリーさに目が向くだろう。「センス」などという不確定なものに頼るのは、よっぽど自信のある贈り手に限られる。そして老舗の高級子ども服ブランドは、このあたりの「贈り手ゴコロ」を実によく理解している、ような気がする。
 彼らが掴むべきはイマドキの親心ではなく、ジジババ心、親戚心、(結婚式の)仲人心、その他諸々の「贈り手ゴコロ」。友人はセンスを発揮しようと老舗を避けるかもしれないが、そこにはちゃんと「少しヒネッたお洒落な贈答用子ども服ブランド」も隣に軒を連ねる抜け目のなさである。

 高価で実用にやや欠け、時には趣味に合わない「贈答用子ども服」。では贈られた親の側は嬉しくないのかというと、全くそんなことはない、と私は思う。もちろん、人によって違うかもしれないが。
 出産直後、友人知人から届く出産祝いは、育児に明け暮れる生活の中の数少ない「華やぎ」だった。中には「趣味に合うものを選んで」と商品券などをくださる方もいたが、お気持ちは嬉しいがそもそも「選びに行く」余裕がない時期であり、箱を開けた瞬間の幸福感は実物にはかなわない。
 自分では決して選ばない、ラブリーで高価な子ども服。眺めているとじんわりと、祝福されている実感が湧いてくる。私の出産は、我が子の誕生は、ちゃんと祝福されている。そう思わせてくれるための服なのかもなあ、なんて勝手なことを思ったりする。

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