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2015年9月13日日曜日

偉いんじゃなくて

 帰省だ何だで親族に会うと、必ず言われる言葉がある。「毎日、幼稚園へ送り迎えしてるの? すごいね」「毎日、お弁当作ってるの? 大変だねえ」「あなたが? ホントに!? 偉いねえ」……。

 昔からの友人にも、同じことを言われる。「あなたが?」というのは「(あの、何にもできない、する気もなかった)あなたが?」という意味である。余程、日頃の行いが悪かったらしい。
 出産前は確かに皆さまが仰る通り「何もしなかった」私だが、今では園への送迎もするし息子の弁当も作る。夕食の支度もする。胸を張ることでもないが(ホントにねえ)、以前の私を知る人は相当に驚くらしい。とはいえ「成長したねえ」「大人になったねえ」と真顔で言われるのもどうかと思う(涙)。

 言うまでもなく私は、偉いわけではない。目の前に自分で産んだ、何もできない赤ん坊がいたら、自分の主義や性格や能力はどうあれ、とにかく育てるしかない。料理は下手だから作りません、ウンチは苦手だから放っときます、では赤子は死んでしまう。
 そんな現実に直面し、とにかく必死で食事を与え服を替え、人として生きるための基本を伝えようと奮闘する。それは、とても普通で自然なことだ。
 そこにあるのは愛とか義務とか責任とかいうことより、もっとずっと無意識的で本能的な何かで、それが「母性」とやらなのかもなあ、と思ったりする。

 子育ては大変だけど、それでも我が家は息子一人。子どもが二人いれば弁当も二人分、ましてや三人、四人といたら。そんな子沢山のママさんを見ると、つい「大変だね」「偉いねえ」と口にしそうになる。
 「そんなことないよ」。しかし彼女たちは、大抵こう言うのだ。上の子が手伝ってくれるし、親も慣れてくる。三人、四人いるからといって、手間が三倍、四倍になるわけではない、と。
 それは嘘ではないのだろう。とはいえ実際の手間は確実に増えるはずで、なのに「大変でしょう?」という私の問いに、彼女たちはなかなか頷こうとしない。「そんなことないよお」と明るく笑うだけだ。

 もし、私に二人、三人の子がいたら。大変も何も、とにかく三食食べさせ服を替え、必要なら全員分の弁当を作り、全員お風呂に入れて寝かしつけ、「大変でしょう?」と言われても、ピンと来ないかもしれない。目の前に育てるべき子が何人いようが、それはもう「育てるしかない」のだから。
 生きるってきっとそういうことで、何も育児だけの話じゃなくて、「自分」というのは意外と柔軟で、必要とあれば自然と変わっていくのかもしれない。
 そんなことを思いながら、我ながら上々の手際で弁当を作る。昔の「何もしない」私が見たら、きっと腰を抜かすに違いない手早さで。

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