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2015年12月24日木曜日

電飾に願いを

 住宅街の家々の軒先に、きらびやかな電飾が灯り始めると、ああ冬が来たのだな、と実感する。ここ数年、すっかりそんな景色が定着した。
 いわゆる高級住宅地(の片隅にある古アパート)に住んでいたことがあるが、この季節になると繰り出される壮大な電飾合戦は、どの家も仰け反らんばかりの豪華さだった。まばゆい光の中を歩くたびに、別世界の存在を痛感したものである。ああ庶民。

 そこまでいかなくとも、しんと冷えた空気の中、玄関脇のシンボルツリーに点々と、まるで星のように輝く電飾は凛として美しい。日の落ちた帰路を、白い息を吐きながら急ぎつつ、つい見とれる私。
 家全体をラッピングするような大掛かりな装飾で魅せる家。子どもウケするポップなキャラで勝負する家。控えめだけどさりげない明かりを、帰路にそっと添える家。毎年、素敵なイルミネーションを見せてくれる家は、今年もと勝手に期待してしまう。

 今の家に越してきたのは去年のクリスマス前だった。まだ土地勘もあやふやな街で、道々にぽつぽつ輝く電飾は、文字通り帰路を照らす道しるべだった。
 あのキラキラが見えたら、もうすぐおうちだね。そんなふうに言いながら、慣れない夜道を車を気にしつつ、息子の手を引いて歩いた。光を見上げる息子の丸いつるつるした頬を、電飾の明かりが照らす。

 子どもというのは「音の出るもの」、そして「光りモノ」がとにかく好きらしい。夏祭りやイベントの景品は「光るオモチャ」が定番だ。光る棒に光る輪っか、光るペンダントに光る指輪、光る腕時計に光るメガネ。買った覚えはないのに、いつのまにかオモチャ箱には光りモノが増えている。
 光るクリスマスツリーに光るロウソク。それに今年は、おじいちゃんにもらった「光るクリスマスカード」が加わった。光と共にクリスマスソングが流れるカードに息子はすっかり夢中。家中の「光るオモチャ」を光らせて、気分はクリスマスパーティ。サンタにトナカイ、スノーマンも、もちろん一緒だ。

 いろいろあった転居騒動の末、越してきて一年が経った。少しは慣れてきた道には、一年前より多くの電飾が輝いているように見える。角を曲がる前から、少しワクワクしている自分に気づく。しんと冷えた空気の中、馴染みの電飾が見えると、もうすぐ我が家だと心が温まるのを感じる。
 早くも暗くなり始めた冬の午後。すでにぽつぽつと電飾が灯る道を、小学生たちが駈けてゆく。来年にはこの光の中を、ランドセルを背負った息子が通るだろう。黄色い帽子を頭に乗せて、帰路を急ぐ小さな息子の行く手を、華やかな電飾が明るく、温かく照らしてくれますように。

2015年12月7日月曜日

中の人の正体

 二十代の頃、幼児教育番組の制作に下っ端として携わったことがある。かわいい着ぐるみたちが、暑いスタジオのカメラの前、照明の下で演技できるのは三十分が限界だ。休憩の声がかかり、着ぐるみの「頭」を外した演者さんのもとへ、濡れタオルを手に駆けつけるのが下っ端の仕事のひとつだった。

 ショートヘアから流れ落ちる大量の汗。その現場の「中の人」は、いかにもスポーツをやっていそうな雰囲気の、若い女性が多かった。「着ぐるみの中の人」というと、私は今もそんな女性が思い浮かぶ。
 着ぐるみの演技は難しい。手足の可動域のみで喜怒哀楽を表現するのは至難の業だし、キャラクターごとの個性も求められる。たとえアルバイトでも、ダンスや演劇など、何らかの身体表現をそれなりに学んだ人でなければ、こなせないに違いない。
 そんなふうに思っていたから、後年の「ゆるキャラ」ブームの際、自治体の職員さん(すなわち素人)も「中の人」を務めていたと聞いて驚いた。あの、若く体力には自信がありそうな彼女らですら、あんなにキツそうだったのに……。たとえ立っているだけでも私には到底ムリである。若くないし(涙)。

 ベビー用品店、遊園地、ショッピングセンター。小さな子どもが集まる場所で、着ぐるみに遭遇する機会は結構ある。コミカルで愛らしい着ぐるみに大喜びで群がる子どもは多いのに、恐がりで慎重派な息子は、いつも遠巻きに眺めるだけだった。
 それでも、着ぐるみと一緒に撮った微笑ましい写真が何枚かは残っている。怖いのか緊張したのか、どの写真も微妙な表情で、親としては残念だが仕方がない。ちなみに私自身もウン十年前の、「リカちゃん」の着ぐるみと一緒に撮った写真が残っている。
 大人の背丈をもはるかに超えた、巨大サイズのリカちゃんを見て、幼い私は相当泣いたらしい。ムリもない、と今見返しても思うほど、ビッグな頭(当時)のリカちゃんはちょっとコワイ。

 手作りの衣装を着けてマスクをかぶりステージへ。瞬間、沸き起こる子どもたちの大歓声。ああ、「中の人」たちは日々、この景色を見ているのか。そんな感慨が押し寄せて、さんざん練習したはずのダンスの振りを忘れそうになる。
 夢中になって一緒に踊る子どもたちの最後列に、息子の姿が見えた。子どもたちの中で彼だけが、私の正体を知っている。どうも乗り切れない様子なのはそのせいか、それとも生来の慎重さのせいなのか。
 知らないほうがいいこともあるよね、と少し申し訳ない気持ちになる壇上の母(マスク姿)。まさか自分の人生に、こんな日が来るとは思わなかった。「子どもが喜ぶかなあ」という思いだけで、人はここまで来れるらしい。いや、母ってスゴイ(……ちょっと違う)。

2015年11月23日月曜日

飲みたい夜に

 大人には、どうしても飲みたい夜がある(……あるよね?)。ところが小さな子どもがいると、なかなか気軽に「飲みに出る」のは難しい。
 それでも最近は「子連れ歓迎」の居酒屋があったり、早い時間のファミレスでお酒やつまみを割引していたりと、パパママも外で晩酌を楽しめる環境が整ってきた。確かにそれは有り難い。でも正直、そういう店ばかりでは飽きが来る(……来るよね?)。

 その日、私たちが向かったのは、ヨーロッパのバルを思わせる雰囲気のチェーン店。手作りの料理がおいしくて以前はよく訪れたが、出産後は足が遠のいていた。ソフトドリンクくらいはあるだろうが、基本的には酒を飲むための店であり、お子様向けメニューなどは存在しない。
 とはいえ外食好きな息子は好き嫌いもなく、食べ物さえあてがっておけば、大人しく座っていられるタイプだ。野菜の入った料理でも取り分けてやれば何とかなるかな、と店のドアを開ける。
 「いらっしゃいませ!」明るい声に案内されて、窓際の禁煙席へ。客はそれなりに入っているのに、埋まっているのは禁煙席ばかり。喫煙席はガラガラだ。酒場なのに。そんな時代なのだな、と実感する。窓外に広がる夜の街に、息子はすっかり興奮気味だ。

 水とおしぼりを持ってきてくれたのは、三十代前後とおぼしき男性の店員さん。息子の前に置かれた水には、小さなストローが刺さっている。
 相方がメニューを選ぶ。すると店員さんが「お子さんも召し上がられますか?」。相方が頷くと、こちらは鷹の爪が入っていますが、抜いてお作りしますか、こちらはコショウが効いているのですが、と、メニューごとに事細かに気を配ってくれる。
 思わず周囲を見回す私。子連れ客は一組もいない。酒場なので当たり前だ。バル料理の味が濃いのも当然で、たまにだからと承知の上で、むしろ迷惑にならぬようサッと飲んで食べて帰ろう、そう思っていたせいか、思わぬ気遣いに驚きつつ恐縮してしまう。

