Now Loading...

2015年4月28日火曜日

本の森の向こうに

 ワンダーランド。行くだけで心からワクワクする、そんな空間。私にとってのワンダーランドは、子どもの頃から「本屋さん」だった。休日には街の少し大きな書店に、よく父に車で連れて行ってもらった。
 一旦入ったら、なかなか出てこない。出てきたときには両手に山ほど本を抱えている、そんな子どもだった。本を買うと言えば雑誌だろうが漫画だろうが、嫌な顔をせず小遣いをくれる、そんな親だった。

 時は流れて21世紀。今や、モノを買うのに外出する必要はない。本もCDも日用品も家電も、その気になれば生鮮食品も、ネットなら指先一本で買える。
 以前はいわゆる「オンラインショッピング」に抵抗のあったロートルな私だが、出産直後の動けなかった時期に便利さを痛感して以来、そんな抵抗は雲散霧消してしまった。買い物に貴重な時間と体力(!)を取られずに済むメリットは計り知れない。いい時代になったなあ、と思う。
 余談だが、七十代の私の父は何でも「アマゾンで買えば安い」が口癖で、近所のスーパーにすら行きたがらない。実はアマゾンの方が高かった買い物も結構あるらしい。便利な時代が生んだアホである。

 だから書店へ足を運んだのは久しぶりだった。息子と立ち寄った駅ビルの書店は、かなりの広さにも関わらず人もまばらで、何だか複雑な気分になる。
 ここが私のワンダーランド。けれどもう、小遣いをくれる人はいない。「必要な本だけ検索して買う」行為に慣れているせいか、この広い空間が何だか落ち着かない。それでも新品の本が放つ、独特の香りの中にいると、次第に心が浮き立つのを感じる。棚に食い入る私の後を、「待って〜」と息子が追いかけてくる。不思議そうな顔で周囲を見上げている。

 二週間に一度、二人で近所の小さな図書館へ出向く。本の森の中から好きなものを選ぶのは、息子にはまだ難しい。まずは慣れ親しんだキャラクターものから。アンパンマン、ペネロペ、ちいさいモモちゃん。気に入ったお話は、何度でも借りる。
 たくさんの絵本がある中で、特にお気に入りの一冊に出会う喜びは格別だ。我が家で最近、大ブームを巻き起こしたのは『じごくのらーめんや』。食いしん坊な息子は一時期「大盛り10ぱい!」が口癖になったほどだ。怖いはずが間抜けな閻魔様が楽しい。
 『しゅっぱつしんこう!』も大好きな絵本だ。30年前の作品だが、電車好きの男の子の夢を見事に描いた、いつの時代も色褪せないファンタジー。暖かなタッチの絵も素晴らしく、飾っておきたくなる。
 だだっ広いけど静かなワンダーランドで、母の後を追いながら、息子は何を感じたのだろう。君の人生を彩る、いや、人生を根底から支え、励まし、そして覆す一冊が、どこかの森に眠っている。探し出せる人になってほしい、そんなふうに願う母である。

2015年4月7日火曜日

おなまえ狂騒曲

 名前をつける。命名ではなく、持ち物などに「名前を書く」。入園入学を控えた子どもの親は、もれなくこう書かれたプリントを手にすることになる。「持ち物には、すべて名前をつけてください」。

 持ち物には、すべて名前をつける。親がこの一文を突きつけられた後に直面する混乱は、経験者以外の方々には今ひとつピンと来にくいかもしれない。
 私は自分が当事者となって初めて、この「持ち物に名前を書く」ことに関する諸々が、こそだて界において結構な商売(!)になっていることを知った。「マジック一本あれば事足りるんじゃないの?」と思いきや、そう簡単にはいかない奥深さが、そこにはあるのだ。いや本当に。

 とにかく「書く対象」が多様すぎるのである。カバンに帽子に服にハンカチ、クレヨンやハサミなどの文房具、弁当箱に箸に水筒。素材もサイズも恐ろしくバラバラな「持ち物」全部に等しく名前を書くだけでもマジック一本では無理がある。
 箸なら一本一本、クレヨンも当然一本ずつ、入れ物である箱もフタと本体の両方に。ビニール入りティッシュを持たせるなら、そのビニールにも。「すべて」という表現を、甘く見てはいけない。
 布地にマジックで書けば、文字がにじんでしまう。そこで活躍するのが、にじみにくい素材の「名前ラベル」。ラベルに名前を書き、縫製やアイロン接着で付ける。この名前ラベルがまた多種多様で、中には家庭用プリンタで印字できて洗濯も可能なもの、水回りグッズに使えるよう防水シール加工のもの、サイズやデザインも、選ぶのに迷うほど豊富だ。

 手書きに抵抗のある人向けには、前述の印刷用ラベルのほかに「おなまえハンコ」もある。少し前までは若干、贅沢な選択肢だったが、今では百円ショップでも見かける。文字と持ち手とインク、数百円でオリジナルの名前ハンコが作れてしまう。
 クラフト感を求める方には消しゴムハンコもおすすめだ。刺繍機能の充実したミシンをこの機に用意する方もいるかもしれない。それこそ費用をかければいくらでも、オシャレで可愛くて他の子と差別化できてオリジナルな「おなまえグッズ」が手に入る。面倒ならオール外注だって可能だ。いや、凄い。

 入園間もない年少さんはまだ「自分の持ち物」という感覚は希薄だ。他人のタオルを持ち帰った、他人の上履きを間違えて履いた、そんなとき、先生や保護者が気づけるように。それも記名の役割である。
 最初は見栄えを気にした親も、次第に理解してくる。可能な限りデカデカと、ハッキリ一目で分かるように。人様に迷惑をかけず、モノも無くさず無事に園生活を過ごすためには、いっそ「マジックでグリグリ」が最強かも、と思う三年目の春である。

Blog