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2015年12月24日木曜日

電飾に願いを

 住宅街の家々の軒先に、きらびやかな電飾が灯り始めると、ああ冬が来たのだな、と実感する。ここ数年、すっかりそんな景色が定着した。
 いわゆる高級住宅地(の片隅にある古アパート)に住んでいたことがあるが、この季節になると繰り出される壮大な電飾合戦は、どの家も仰け反らんばかりの豪華さだった。まばゆい光の中を歩くたびに、別世界の存在を痛感したものである。ああ庶民。

 そこまでいかなくとも、しんと冷えた空気の中、玄関脇のシンボルツリーに点々と、まるで星のように輝く電飾は凛として美しい。日の落ちた帰路を、白い息を吐きながら急ぎつつ、つい見とれる私。
 家全体をラッピングするような大掛かりな装飾で魅せる家。子どもウケするポップなキャラで勝負する家。控えめだけどさりげない明かりを、帰路にそっと添える家。毎年、素敵なイルミネーションを見せてくれる家は、今年もと勝手に期待してしまう。

 今の家に越してきたのは去年のクリスマス前だった。まだ土地勘もあやふやな街で、道々にぽつぽつ輝く電飾は、文字通り帰路を照らす道しるべだった。
 あのキラキラが見えたら、もうすぐおうちだね。そんなふうに言いながら、慣れない夜道を車を気にしつつ、息子の手を引いて歩いた。光を見上げる息子の丸いつるつるした頬を、電飾の明かりが照らす。

 子どもというのは「音の出るもの」、そして「光りモノ」がとにかく好きらしい。夏祭りやイベントの景品は「光るオモチャ」が定番だ。光る棒に光る輪っか、光るペンダントに光る指輪、光る腕時計に光るメガネ。買った覚えはないのに、いつのまにかオモチャ箱には光りモノが増えている。
 光るクリスマスツリーに光るロウソク。それに今年は、おじいちゃんにもらった「光るクリスマスカード」が加わった。光と共にクリスマスソングが流れるカードに息子はすっかり夢中。家中の「光るオモチャ」を光らせて、気分はクリスマスパーティ。サンタにトナカイ、スノーマンも、もちろん一緒だ。

 いろいろあった転居騒動の末、越してきて一年が経った。少しは慣れてきた道には、一年前より多くの電飾が輝いているように見える。角を曲がる前から、少しワクワクしている自分に気づく。しんと冷えた空気の中、馴染みの電飾が見えると、もうすぐ我が家だと心が温まるのを感じる。
 早くも暗くなり始めた冬の午後。すでにぽつぽつと電飾が灯る道を、小学生たちが駈けてゆく。来年にはこの光の中を、ランドセルを背負った息子が通るだろう。黄色い帽子を頭に乗せて、帰路を急ぐ小さな息子の行く手を、華やかな電飾が明るく、温かく照らしてくれますように。

2015年12月7日月曜日

中の人の正体

 二十代の頃、幼児教育番組の制作に下っ端として携わったことがある。かわいい着ぐるみたちが、暑いスタジオのカメラの前、照明の下で演技できるのは三十分が限界だ。休憩の声がかかり、着ぐるみの「頭」を外した演者さんのもとへ、濡れタオルを手に駆けつけるのが下っ端の仕事のひとつだった。

 ショートヘアから流れ落ちる大量の汗。その現場の「中の人」は、いかにもスポーツをやっていそうな雰囲気の、若い女性が多かった。「着ぐるみの中の人」というと、私は今もそんな女性が思い浮かぶ。
 着ぐるみの演技は難しい。手足の可動域のみで喜怒哀楽を表現するのは至難の業だし、キャラクターごとの個性も求められる。たとえアルバイトでも、ダンスや演劇など、何らかの身体表現をそれなりに学んだ人でなければ、こなせないに違いない。
 そんなふうに思っていたから、後年の「ゆるキャラ」ブームの際、自治体の職員さん(すなわち素人)も「中の人」を務めていたと聞いて驚いた。あの、若く体力には自信がありそうな彼女らですら、あんなにキツそうだったのに……。たとえ立っているだけでも私には到底ムリである。若くないし(涙)。

 ベビー用品店、遊園地、ショッピングセンター。小さな子どもが集まる場所で、着ぐるみに遭遇する機会は結構ある。コミカルで愛らしい着ぐるみに大喜びで群がる子どもは多いのに、恐がりで慎重派な息子は、いつも遠巻きに眺めるだけだった。
 それでも、着ぐるみと一緒に撮った微笑ましい写真が何枚かは残っている。怖いのか緊張したのか、どの写真も微妙な表情で、親としては残念だが仕方がない。ちなみに私自身もウン十年前の、「リカちゃん」の着ぐるみと一緒に撮った写真が残っている。
 大人の背丈をもはるかに超えた、巨大サイズのリカちゃんを見て、幼い私は相当泣いたらしい。ムリもない、と今見返しても思うほど、ビッグな頭(当時)のリカちゃんはちょっとコワイ。

 手作りの衣装を着けてマスクをかぶりステージへ。瞬間、沸き起こる子どもたちの大歓声。ああ、「中の人」たちは日々、この景色を見ているのか。そんな感慨が押し寄せて、さんざん練習したはずのダンスの振りを忘れそうになる。
 夢中になって一緒に踊る子どもたちの最後列に、息子の姿が見えた。子どもたちの中で彼だけが、私の正体を知っている。どうも乗り切れない様子なのはそのせいか、それとも生来の慎重さのせいなのか。
 知らないほうがいいこともあるよね、と少し申し訳ない気持ちになる壇上の母(マスク姿)。まさか自分の人生に、こんな日が来るとは思わなかった。「子どもが喜ぶかなあ」という思いだけで、人はここまで来れるらしい。いや、母ってスゴイ(……ちょっと違う)。

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