 おいしいお酒と料理に満足そうな相方、フライドポテトに夢中な息子。最後に頼んだのは、きのこのアヒージョ。子どもも食べやすいようにと、付け合わせのバゲットは薄くスライスされている。
 以前、二人でよく行ったバーで、必ず頼んだメニューが砂肝のアヒージョだった。雰囲気のあるバーは、ある日突然、有名チェーンの居酒屋に変わっていた。懐かしい味を、小さな息子の横で思い出す。

 世間は子育て世帯に冷たい、そんなニュースも多いけど、そういう体験が全くないとは言わないけど、子連れのおかげで出会った親切も、決して少なくはない。これまで大勢の見知らぬ方々が、息子に笑顔を向け、声をかけ、気を配ってくれた。世の中には子ども好きな人がこんなに多いのか、と驚くほどに。
 笑顔で息子に手を振る店員さんたちに、頭を下げつつ店を出る。幸せな時間をありがとう。そう心の中でつぶやきながら。

2015年10月21日水曜日

素直になりたい

 入園して数ヶ月後、最初の個人面談で、息子は担任の先生から、こんな言葉をいただいた。「○○くんは本当に、とっても素直で、まっすぐで……」。

 我が家の三歳児(当時)に、人生で初めて外部から下された人物評が「素直で、まっすぐ」。……これって、どうなんだろう? 私は内心、戸惑った。子どもって、基本的にはみんな素直じゃないの? 敢えて挙げる美点が「素直」……もしかして他に褒めようがないとか(←たぶん考えすぎ)?
 戸惑った理由は他にもあって、右のような思考回路からも分かるように、実は私自身が全く「素直ではない」ので受け止め方が分からない(涙)。そうか。ウチの子、素直なのか。誰に似たんだろ……?

 素直の反対は天の邪鬼、それとも生意気? 自分で言うのも何だが私は昔から、生意気が服を着ているような人間(!)で、人の言うことを聞かない、頭でっかちで文句や理屈ばかり多いタイプであった。
 良くも悪くもそれが自分で、そういう自分と好んで付き合ってくれた人や友人たちもいたわけで、今さら後悔はないけれど(してもしょうがないけど)、人生も中盤を迎えた今は思う。「素直」は侮れない。

 素直な人は、周囲の教えや助言を、まっすぐ受け入れることができる。特に、何かを学ぶ場面や成長過程において、素直さが有利に働く場面は少なくない。何より、素直な人は周囲に好かれる。誰だって付き合うなら、面倒な人間より素直なほうがいい。
 以前は、人の言うことを素直に聞くと「自分」が消えてしまいそうで不安だった。ちっぽけで軟弱な「自分」を守ろうと必死だった。後悔はないけれど、反省はある。迷惑や心配をかけた人もいただろう。
 言うまでもなく人の個性はさまざまで、素直さは、ある一面でしかない。逆に言えば、一面でしかない以上、恐れることはないのだ。無個性でいろ、とか自分を出すな、という意味ではない。そうではないのだ、と今は思える。素直になることで、むしろ自分という存在を受け入れてもらいやすくなる。その結果、開かれる世界はより広く、豊かになる。

 「ほら、指のかたちはこうだよ」。ピアノの前で、先生の言葉に素直に頷く息子の背中を眺めながら、「指の形が悪い」と言われ続けて練習が嫌になった、かつての自分を思い出した。「そう、上手!」。褒められて、息子はより慎重に指を下ろす。まっすぐで素直な息子が、私には眩しくて仕方がない。
 素直な子どもは周囲に好かれる。この素直さは、もしかすると息子の武器かもしれないな、なんて思う。まあ、少し親バカ入ってますが(笑)、褒められてすくすく伸びる、よいサイクルが息子の人生を彩るようにと、母としては願わずにいられない。
 とはいえ、家ではすでに「ああ言えばこう言う」片鱗を見せている息子。小生意気な口ぶりは親そっくりである。「素直ないい子」は、外向けの顔らしい。そんな社交性には未だに自信のない母は、感心しきりである。いやあ、アンタ、すごいわ。

2015年9月30日水曜日

九月のランドセル

 子どもたちの嬌声が響く、休日の駅のホーム。パパと一緒のお出かけが嬉しくてハイテンションな男の子。まあるい目にぷっくりホッペ、か、カワイイ。四歳くらい? ウチの子より小さいかなあ。
 向こうには、よちよち歩きの弟の手を引く、小さなお兄ちゃんの姿が。か、カワイイ。まだ三歳くらいかなあ。ウチの子より間違いなく小さいなあ……。

 最近、街で子どもを見かけると「カワイイ!」と同時に「ウチの子より小さい(年下)!」という感想が、セットで湧いてくるようになった。言い換えれば「カワイイ!」と感じる対象が、軒並み息子より年少の子ばかりになってきた。
 考えてみれば無理もない話で、年明けに六歳を迎える息子は、来春には小学生なのだ。息子より年上というと、小学生になってしまう。いや小学生も可愛いけど、赤ん坊〜幼児の可愛さとは、やはり違う。

 よちよち歩きの赤ちゃんを眺めながら、もうあんな日は来ないのだ、と寂しく思うのは、やはりトシのせいなのか。若いお母さんなら、こんな感傷は持たないんだろうか。
 「あなたが赤ちゃんだったときはね」。時折、息子にこんなことを口走る私。「もう、ほんっとに可愛かったのよぉ」。息子は笑いながら、今だって可愛いよお、と少し不満げな顔をする。もうすぐ小学生の自分は「かわいいじゃなくて、かっこいいだよ」「かわいいは、女の子だよ」と訂正されたりもする。
 「春から幼稚園」が「さいしょのおわかれ」なら、小学校への入学は二回目のお別れ。何かが変わる。人生の流れ、時間軸。喜ばしい、祝福された、期待に胸膨らませた「お別れ」が、これから何度も訪れる。慣れるのも親の仕事なのだろうな、と思う。

 今どきの子は幼い頃から撮りためた写真や映像が大量にある。手づかみで食べ、奇声を上げ、指しゃぶりで眠る赤ん坊の自分の映像と、その姿に「カワイイ〜」と身悶えしながら見入る母(=私)を、息子は照れくさそうに、少し戸惑い気味に眺めている。
 私の古い写真も実家の本棚にある。親が用意した服を着て、親が連れて行ってくれた場所で、無邪気に笑う幼い自分。くすぐったい記憶。いつか親元を離れ、先へ進むための土台。そんなことを考える。

 先日、久しぶりに会った知人は、息子を見た瞬間「うわ、大きくなった!」と声を上げた。やはり外向きの印象も、幼児から少年へ変わりつつあるんだろうか。庇護されるだけの存在から、尊重されるべき一個の人間へ。社会への歩みが、もうすぐ始まる。
 十二月に届くはずのランドセルが、もう届いた。息子は大喜びだが、自分たちで選んだくせに心の準備ができていなかった私と相方は困惑気味だ。九月のランドセルは、どこか身構えていて空々しい。
ひと通り確認した後は、丁寧に包み直して箱の中へ。まだ半年ある。君の出番はまだ先だ。君を相棒として迎える前に、愛らしい幼児期を卒業して新たな未来へ進む前に、まだやり残したことがある。

2015年9月13日日曜日

偉いんじゃなくて

 帰省だ何だで親族に会うと、必ず言われる言葉がある。「毎日、幼稚園へ送り迎えしてるの? すごいね」「毎日、お弁当作ってるの? 大変だねえ」「あなたが? ホントに!? 偉いねえ」……。

 昔からの友人にも、同じことを言われる。「あなたが?」というのは「(あの、何にもできない、する気もなかった)あなたが?」という意味である。余程、日頃の行いが悪かったらしい。
 出産前は確かに皆さまが仰る通り「何もしなかった」私だが、今では園への送迎もするし息子の弁当も作る。夕食の支度もする。胸を張ることでもないが(ホントにねえ)、以前の私を知る人は相当に驚くらしい。とはいえ「成長したねえ」「大人になったねえ」と真顔で言われるのもどうかと思う(涙)。

