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2015年7月29日水曜日

ぼくが目立つ日

 初めて人前に出たのは、六歳の時のピアノ発表会だった。素敵なドレスを着せてもらいお姫様気分。演奏が終わり、舞台袖へ戻ろうとすると、先生たちの慌てた様子が目に入った。「あっち、あっち!」。
 戻る方向を間違えた。そう悟った私は、すでにほぼ舞台袖へ到着していたにも関わらず、慌てて回れ右をすると舞台の上を逆方向へ駆け出した。
 観客は驚きつつも、少女のミスを微笑ましく思っただろう。しかし息せき切って逆側の舞台袖へ飛び込んだ私は、すっかり半泣きであった。終了後に買ってもらったアイスをドレスに落としてしまい、母親が苦い顔をしたことまで鮮明に覚えている。

 小学生になって、地元の夏祭りのステージに友人と三人で出ることになった。かなりの規模のお祭りで、事前のオーディションを突破しての出場である。
 当日のリハーサル。大人に交じって不安げだった私たちに声をかけてくれたのが、同じ出演者だった14歳の女の子だった。演目は松田聖子『夏の扉』。
 彼女が歌い出す。私は息をのんだ。他のカラオケ自慢の出演者たちとは次元が違う。人の心を掴む伸びやかな声、醸し出す華やかな空気。世へ出る人というのはきっとこうなんだと、子ども心に痛感した。
 「じゃ、またね」と祭りの夜に別れて以来、彼女には会っていない。優しいお姉さんだったから、きっと素敵な女性になっているだろうな、と思う。

 中学生のとき、某女性アイドルのイベントを見た。地元スーパーの屋上とはいえ、テレビの中のスターである。レコード購入で貰える握手券を手に、私は列に並んだ。こうした光景は今も昔も変わらない。
 初めて間近で見たアイドルは、恐ろしく濃いメイクで、戸惑う私の手を取り、胸元でぎゅっと握った。私は、握手の作法なぞ知らない。自分と同じ年頃なのに、自分とは全く異質の人生を歩む少女。
 たった一人で舞台を回す彼女の姿に、横にいた母は「若いのに立派ねえ」と感心しきりだった。彼女は今もアイドルだ。離婚はしてしまったけれど。

 音楽活動を始めてからは、人前へ出る機会も増えた。個人的には人前に出るのは、嫌いではないが得意でもない。人前で輝く人たちを、数多く見てきた。私には裏方のほうが、性に合うらしい。
 大勢の前で「はじめのことば」を述べるという、息子の初の大役に、自分でも驚くほど緊張した私は、無事に役目を全うした息子のビデオを何度も観てはほくそ笑む、絵に描いたような親バカになった。
 本人曰く「ぼくが目立つ日」。目立つと嬉しいタイプらしい。初めての人前体験が、舞台を泣きながら往復した私のようなトラウマにならなくて本当に良かった(ま、それはそれで、いい思い出)。そして、こんなことで親とはド緊張するのだと教えてくれてありがとう。いや足が震えたよ……。

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