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2014年9月27日土曜日

さよなら、空

 寝転がって見上げた窓から覗くのは、青い空だけ。都会では貴重な眺望と、家中を吹き抜ける風に惹かれて、私たちはここへ越してきた。六年前のことだ。
 古いマンション。玄関横には作り付けの牛乳瓶受け、共用のバルコニーには洗濯用の洗い場と物干し台。建てられた当時、昭和四十年代の生活が垣間見えた。朝、住民たちがバルコニーに集まって、井戸端会議をしながら洗濯物を干す、そんな生活。

 室内は幾度もリフォームが施され、それなりに快適だ。洗濯機置き場もちゃんと室内にある。ただ古いだけに、配管がすぐ詰まるのには閉口した。
 最上階の東南角部屋。日差しはたっぷりと差し込むが、夏はまるで保温ポット、冬は窓からの冷気が凄まじい。風呂もトイレも昭和風のタイル張りで古臭く、畳は赤茶け、床はフローリングを模したビニール。それでも、私たちはこの家が好きだった。

 富士山も東京タワーもスカイツリーも、夏には花火も見える。陸橋を走る新幹線も空を行く飛行機も。
 眺望が良いというのは、空が広いということでもある。この家で、私はたくさんの空の写真を撮った。街を覆うように降り注ぐ雪、嵐の日に空を駈け巡る稲妻。日食に月食、大空にかかる二重の虹。

 こんな暮らしをしてきた私たちにとって、眺望は大事な条件の一つだった。窓の外を見た瞬間に候補から消えた家は山のようにあった。
 もちろん中には眺望の良い家もある。今の家のように古い建物は立地が良く、周囲に高層物がなければ狙い目だ。単純に階数が上がれば眺望も良くなる。予算に合う物件も、ないわけではない。
 ある家は抜群の眺望を有し、古くて駅から遠いために価格もリーズナブルだった。この眺望でこの価格の物件はそう出ない、との言葉に心が動いた。しかし結論を言えば、私たちはその家を選ばなかった。

 本当に欲しいのは、眺望なのだろうか。駅から遠いその土地は、都内でも車しか使わない人々が住む高級住宅地。周囲の家並に、私は居心地の悪さを感じた。静かすぎる住環境が、逆に何だか怖かった。
 家で籠ってひたすら仕事していた頃は、明るさや眺望が何より大事だった。しかし今の私の生活に、そんな余裕はない。眺望は良いほうがいいけど、富士山や東京タワーが見える生活はもう味わったし。別に見えなくても、人生にたぶん支障はないし。

 泣き止まぬ子を抱えながら途方に暮れて見た朝焼け。次の新幹線が通るまではとあやし続けた日々。この家の思い出を、私は一生忘れることはない。
 私も四歳で、それまで住んでいた社宅から引っ越した。狭い社宅での生活を、わずかだが覚えている。この眺望が少しでも、息子の記憶に残るだろうか。そんなことを思いながら、愛した空に別れを告げる。

    1 コメント :

    kuni さんのコメント...

    見つかったんだね。おめでとう☆

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