 言うまでもなく私は、偉いわけではない。目の前に自分で産んだ、何もできない赤ん坊がいたら、自分の主義や性格や能力はどうあれ、とにかく育てるしかない。料理は下手だから作りません、ウンチは苦手だから放っときます、では赤子は死んでしまう。
 そんな現実に直面し、とにかく必死で食事を与え服を替え、人として生きるための基本を伝えようと奮闘する。それは、とても普通で自然なことだ。
 そこにあるのは愛とか義務とか責任とかいうことより、もっとずっと無意識的で本能的な何かで、それが「母性」とやらなのかもなあ、と思ったりする。

 子育ては大変だけど、それでも我が家は息子一人。子どもが二人いれば弁当も二人分、ましてや三人、四人といたら。そんな子沢山のママさんを見ると、つい「大変だね」「偉いねえ」と口にしそうになる。
 「そんなことないよ」。しかし彼女たちは、大抵こう言うのだ。上の子が手伝ってくれるし、親も慣れてくる。三人、四人いるからといって、手間が三倍、四倍になるわけではない、と。
 それは嘘ではないのだろう。とはいえ実際の手間は確実に増えるはずで、なのに「大変でしょう?」という私の問いに、彼女たちはなかなか頷こうとしない。「そんなことないよお」と明るく笑うだけだ。

 もし、私に二人、三人の子がいたら。大変も何も、とにかく三食食べさせ服を替え、必要なら全員分の弁当を作り、全員お風呂に入れて寝かしつけ、「大変でしょう?」と言われても、ピンと来ないかもしれない。目の前に育てるべき子が何人いようが、それはもう「育てるしかない」のだから。
 生きるってきっとそういうことで、何も育児だけの話じゃなくて、「自分」というのは意外と柔軟で、必要とあれば自然と変わっていくのかもしれない。
 そんなことを思いながら、我ながら上々の手際で弁当を作る。昔の「何もしない」私が見たら、きっと腰を抜かすに違いない手早さで。

2015年8月26日水曜日

手紙をください

 「手紙」という概念を、息子はどこで知ったのだろう。そんな疑問を抱いてしまうほど、現代の私たちの生活に「手紙」という言葉は出てこない。
 遠方の人とのやり取りは電話かメール。年賀状くらいは出すけど「手紙」とは少し違う。私が実家を出たウン十年前は、まだ親から直筆かつ封書の「手紙」が来たけれど、今では同じ親からの便りすらメールかLINEだ。便利なものにはかなわない。

 そんな21世紀に生まれた息子。手紙のことは幼稚園で学んだのだろう。母の日にはママに、クリスマスにはサンタさんに、「おてがみ」を書く子どもたち。何のために? それは、何かを伝えるために。
 少し前までの息子は、手紙といってもせいぜい自分と相手の名前、あとはちょろっと絵を描いておしまい。「ほら、『じ』をかいたよ!」と嬉しそうに言うので見てみると、ミミズのような線がそれっぽくウネウネ。そんな調子だった。
 ところが最近、様子が変わってきた。手紙に「内容」が備わってきたのだ。「誰かに何かを伝える」ために、慣れない文字を必死で綴る息子、五歳半。早いか遅いか、それは知らない(涙)。

 それにしても「ひらがな」というのは本当に難しいのだと、苦戦する息子を見るにつけ、改めて実感する。息子は特に鏡文字が顕著で、「し」「う」「と」「ら」などが左右ひっくり返ってしまう。ある意味、器用というか。私にはとても真似できない。
 こんなにやる気があるのならと、「ひらがな練習帳」でも探そうと街へ出た私。中身をパラパラめくり、これくらいがちょうど良いのでは、と選んだ冊子の表紙には「対象年齢 4さい」。……う、うう。そして隣には「ひらがなだいすき 3さい」。そ、そうですか。ついでに横の「大人の美文字練習帳」でも買っとこうかな、は、ははは(←動揺してる)。

 母の迎えが少しでも遅れると、泣いてしまうことが多かった息子。それは年長さんになっても相変わらずで、息子はよく泣き顔のまま、担任の先生から「泣かないように頑張ろうね」と励まされていた。
 「○○せんせい」で始まる手紙を私が見つけたのは、夏休みに入ってからだった。「もーお なかないよおになりました いろいろおしえてくれて ありがとう」。字は間違っているが、「伝えたいこと」はよくわかる。息子に尋ねると、「じぶんでかいたの」と恥ずかしそうに笑った。「ハートマークもつけたよ」。私は少し感動して言った。「幼稚園が始まったら、先生に渡さなきゃね」。「うん!」。
 8月後半の夏期保育が始まった。手紙はまだ机の上にある。どうやら、すっかり忘れているらしい。ま、それはそれで仕方ない。しかし本当に息子は「なかないよおに」なったのか。勝負はまだこれからである(新学期はけっこう鬼門……)。

2015年8月5日水曜日

真夏の風物詩

 街に親子連れが増える夏休み。「ギャン泣きでパニック状態の子ども」と「そんな子の手を引きずり歩くママさん」という心温まる組み合わせ(!)に遭遇する率も、心なしか上昇中の今日この頃。いやお疲れ様です。暑いですね毎日。子どもって何であんなに熱いんでしょうね(えーい近寄るな)……。

 スーパーのフロア中に響き渡るギャン泣き声と、苛立たしげな母親の声。私と一緒にいた若い女性は「うわっ、大変そう……」と目を見開いて言った。まだ見ぬ子育てのハードさを感じたのであろう。
 しかし私は「え? ああ……」と生返事をしただけだった。実は、ほとんど耳に入っていなかったのだ。同行の女性が驚くほど大音量の泣き声が。

 母親というのは子の泣き声というものに、どうやら慣れてしまうらしい。子育て以前と比べれば、子どもの泣き声全般への耐性は明らかについたと思う。
 他人が見たら凄まじい泣き声でも、母親からすれば多くの場合、たいしたことはない。転んで泣いても泣き声でケガの有無や程度は分かるし、ワガママかパニックか、とにかく「泣く子」には嫌でも慣れるので、すっかり度胸が突いてしまう。それでも叱り飛ばすのは、半分以上が世間体だったり。
 そんな親子を見ると、私の頬には反射的に微笑みが浮かぶ。そして、かつてギャン泣き息子とともに周囲の苦笑いを浴び続けた時代に体得した「温かな無関心」でもって通り過ぎる。世間体を気にするママさんに、少しでも世間を感じさせずに済むように。

 泣きわめく子を連れて商店街を練り歩く日々(←しつこくてすいません)をくぐり抜けた身には、子の泣き声なんて真夏の蝉の声のよう。ミーンミーン。敢えて気にすればうるさいが、気にしなければそれもまた、自然界を構成する音のひとつに過ぎない。
 とはいえ確かに、子どもは(泣き声に限らず)うるさい。「静かにしなさい!」と叱られて育つのも、それはそれでとても健全な気がするので、今日も家でテンション高めな息子を「うるさい!」と元気に叱り飛ばすハハである(ああ夏休み……)。

 外でのパニック泣きはさすがに減ったが、今でも思わぬタイミングで泣き出す息子。「何で泣くの!?」と思わず尋ねるハハへの答えは、最近はいつも同じだ。「ママが怒ったから泣いてるの!!」。
 確かに、悪さをする→ママが怒る→泣く、というコンボはあって、五歳児には中々の理屈だが、悪さをしたら怒るのはママの仕事なのだよベイビー。食って寝て遊ぶのが君の仕事なようにね。何かが上手くできなくて泣く→「そんなことで泣く!?」とママが呆れる→さらに泣く、というコンボもあるな。あとママが暑さのあまり機嫌悪い→子どもに八つ当たり→泣く、とか……いや夏のせいだなきっと……。

