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2014年2月3日月曜日

祝福のための服

 「贈り物として選ばれるための子ども服」というジャンルがこの世に存在することを、私は出産して初めて知った。贈答用子ども服。贈答用の果物と、本質的には近い。大事なのは見栄えと価格。何千円もするメロンは贈答用だから出せる予算である。
 しかし高くて見栄えがいいだけが「贈答用子ども服」ではないらしい。今回は、そんなお話を。

 出産祝いに頂いた某老舗ブランドの子ども服を見て、私は「ひょえ〜」と仰け反った。ファンシー、メルヘン、デコラティブ。そんな形容詞が浮かぶ。小さな服の表面が、動物や乗り物や花を描いたワッペン、アップリケ、刺繍で埋め尽くされている。
 どうして、ここまで飾り立てる必要があるんだろう? それが最初の疑問だった。流行ではないし実用的でもない。ここまでメルヘン調だと苦手な人も結構いるだろうし、手の込んだ装飾は当然、値段に跳ね返る。これ、誰得? この服の存在意義は何!?
 そこに「贈答用」というニーズがあり必然があると気づいたのは、随分後のことだった。贈り物として選ばれるために独自の進化を遂げた服。贈答用子ども服は、そんな個性あるジャンルだったのだ。

 小さな愛らしい服が並ぶ百貨店のキッズフロア。誰しも見ているだけで顔がほころぶ。しかし贈り物である以上、最も重視されるのは格式だ。一定以上の価格、価格にふさわしい品質。それらを確保した上で、デザインに目を向けることになる。
 多くの「贈る側」の人は、わかりやすい子どもらしさ、ラブリーさに目が向くだろう。「センス」などという不確定なものに頼るのは、よっぽど自信のある贈り手に限られる。そして老舗の高級子ども服ブランドは、このあたりの「贈り手ゴコロ」を実によく理解している、ような気がする。
 彼らが掴むべきはイマドキの親心ではなく、ジジババ心、親戚心、(結婚式の)仲人心、その他諸々の「贈り手ゴコロ」。友人はセンスを発揮しようと老舗を避けるかもしれないが、そこにはちゃんと「少しヒネッたお洒落な贈答用子ども服ブランド」も隣に軒を連ねる抜け目のなさである。

 高価で実用にやや欠け、時には趣味に合わない「贈答用子ども服」。では贈られた親の側は嬉しくないのかというと、全くそんなことはない、と私は思う。もちろん、人によって違うかもしれないが。
 出産直後、友人知人から届く出産祝いは、育児に明け暮れる生活の中の数少ない「華やぎ」だった。中には「趣味に合うものを選んで」と商品券などをくださる方もいたが、お気持ちは嬉しいがそもそも「選びに行く」余裕がない時期であり、箱を開けた瞬間の幸福感は実物にはかなわない。
 自分では決して選ばない、ラブリーで高価な子ども服。眺めているとじんわりと、祝福されている実感が湧いてくる。私の出産は、我が子の誕生は、ちゃんと祝福されている。そう思わせてくれるための服なのかもなあ、なんて勝手なことを思ったりする。

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