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2014年11月28日金曜日

ベビーカーの痛み

 人気の家具雑貨店を発車した無料バスの車内に、若い女性の呟きが響いた。「こんなに混んでるのに、ベビーカー畳まないなんて信じられない」……。

 ベビーカーの持ち主にも、その声は届いたはずだ。バスはそれなりに混んでいた。窮屈なほどではないと私は感じたけど、人によって違うのだろう。
 私の位置からベビーカーは見えなかった。子どもの声はしなかったから、中で静かにしていたか、寝ていたのだろう。ベビーカーを畳むには、子どもを下ろさねばならない。ベビーカーのおかげで静かだった子どもは、驚いて泣き出すかもしれない。
 揺れるバスの車内で、ベビーカーと子どもを抱えて立つという行為は危険極まりない。公の場では現状が、むしろベストな選択肢かもしれないのだ。
 一瞬でそこまで想像して、胸が痛くなった。傍らでは我が家の四歳児が、母と手摺を握りしめている。

 たった四年前と比べても、あらゆる場面から余裕が失われているように感じる。私がベビーカーを押していた頃、冒頭のような言葉を浴びせられたことは、幸いにしてなかった。たまたま、運が良かっただけかもしれないけれど。見知らぬおばあ……御婦人に延々、笑顔で話しかけられたことはあるけど。
 バリアフリー化が進んだ都心に慣れていると、郊外へ出て慌てることはある。都下の小さな駅で、改札を出るには長い階段を渡るしかなく、ベビーカーを抱え上げて必死で上り下りしたこともある。
 まあ、そんなのは大したことではない。子育てのよくあるワンシーンだ。駅の入口からホームまで動線が確保された都心が恵まれているのだろう。

 息子が二歳になったとき、私はベビーカーの使用をやめた。理由は、私自身が面倒で、嫌になったからである。世間様のことはあまり関係がない。
 ベビーカーは重い。荷物を載せればさらに重い。重いベビーカーを押して歩くのは重労働だ。アレは、決して楽ではないのだ。少なくとも私は、息子を歩かせて荷物は自分で持った方が、はるかに楽だった。
 もう一つ理由というか、公園遊びの苦手な息子を、少しでも運動させようという思惑もあった。息子は、よく歩いた。坂道の多いこの街を、自転車の後部座席に慣れた今よりも歩いていたような気がする。
 「好きで乗せてるわけじゃない」。こう話すママさんは結構いる。歩いてくれた方が楽に決まってる。でもベビーカーなら静かだし寝てくれるし、迷子にならず危険も少ない。幼子が二人以上いれば尚更だ。祈るような気持ちでベビーカーを押す母もいる。

 息子がまだ赤ん坊の頃、抱っこヒモでこの家具店を訪れた。久しぶりの遠出。無料バスの座席に、身を小さくして座った。子連れに優しい店内の洒落たレストランで、北欧テイストの可愛いベビーチェアに息子を乗せ、束の間の休息に幸せな気分になった。
 今日もきっといるはずの、あのときの私と同様のママさんが、楽しい気分で帰路につけますように。

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