2015年7月29日水曜日

ぼくが目立つ日

 初めて人前に出たのは、六歳の時のピアノ発表会だった。素敵なドレスを着せてもらいお姫様気分。演奏が終わり、舞台袖へ戻ろうとすると、先生たちの慌てた様子が目に入った。「あっち、あっち!」。
 戻る方向を間違えた。そう悟った私は、すでにほぼ舞台袖へ到着していたにも関わらず、慌てて回れ右をすると舞台の上を逆方向へ駆け出した。
 観客は驚きつつも、少女のミスを微笑ましく思っただろう。しかし息せき切って逆側の舞台袖へ飛び込んだ私は、すっかり半泣きであった。終了後に買ってもらったアイスをドレスに落としてしまい、母親が苦い顔をしたことまで鮮明に覚えている。

 小学生になって、地元の夏祭りのステージに友人と三人で出ることになった。かなりの規模のお祭りで、事前のオーディションを突破しての出場である。
 当日のリハーサル。大人に交じって不安げだった私たちに声をかけてくれたのが、同じ出演者だった14歳の女の子だった。演目は松田聖子『夏の扉』。
 彼女が歌い出す。私は息をのんだ。他のカラオケ自慢の出演者たちとは次元が違う。人の心を掴む伸びやかな声、醸し出す華やかな空気。世へ出る人というのはきっとこうなんだと、子ども心に痛感した。
 「じゃ、またね」と祭りの夜に別れて以来、彼女には会っていない。優しいお姉さんだったから、きっと素敵な女性になっているだろうな、と思う。

 中学生のとき、某女性アイドルのイベントを見た。地元スーパーの屋上とはいえ、テレビの中のスターである。レコード購入で貰える握手券を手に、私は列に並んだ。こうした光景は今も昔も変わらない。
 初めて間近で見たアイドルは、恐ろしく濃いメイクで、戸惑う私の手を取り、胸元でぎゅっと握った。私は、握手の作法なぞ知らない。自分と同じ年頃なのに、自分とは全く異質の人生を歩む少女。
 たった一人で舞台を回す彼女の姿に、横にいた母は「若いのに立派ねえ」と感心しきりだった。彼女は今もアイドルだ。離婚はしてしまったけれど。

 音楽活動を始めてからは、人前へ出る機会も増えた。個人的には人前に出るのは、嫌いではないが得意でもない。人前で輝く人たちを、数多く見てきた。私には裏方のほうが、性に合うらしい。
 大勢の前で「はじめのことば」を述べるという、息子の初の大役に、自分でも驚くほど緊張した私は、無事に役目を全うした息子のビデオを何度も観てはほくそ笑む、絵に描いたような親バカになった。
 本人曰く「ぼくが目立つ日」。目立つと嬉しいタイプらしい。初めての人前体験が、舞台を泣きながら往復した私のようなトラウマにならなくて本当に良かった(ま、それはそれで、いい思い出)。そして、こんなことで親とはド緊張するのだと教えてくれてありがとう。いや足が震えたよ……。

2015年7月15日水曜日

スットコ鳥の行方

 人気映画『トイ・ストーリー』シリーズを、すでに園で鑑賞済みの息子の解説付きで初鑑賞。手に汗握るピンチに「大丈夫。助かるから!」と得意げに言い放つ五歳児に「ネタバレ」の文字はない(涙)。
 ま、いいけどね。私も大概、心臓弱いんで。スリルは要らないの、もうこれ以上人生に(切実)。

 さて、トイ・ストーリー。やはり親となった身としては、我が家のオモチャたちに思いを馳せてしまう。我が家の「ウッディ」は、『スージー・ズー』に出てくる、お腹にハートのついたクマ「ブーフ」のぬいぐるみ。ただし名前は「くまさん」。
 息子が一歳半のとき、飛行機内でのグズリ対策に空港で購入したものだが、当時はここまでお気に入りになるとは思いもしなかった。今も夜は必ず一緒に寝るし、旅行にも最優先で連れて行く大親友だ。
 息子が語るところによれば、くまさんは「ぼくに会うために」空港の売店に並んでいたという。ほほう、カワイイことを言うではないか。そして空港へ来る前の「くまさん」は、沖縄(!)にいたらしい。……なぜ沖縄。沖縄にクマはおらんがな(たぶん「空港」「飛行機」からの連想……)。

 この「くまさん」を筆頭に、「かえるくん」「わんちゃん」「くまさん(別のクマ)」の計四匹が、現在の息子のお気に入りだ。毎晩、枕元に並べた彼らと共に、夢の世界へ遊びに行く。夜中に泣いて起き出した息子に「夢の中でくまさんたちが待ってるよ」と言うと、素直に頷いて目を閉じる。
 このほか、寝る時間になると現れる(ただし目には見えない)「スットコ鳥」と「ヘンテコ鳥」という仲間(?)もいる。どうやらパパが寝かしつけの際にでっちあげた架空のキャラらしく、一体何のトリだかハハにはサッパリ意味不明(トホホ)なのだが、なんと登場時のテーマソング(!?)まである。時々、昼日中にも現れるらしい。
 アザラシが空を飛んでも許容範囲な私だが、さすがに息子から道で唐突に「スットコ鳥がねえ……」と話しかけられるのは結構スリリングである(……いや大丈夫。ついて行くぜ!)。

 息子と楽しい日々を送る「くまさん」たちが数年後、映画のようなハッピーエンドを迎える保証はどこにもない。「スットコ鳥」に至っては、記憶に残るかすら怪しい。私自身、幼い頃に遊んだぬいぐるみのことは、もう覚えていない。息子の腕の中の「くまさん」は幸せそうで、何だか胸が詰まる。
 息子の髪は家でパパが切る。床に散乱した髪の始末が大変で、「店へ行けばいいのに」と呆れる私に相方は言った。「もうしばらく、自分で切りたい」。
 親が髪を切れるのも、幼いうちだけ。親もオモチャたちも、期限付きの幸せを味わっている。目の前の五歳児を眺めながら、そんなことを考える。

2015年6月29日月曜日

成長の連鎖

 園へのお迎え時。少しゆったりした服を着ていると、教室から出てきた女の子たちに聞かれることがある。「ねえねえ、おなかに赤ちゃんいるの?」

 彼女たちの目は期待でキラキラだ。だから私は、少し悲しそうな顔で答える。「ざーんねん。いないんだ」。「ふーん」。(ホントはいるんじゃないの?)なんて顔をしながら、別の事柄に興味を移していく女児たち。常に「お姉さんぶりたい」女の子は、自分より小さい子や赤ちゃんが大好きだ。
 余談だが時々「これ自腹だから。あはは」なんて答えるママもいて、気持ちはわかるのだがポカンとする園児を見るに、その自虐ギャグはたぶん通じていない。「冗談を冗談として受け止める」というのは結構、難しいらしく、下手すると「自腹ってなに?」と直球を食らって傷口に塩を塗る羽目になる(涙)。いや、子どもとの会話は気が抜けんよ……。

 「一人目は長かったけど、二人目はあっという間に大きくなる」。複数のママさんから、そんなふうに聞いた。いつ立つか、いつ歩くか、いつ話すかと待ち構えていた一人目に対して、二人目は気がつくと立ち、歩き、ペラペラと話し始める。
 上の子の入園時、まだ足取りもおぼつかない乳児だった弟妹が、年少組に入ってお兄ちゃん、お姉ちゃんの後を追いかけ始める。お迎え時はいつも下の子を抱っこヒモで抱え、常にマスク姿だったママさんが、歩くようになった下の子の手を引いて、にこやかに現れる。ゆったりと結わえた髪に薄いメイク。解き放たれた美しさに、思わずハッとする。
 歩くようになった下の子ちゃんは、ベビーカーの中ですやすや眠る、別の園児の「下の子ちゃん」に興味津々で近づいていく。あっという間に数ヶ月がたち、ベビーカーの赤ちゃんも歩き出す。つい最近まで抱っこヒモの中にいた「下の子ちゃん」が、すっかり姉目線で自分より小さな存在を見守っている。

 午後の園庭で繰り広げられる成長の連鎖。たった三年で感動している私だが、より長いスパンを見守る先生方は、そして園庭の木々は、何を思っているのだろう。時々、そんな思いに囚われる。
 かように下の子は他人に揉まれて育つ傾向があるから、我が子の「コミュ力」(!)に悩むママたちからすれば環境の違いが気になるけれど、でもそれ以上に本人の資質が大きいのでは、と感じることも多い。社交的で活発な長男長女や一人っ子が、私でさえ何人も思い浮かぶ。
 思い込みや偏見ではなくフラットな目で。そう自分に言い聞かせる、一人目で手一杯の母。まだ先は長いしね。なんつうか、大きくなっちゃったなあ、というのはあるなあ。ぷくぷく赤ちゃん時代の息子を懐かしく、少し寂しく思い出す。でも前を向かなきゃね。今さら乳児の相手はムリ(体力的に)。

2015年6月11日木曜日

SING!!

