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2014年3月17日月曜日

任せてしまう人たち

 仕事で会った若い男性が、偶然にも近くに住んでいることが判明する。上のお子さんは春から幼稚園だとか。思わず「どちらの園ですか?」と尋ねる私。
 男性が挙げたのは、風情ある教会が併設された、界隈でも有数のセレブ幼稚園。「あの教会、素敵ですよね」と切り出したら、彼は困ったように言った。「僕、よく知らないんですよ。妻に任せてるんで」。

 そ、そうか。任せてるのか。何だか少し前に、似たような言葉を聞いた気がする。人気司会者が苦悶の表情で「子どものことは妻に任せきりで……」。あれ、違ったっけ。ま、いいや。
 もちろん「任せてる」からといって、その男性が子育てに無関心とは限らない。たまたま園選びに関しては「任せた」だけかもしれないし、これ以上、詮索されないよう「知らない」と予防線を張ったのかもしれない。単なる照れ隠しかもしれない。
 けれど、このイクメン礼賛の世の中で、今どきの若いパパが他人に向かって「妻に任せている」と断言する姿に、ふうむと考え込んでしまった私である。

 「任せられている」側の奥様が、それでよければいいわけで、他人が口を挟む筋合いではないだろう。夫は仕事、妻は家事と子育て。それで上手く回っているなら、何の問題もないように見える。
 彼の仕事は相当に多忙だ。奥様一人での、下の子を抱えての幼稚園探しは大変ではなかったか。悩みやグチは吐露できたんだろうか。平然と「任せるから」と言ってしまえる夫に。大きなお世話だけど。

 「任せる」という言葉には、どうしても無関心さが潜む気がして、私は寂しい気持ちになるのだが、むしろ「任せられる」ほうが楽で快適、そんなママさんもいるかもしれない。楽かどうかはともかく、かつての日本の平均的な姿ではあるだろう。私の育った家もそうだった。多忙な父、専業主婦の母。
 普段は影の薄い父も、休日は家族のために長時間、車を運転し、母が体調を崩せば焦げた目玉焼きを焼いてくれた。あの世代の男性にしては、父なりに子育てに関わっていたのだな、と思う娘である。母は絶対に同意しないだろうけど(笑)。

 好天の休日、公園で見かけたパパさんは、黒い中折れ帽に革のブーツがよく似合うダンディな出で立ちで、年の頃は四十代、黒の抱っこ紐で赤ん坊を胸に括り付け、春風の中で颯爽と立っていた。その姿があまりにも決まっていて、つい見とれてしまう。
 「むしろ若くない男のほうが、抵抗なく子育てに入っていけるような気がする」と相方は言う。人生時間の配分の割合が、年齢によって変わるのは当然だ。仕事に夢中な若い彼も、もしかすると休日は抱っこ紐で颯爽と歩き、奥様の話に耳を傾けているかもしれない。そうじゃないかもしれないけれど。

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