 図書館で息子が見つけてきた『セサミストリート』のCD。おそらく番組で使われた英語の歌が入っているのだろう、と深く考えずにいた私は、スピーカーから流れてきた歌を聴いて腰を抜かした。
 え、日本語!? ……そういえば何年か前に、日本語版が放映されていたような。当時は子どももいなかったので、残念ながら観た記憶はないけど。

 日本語にも驚いたが、もっと驚いたのは彼らの「声」だった。当然、日本の声優さんが歌っているのだが、あのエルモが、クッキーモンスターが、まんま日本語で歌っているとしか思えないのだ。……いやもう何というか、プロって凄い。
 英語版では、たとえ言葉が分からずとも(クッキーを貪り食う)行動だけで十分に変で楽しいクッキーモンスターが、日本語で「クッキー、たぁべた〜い!!」と絶叫するわけで、息子はもう大喜びである。
 収録曲は日本独自の楽曲が中心だが、中にはおなじみの歌もある。セサミの挿入歌として有名な『SING』も、ここでは日本語だ。原曲はカーペンターズ。かつてNHK『みんなのうた』でも流れていたそうだから、懐かしい方もいらっしゃるだろう。

 シング、歌おう、幸せが来るように。そんな歌詞を聴きながら、出産直後、睡眠不足で朦朧としながら歌っていた頃を思い出す。辛いときは、歌うに限る。誰に聴かせるわけでもなく、ただ自分のために。
 大きな声を出し、恥ずかしがらず、と歌は続く。同じ言葉を最近聞いたなあ、と記憶を辿る。園の有志のママさんコーラス。「ぜひご一緒に。恥ずかしいことはないですよ」という発起人の呼びかけに、準備した椅子が全く足りないほどの人数が集まった。
 試しに全員で歌ったら、先生も驚くほどの声量。「恥ずかしがる」なんて空気は微塵もない。今どきのママさんはカラオケで慣れてるし、コーラスの経験者も結構いる。恥ずかしい人は最初から来ないし。
 歌うときの姿勢、息つぎ、鼻濁音。先生が基本をレクチャーしていく。自分の声が、空気を震わせて響く。懐かしい感覚が嬉しくて、自然と声が伸びる。

 子どもは歌が好きだ。息子も耳コピで意味不明な日本語を歌っていた時代もあったが、今では歌詞もメロディもかなり忠実に再現する。符割りの複雑な最近のJポップもけっこう上手に歌う。家で私が作っていた歌を、その日のうちに歌い出すこともある。
 プロの音楽家による親子コンサート。一緒に歌う場面なのに、息子は蚊の鳴くような声だ。家ではガンガン歌うのに、外へ出ると萎縮してしまう。
 そんな息子を励ますように、私は声を張り上げる。歌おう、幸せが来るように。辛いことを忘れるため、そんな理由で歌う日が、君にもきっといつか来る。大丈夫、ママがついてる。おともだちもいる。一緒に歌おうよ。恥ずかしがらず、大きな声で。

2015年5月27日水曜日

そこに愛はあるか

 弁当が母の愛なのか、私には分からない。父が作れば父の愛、祖母が作れば祖母の愛? 愛にはいろんな形があって、その一形態ではある気がする。
 弁当に限らず「手作りが母の愛」というのは、現代では反発を呼びやすい表現だ。私は時々、子どもの服を作る。服作りに関しては私の場合、答えは明快だ。それは母の愛ではなく、母の「趣味」である。

 だって、そうではないか。今の時代、作らずとも服は買える。しかも、安い。モノだって悪くない。どこの街にもあるファストファッションの店舗には、喫茶店のコーヒー代よりも安い服が並んでいる。
 リサイクルショップやフリマ、ネットオークションだってある。多彩なデザインの子ども服が、リーズナブルに手に入る国ニッポン。そんな幸福な国にいながら、金と手間をかけて服を作る。誰もが近所で買えるもの、例えば「紙」を、わざわざ作る。買わずに手漉きで作るとしたら、それは「趣味」だ。
 手間ヒマかけるから「愛」なのかもしれない。しかし子どもが「絵を描く紙が欲しい」と言ったとき、「待って、いま紙漉きの材料仕入れてくるから」……これでは、さすがに愛とは呼べまい。

 もちろん、これはあくまで私の場合であって、愛情の発露として服作りをされる方も当然いらっしゃるだろう。しかし私は、いくら胸に手を当てて考えてみても、「趣味」という答えしか出てこないのだ。
 二年前に作ったTシャツはもう小さいが、息子は未だ新しいTシャツを買ってもらえない。何故なら母が「作りたい」から。「今は忙しくて作れないけど、そのうち作りたい」からと、丈の短いTシャツを今日も着る息子。早く買ってやれ(怒)。

 所詮は趣味なので、質の保証はない。自分のウデも顧みず「これ作りたい!」と手を出した結果、うまくいかずに不機嫌になる母。「ねえママ……」「今忙しいから!」。追いやられて悲しそうな顔の息子。どう見ても、愛とはほど遠い光景である。
 それでも「ママそれ、ぼくの服?」と嬉しそうに訊く息子。くじけそうになる深夜、リッパーで糸を解きながら、息子の喜ぶ顔を思い浮かべる。もうひと踏ん張り、とミシンに向かう。愛もやっぱり、少しはある気がする。あるってことにしたい(願)。

 「毎朝、弁当作るなんて偉い」と言われると複雑だ。自ら子を持つ選択をして、選んだ園がお弁当だったから、その責任として作っている。愛というより責任だ。でも責任もまた愛なのだろう、とも思う。
 あるとき気が向いて、ペンギン兄弟のおにぎりを作ってみた。人生初のキャラ弁は頭を抱えたくなる出来(涙)だったが、息子の喜びようは凄まじく、慌てて「時間があるときだけだよ」と念を押す。
 趣味は人生を豊かにする。子育てにおいても同様だ。けれど趣味である以上、押し付けたり無理強いすることは不可能だ。私にはキャラ弁の「趣味」はないので、そこは息子に諦めていただくしかない。……「能力」がないとも言うけど。

2015年5月11日月曜日

君は110センチ

君は一一〇センチ
中途半端な一一〇センチ
まだまだ幼児 いつかは少年?
はざまで揺れる曖昧な季節

何でもよく食べる良い子です
食べ過ぎて顔がまんまるです
服のサイズは一一〇センチ
本当はもう少しちっちゃいです

君は一一〇センチ
公称サイズ一一〇センチ
ベビーじゃなくて キッズでもない
そんなセンチメンタルな時間

生まれたときは四十八センチ
少し小さめの君でした
棒のような足を折り畳み
片手でひょいと抱えてました

三つ四つ年を重ね
五つ六つロウソクを消して
君の瞳に宿る輝きが
ずんずん大きくなった

上ばっかり向いて 首が痛いなら
前だけを向いて走ってゆけ
椅子によじ上れば ママよりノッポ?
でもまだ届かない世界があるね

君は一一〇センチ
そこそこイケてる一一〇センチ
ママを見失って ギャーと泣くのも
なんとかギリギリ似合うお年頃

君は一一〇センチ
かろうじてまだ一一〇センチ
背伸びをしたら お腹がちらり
聞こえてきた一二〇の足音

2015年4月28日火曜日

本の森の向こうに

 ワンダーランド。行くだけで心からワクワクする、そんな空間。私にとってのワンダーランドは、子どもの頃から「本屋さん」だった。休日には街の少し大きな書店に、よく父に車で連れて行ってもらった。
 一旦入ったら、なかなか出てこない。出てきたときには両手に山ほど本を抱えている、そんな子どもだった。本を買うと言えば雑誌だろうが漫画だろうが、嫌な顔をせず小遣いをくれる、そんな親だった。

 時は流れて21世紀。今や、モノを買うのに外出する必要はない。本もCDも日用品も家電も、その気になれば生鮮食品も、ネットなら指先一本で買える。
 以前はいわゆる「オンラインショッピング」に抵抗のあったロートルな私だが、出産直後の動けなかった時期に便利さを痛感して以来、そんな抵抗は雲散霧消してしまった。買い物に貴重な時間と体力(!)を取られずに済むメリットは計り知れない。いい時代になったなあ、と思う。
 余談だが、七十代の私の父は何でも「アマゾンで買えば安い」が口癖で、近所のスーパーにすら行きたがらない。実はアマゾンの方が高かった買い物も結構あるらしい。便利な時代が生んだアホである。

 だから書店へ足を運んだのは久しぶりだった。息子と立ち寄った駅ビルの書店は、かなりの広さにも関わらず人もまばらで、何だか複雑な気分になる。
 ここが私のワンダーランド。けれどもう、小遣いをくれる人はいない。「必要な本だけ検索して買う」行為に慣れているせいか、この広い空間が何だか落ち着かない。それでも新品の本が放つ、独特の香りの中にいると、次第に心が浮き立つのを感じる。棚に食い入る私の後を、「待って〜」と息子が追いかけてくる。不思議そうな顔で周囲を見上げている。

 二週間に一度、二人で近所の小さな図書館へ出向く。本の森の中から好きなものを選ぶのは、息子にはまだ難しい。まずは慣れ親しんだキャラクターものから。アンパンマン、ペネロペ、ちいさいモモちゃん。気に入ったお話は、何度でも借りる。
 たくさんの絵本がある中で、特にお気に入りの一冊に出会う喜びは格別だ。我が家で最近、大ブームを巻き起こしたのは『じごくのらーめんや』。食いしん坊な息子は一時期「大盛り10ぱい!」が口癖になったほどだ。怖いはずが間抜けな閻魔様が楽しい。
 『しゅっぱつしんこう!』も大好きな絵本だ。30年前の作品だが、電車好きの男の子の夢を見事に描いた、いつの時代も色褪せないファンタジー。暖かなタッチの絵も素晴らしく、飾っておきたくなる。
 だだっ広いけど静かなワンダーランドで、母の後を追いながら、息子は何を感じたのだろう。君の人生を彩る、いや、人生を根底から支え、励まし、そして覆す一冊が、どこかの森に眠っている。探し出せる人になってほしい、そんなふうに願う母である。

2015年4月7日火曜日

おなまえ狂騒曲

 名前をつける。命名ではなく、持ち物などに「名前を書く」。入園入学を控えた子どもの親は、もれなくこう書かれたプリントを手にすることになる。「持ち物には、すべて名前をつけてください」。

 持ち物には、すべて名前をつける。親がこの一文を突きつけられた後に直面する混乱は、経験者以外の方々には今ひとつピンと来にくいかもしれない。
 私は自分が当事者となって初めて、この「持ち物に名前を書く」ことに関する諸々が、こそだて界において結構な商売(!)になっていることを知った。「マジック一本あれば事足りるんじゃないの?」と思いきや、そう簡単にはいかない奥深さが、そこにはあるのだ。いや本当に。

 とにかく「書く対象」が多様すぎるのである。カバンに帽子に服にハンカチ、クレヨンやハサミなどの文房具、弁当箱に箸に水筒。素材もサイズも恐ろしくバラバラな「持ち物」全部に等しく名前を書くだけでもマジック一本では無理がある。
 箸なら一本一本、クレヨンも当然一本ずつ、入れ物である箱もフタと本体の両方に。ビニール入りティッシュを持たせるなら、そのビニールにも。「すべて」という表現を、甘く見てはいけない。
 布地にマジックで書けば、文字がにじんでしまう。そこで活躍するのが、にじみにくい素材の「名前ラベル」。ラベルに名前を書き、縫製やアイロン接着で付ける。この名前ラベルがまた多種多様で、中には家庭用プリンタで印字できて洗濯も可能なもの、水回りグッズに使えるよう防水シール加工のもの、サイズやデザインも、選ぶのに迷うほど豊富だ。

 手書きに抵抗のある人向けには、前述の印刷用ラベルのほかに「おなまえハンコ」もある。少し前までは若干、贅沢な選択肢だったが、今では百円ショップでも見かける。文字と持ち手とインク、数百円でオリジナルの名前ハンコが作れてしまう。
 クラフト感を求める方には消しゴムハンコもおすすめだ。刺繍機能の充実したミシンをこの機に用意する方もいるかもしれない。それこそ費用をかければいくらでも、オシャレで可愛くて他の子と差別化できてオリジナルな「おなまえグッズ」が手に入る。面倒ならオール外注だって可能だ。いや、凄い。

 入園間もない年少さんはまだ「自分の持ち物」という感覚は希薄だ。他人のタオルを持ち帰った、他人の上履きを間違えて履いた、そんなとき、先生や保護者が気づけるように。それも記名の役割である。
 最初は見栄えを気にした親も、次第に理解してくる。可能な限りデカデカと、ハッキリ一目で分かるように。人様に迷惑をかけず、モノも無くさず無事に園生活を過ごすためには、いっそ「マジックでグリグリ」が最強かも、と思う三年目の春である。

2015年3月16日月曜日

そこからか!

 子育てをしていてつくづく思うのは、人は何事も練習して身につけるのだなあ、ということである。
 泣くこと、乳を飲むこと。人の子が最初からできるのはそれくらいで、寝返りも立つのも歩くのも、年端も行かぬ赤子が必死で練習し身につけていくさまを、母は身近で目の当たりにする。それは結構、壮絶な過程だ。いや本当に「人」になるのは大変だ。

 頭の大きな息子は赤子時代、うつぶせで顔を上げるのからして大変で、すぐにガクッと頭が落ちる(重すぎて)。何度もトライするさまは、ほとんど筋トレである。見守る母はセコンド気分だ。
 三ヶ月に入った途端、寝返りの練習を始めた息子。何とか「くるっ」と回れても、元に戻れずうつ伏せのまま「ギャー!!」。起き上がっても、今度はぐるぐる転がって家具や壁にぶつかって「ギャー!!」。
 この頃は本当に目が離せず大変だった。寝ている息子の四方を毛布を丸めた防御壁で囲ったり。ちなみに五歳の今も「防御壁」は存在する(寝相……)。

 食に関する一連の訓練は、育児のハイライトではなかろうか。教えることが多すぎて、子にとっては覚えることが多すぎて、親子共々パニックになる。
 食べることが好きで偏食のない息子ですら、食事中は沢山の小言を食らう。「手じゃなく箸で食べなさい」「箸の持ち方が悪い」「口に物を入れたまま喋らない」「頬張ったまま次の食べ物を入れない」「茶碗は体の正面で持って、口元に近づけてから箸をつける。そうすればこぼさないから」「箸だけ遠くに伸ばすな。その拍子にみそ汁倒すなああ」……。
 そこからか。そこから教えんといかんのか。自分も、そこから教わったのか。ありがとう母ちゃん(感謝)。いわゆる「三角食べ」をさせようと必死で奮闘する相方を傍観しつつ、気が遠くなる母。

 「宇宙はね、空港からロケットに乗るんだよ」。宇宙はロケットで行く。空飛ぶ乗り物の駅(?)は空港だ。その二つの知識からこんな台詞を口走る息子に、思わず訂正を入れる母。「ロケットに乗るのは空港じゃないよ」。「じゃあ、どこから乗るの?」。
 「……日本なら種子島かな」。じゃなければNASAか? 「じゃあ、家から『たねがしま』行って、そこからロケットに乗って、宇宙へ行くの?」……違う。違わないけど違う。選ばれし人が努力を重ね、運も味方につけて、ようやく宇宙へ旅立てる、その現実をどう伝えたらいいのか。ああ面倒くさい。
 ひとまず勉強しろ(断言)。「うん。べんきょうってね、字を書くことだよ」。そうか。そこからか。そうだよな、まだ五歳だしな。どこで聞いたか「宇宙は楽しいよ」と言う息子に、「何にもないから楽しくないよ。オモチャも本も、空気もないし」と夢をぶちこわす母であった。ああ、もうすぐ春休み……(遠い目)。

2015年3月4日水曜日

僕のお店へようこそ

 園の行事のひとつに「お買い物ごっこ」がある。割とポピュラーな行事らしく、園によっては「お店やさんごっこ」と呼ぶこともあるようだ。
 売り物は園児たちが作る。色紙で作った食べ物、紙粘土のアクセサリー。売るのも園児、買うのも園児。当然、お金や財布も作る。要は園を挙げての壮大な「ごっこ遊び」。こりゃ楽しくないわけがない。数週間前から早くも大興奮の息子(←食いしんぼ)。

 ケーキ屋さん、お花屋さん、ドーナツ屋さん。園児たちの「将来の夢」には多くの「お店屋さん」が登場する。「いらっしゃいませ」「○○をください」「○○円になります」「ありがとうございました」。大人には退屈でしかない会話に、人生が始まったばかりの園児たちは胸をときめかせる。
 初めての「お買い物ごっこ」を終えた昨年、息子が持ち帰った「品物」を見た私は仰天した。せいぜい紙を丸めたパンとか、その程度のものを想像していたのだ。いや、何というクオリティの高さ!
 毛糸で見立てたスパゲッティナポリタン、今風のラーメンには焦がしネギ(!)をトッピング。オムライスは卵の「照り」まで表現してあり、よく見たら正体はセロテープだった。いや、凄い。間違いなく年長さんの作品であろう。
 もちろん年少さん制作と思しき「紙を丸めたパン」もある。か、かわゆい。このとき持ち帰った食べ物たちはその後、家での「ごっこ遊び」に大活躍してくれた。今ではその多くが破れてボロボロである。

 「食べること」と「工作」が大好きな息子を喜ばせようと、百円ショップでフェルトで作るケーキのキットを買う。息子はもう夢中で、早く作れと散々せがんだ挙げ句、残ったフェルトや糸を使って自分でも何やら作り始めた。生成りにピンクのフェルトを挟んで「イチゴクリームビスケット!」。黄色を挟めばバナナクリーム、茶色ならチョコクリームだ。あっという間に「ビスケット屋さん」開店である。
 息子にせがまれた相方が、折り紙とティッシュペーパーでくるくると「海苔巻き」を作る。上手い。というか、そんなことを思いつく発想力が信じられない。説明書通りにキットを作るくらいしか能のない私は「何故その才能を人生に生かさなかったのか」と口走り、相方に「大げさだなあ」と呆れられる。

 「いらっしゃいませ。この機会に、まとめ買いはいかがですか」。息子が家での「ひとりお店やさんごっこ」でこんな台詞を口にしたのは、消費税が上がる直前の頃だった。どこかのスーパーで聞いたのだろう。子どもは本当に耳が良くて困る。
 「君が小さかった頃、まだ消費税は5%だったんだよ」。将来、そんな話をする日も来るに違いない。そしてその頃には一体、何%になっているのか。いやはや、想像するのも恐ろしい……。

2015年2月18日水曜日

青いてるてる坊主

 10年以上前の、まだ独身だった頃。実家の父が長期出張で家を空けると、母はよく東京へやってきた。
 一緒に繁華街を歩き、買い物をし、ご飯を食べる。時にはホテルに泊まったりもした。18歳で家を出た私は、そんな「仲良し母娘」のような行動とはずっと無縁だったから、娘としてささやかな贖罪も気持ちもあった。母も嬉しそうだった。
 初めて東京ディズニーシーへ行ったのは、そんな折である。開業して数年。その日は平日で、天気は雨。母と二人、舞浜へ向かう電車に乗った。「少しは空いているといいね」と話しながら。

 今なら分かる。「雨だから空いている」が、大間違いであることが。特に平日は、遠方からの観光客など「当初から予定していた」客が多く、雨だからといって客足は鈍らない。加えて、雨のため誰もが皆「屋根のあるところ」を目指す。私たちが目にしたのは、土産物店にギッシリ群がる人、人、人……。
 身動きすら取れず、とても店の品物を見るどころではない混雑ぶりの中、飛ぶように売れていたのが「ポンチョ」だった。確かにこの天気で、それでも楽しむためには必須かもしれない。背中にミッキーとミニーが描かれた、おそらくこの状況下でなければ手は伸ばさなかったであろうポンチョを、私と母も購入した。三千円以上はしたように記憶している。

 私の中のディズニーシーの記憶は「母と一緒で大雨で、三千円以上するポンチョを買った」で終わりである。他には何も覚えていない。母が「これはこれで、いい思い出」と言ってくれたのが救いだ。
 そんなポンチョはその後、押し入れの奥で忘れ去られていた。大判で肉厚で、結構かさばるせいか、雨具として普段使いするには至らなかったのだ。
 そんな「忘れられた」ポンチョを思い出したのは、雨の日も雪の日も息子を自転車で園へ送迎する生活が始まって、一年以上が経ってからのことである。

 自転車の雨具選びは難しい。何度かの失敗を経て悩んでいたある日、はたと思い出したのが例のポンチョだった。ともあれ引っ張り出して、かぶってみる。大きいのでコートの上からでもOK。広がるので自転車にも乗りやすい。なんだ、コレいいじゃん。
 難点は、お世辞にもオシャレとは言えない色とデザイン。フードをかぶって口紐を結べば雨対策はバッチリだが、傍目にはハッキリ言ってダサい。まるで「てるてる坊主」である。
 雨の日は、息子を、真っ青なてるてる坊主が迎えに来る。まるでペンキをぶちまけたようなド原色の青だ。背中にはミッキーとミニー。自転車の後部座席からよく見えるので、息子は結構お気に入りだ。てるてる坊主になった私は冷たい雨に震えながら、これはこれでいい思い出かも、なんて考えている。

2015年2月5日木曜日

あったかい君に

 「あったかいんだからぁ〜♪」と息子が歌う。「(あった)かい〜」の部分で、ふわっと息を抜くことも忘れない。園でみんな歌っているらしい。四、五歳の子ども達が「あったかいんだからぁ」と歌う様子を想像して身悶えする私。か、可愛すぎる……。

 子どもは季節を運ぶけど、流行も子どもが運んでくる。アナ雪も妖怪ウオッチもクマムシも、子どもがいなかったらここまで耳に留まらなかっただろう。そう思うと不思議な気分だ。
 売れてる曲が万人に届かない、と言われるけれど、少子化も理由のひとつなのだろう。園や学校は、流行が生まれる現場でもある。そこに身を置く存在が身近にいるだけで、意図せずとも耳に届くものがある。歌う息子を眺めながら、そんなことを考える私。

 そんな園の息子のクラスには目下、空前の「あやとりブーム」(!)が到来中だ。……何故あやとり。理由は不明だが、普段は「戦いごっこ」好きな男の子までもが、毛糸の輪っかを指にかけてキャッキャと大はしゃぎする姿は大変に微笑ましく心が和む。
 少し前には「おてがみブーム」もあった。紙に字らしきものを書いて、おともだちと渡し合いっこ。先日は息子の幼稚園カバンに、クラスの女の子からの「○○くんへ。○△より」と書かれた「おてがみ」が入っていて、女の子から手紙をもらったという事実以上に、その字の上手さに思わずうろたえた母。
 あの、ウチの子、まだ自分の名前も怪しいですが。お返事、受け取ってもらえるかしら(どきどき)。

 おともだちと一緒に新居近くの公園へ。すでに小学生で賑わっていたが、すぐに話しかけられて場に馴染む、我らが園児たち。「みんな仲間だ仲良しなんだ」という、昔の道徳の歌のフレーズを思い出す。
 危険だからと遊具が消えつつある時代、ここはブランコも鉄棒も回転ジムもある。年上の女の子たちに回してもらい、ジムの中で幸せそうに回る息子。
 「これ、宝物なの」。男の子が見せてくれたのは、パパからもらったという『ガンダム』の古冊子。思わず「懐かしい〜」と叫ぶアラフォーママたち。

 節分の日、仕事帰りに店先で「でんでん太鼓」を見つける。でんでん、と振り回して遊ぶ息子の姿が脳裏に浮かんだ瞬間、手を伸ばしてレジへ向かう。店側の「親ホイホイ」に、まんまと引っかかる私。
 帰宅後の息子に遊び方を教えると、さっそく大喜びで振り回す。頭には園で作った鬼のお面。もはや誰が鬼やら福やらわからないが、本人は大興奮だ。
 残酷なまでに正直な彼らの中では、携帯ゲームも流行歌も、懐かしい遊びも伝統玩具も同列なのだろう。好きなものに手を伸ばし、世界を広げることで、人生は豊かになる。楽しそうな息子の姿を見るだけで、母はじんわりとあったかい気持ちになれる。

2015年1月28日水曜日

喜ぶ顔が見たい

 まだ息子が赤ん坊だった頃。天使のような笑顔を見せる息子を抱っこしながら「このまま二人でずっとイチャイチャしていられたら、どんなにいいだろう」と、よく思ったものだった。
 しかし現実には、そうはいかない。時間が来れば食事の準備、オムツも替えて風呂にも入れねばならない。仕方なく体を離すと「ギャー!!」。幸せな母子のラブラブタイムは、あっという間にジ・エンド。世話をしているのに泣かれる、この切なさ(涙)。

 君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる、と歌ったのは中島みゆきだが、我が子の笑顔というのは時に、親に理性を見失わせるほどの威力がある。
 「甘いものはダメ!」とピシャリと言う普段の母の顔を忘れ、目の前のドーナツの可愛らしさに「ねえ、これ食べよっか」とつい口にする。「ホント!?」と、ここぞとばかりキラキラの笑顔を見せる子ども。
 「一緒にケーキ作ろうか」。食べることが大好きな我が子を喜ばせようと、ついこんなことを口走る。期待のあまり息子の目はランランだ。しかし卵は泡立たずスポンジは膨らまず、泣く泣く出来合いのスポンジ台を買いに店へ走る親(……バカ)。

 子どもの喜ぶ顔は、まるで甘いチョコレートのよう。この瞬間のために生きていると言っても過言でないほど、刹那に至上の幸せをもたらしてくれる。親だけではない。祖父母が、親戚が、赤の他人までもが、笑顔見たさにせっせと子どもに奉仕する。
 その思いが、エスカレートすることがある。君が笑ってくれるならと、時に暴走する親もいる。子どもの笑顔は人の心を強く掴むが故に、ある種の依存性、中毒性があるのかもしれない。
 子どもの笑顔は生きる張り合い、子の笑顔だけ見ていられたらどんなに幸せかと思うけど、他人や祖父母はそれでも済むけれど、親はそうはいかない。
 それはあまりに切ないから、時々、理性を緩めて子どもと一緒に甘い贅沢を味わう私。キラッキラの笑顔は、普段、頑張っているママへの小さなギフト。しっかり脳裏に焼き付けておこう、と思いながら。

 五歳になった息子とラブラブ密着しつつ「ねえ、ママもうご飯作りたくない」とグチる母。「やだ。ご飯作って」。自ら体を離す息子(涙)。
 引っ越してきたばかりで、まだ数回しか来店していない駅前のコンビニエンスストアにて。「ねえ、妖怪ウォッチ好き? これあげる」と、店員さんがシールを差し出た。「うわーっ」。素直に真っすぐ喜びを表現する息子。「すみません」と私が恐縮していると、店員さんは穏やかに言った。「いいんですよ。喜ぶ顔が見れたので、私も嬉しいです」。
 誰かを喜ばせたい、おそらく誰もが持っている小さな願いを、真っすぐな子どもの笑顔が叶えていく。そんな瞬間に立ち会えて、私も幸せな気分になる。

2015年1月13日火曜日

一畳の基地から

 年末の区役所にて。子連れのせいか、窓口の男性が気さくに話しかけてくれる。「引っ越し、いいですねえ。私の家なんか築25年で、あちこちガタがきて……」「……あの、今度の家、築30年ですけど」。

 「えっ、そうなんですか。あ、ねえボク、今度のおうち楽しい?」……子どもに逃げたな(笑)。
 余談だが、私の実家は築20年も経たないうちに床が抜けたが、同じ木造家屋でも相方の実家は築40年近いのにピンピンしている。いろんな要因があるのだろうが、必死で建てた親の気持ちを思うと切ない。

 以前、仕事で訪れた某県の県庁は、田園風景に突如、そびえ立つ高層ビルだった。空中庭園まであるそうで、周囲とのギャップに呆然とした記憶がある。
 まあツインタワーの都庁も人のことは言えないが、区レベルになると実は結構バラツキがある。地図を手に新住所の区役所へ行き、実にボロ……庶民的な外観を見た途端、何だかホッとした私である。
 いや、外観で何が分かるわけでもないけれど。ただ、これから交流が始まる人が、いきなり全身ピカピカで威圧してくるより、庶民的で親しみやすい方がいい。まあ、その程度のことなんだけど。
 しかし年季の入った庁舎へ足を踏み入れれば、すかさず御用聞きの職員が寄ってくる。転入届を、と言うと「ありがとうございます」。ちょっとビックリ。区によって結構、カラーが違うものらしい。

 いくら「転居に伴う運転免許証の住所書き換え」という歴とした理由があろうとも、警察署へ行くというのは緊張するものだ。入り口近くでキョロキョロしていると早速、署員らしき男性に「何でしょうか」とギロリと睨まれてビビる(←被害妄想)。
 カウンターで手続き後、待合スペースに息子と腰を下ろす。しばらくして、係員の男性が書き換えの終わった免許証を席まで持ってきてくれた。「はい、どうぞ。そして、君にはコレをあげよう」。
 息子に差し出されたのは、パトカーや警官が描かれた反射シール。突然のプレゼントに息子は大喜び。そういえば以前、駅で人を待っていたら、男性職員が突然近づいてきて新幹線の写真入りカードをくれたことがあった。工事現場の警備員に、いきなり蝉を渡されたこともある。男の人は、男の子が好きらしい。息子はよほど嬉しかったのか「きみにはこれをあげよう、きみには……」と何度も真似していた。

 引っ越してはきたものの、何も揃わず片付かず、生活は乱れたままだ。毎日目まぐるしく子の世話をして仕事して、一体いつ家を整えればいいのか。
 一畳分のスペースに座卓とパソコンを置いて、ようやく人心地つく。急ごしらえの、恐ろしく狭い私の「基地」は、さっそく息子の格好の隠れ場になる。幼子の無邪気さに、励まされて今日も生きている。

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