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2016年11月22日火曜日

空き箱の王国

 残暑厳しい初秋のある日。インターホンが鳴って、汗まみれでドロドロのイキモノがモニターに映った。
 両手には、何故か巨大な紙袋が二つ。黄色い帽子の下から目をランランと輝かせ、生え代わりで前歯の抜けた口をニカッと開けて「ただいまー!!」……何だろう、もう嫌な予感しかしない(涙)。

 ドアを開けるなり「おやつはー」と騒ぐ汗だくの息子を、ドアツードアで浴室に放り込む。余談だが暑い季節は、合間合間に「シャワーを浴びさせる」時間を考慮して予定を立てないと大変なことになる。
 持ち帰った紙袋の中を覗き込む私。「……これ、ゴミ?」「えー!! ゴミじゃないよ」。
 空き箱やラップ芯をセロテープで合体させたような、そんな謎のガラクタ……じゃなかった工作物が、紙袋の中にわさわさ詰まっている。
 「……ゴミだよね?」分かっちゃいるが認めたくはない母に再び問われた息子は、さすがに不満そうに言った。「ゴミじゃない! ぼくがつくったの!!」

 工作好きの子どもは微笑ましい。発想豊かだ、クリエイティブだと世間ウケも悪くない。そんな息子の「作品」が、我が家には山ほど転がっている。
 ウキウキ飾る親バカ心は、もちろん私にもある。とはいえ所詮は小一の工作、作りは強固とは言えず、テープが劣化して剥がれ、家族にうっかり蹴飛ばされて壊れかけた工作物が、みるみる家中を浸食する。
 子どもたちの制作物の扱いに困るのは学童でも同じらしく、時々、息子はこの日のように、大量の工作物を家に持ち帰ってくる。意気揚々と。「ぼくがつくったもの」を、ぜひ親に見せようと。わかってますって。もちろんわかってますとも……(涙)。

 世間ではこのようなとき、「写真に撮ってから捨てる」「何年か寝かせてから捨てる」「子ども自身に判断させる」あたりが定番らしい。なるほど。
 今はまだ親バカ新米母の私も、躊躇なくポイできる日がきっとくるであろう。巨大な蔵のある家に住まない限りは。そう考えると、ガラクタ工作にあふれた我が家も悪くないかなあ、なんて思う母である。もうね、捨てるのも面倒くさいの(←本音)。

 夏休みの自由研究は、家にある日用雑貨で作った「ぼくのまち」。段ボールの大地にビニールの川が流れ、空き箱の電車が走り、フェルトの木々が茂る。学校での評判は上々だったらしい。
 夏に育てたアジサイのツルは、クリスマスリースになる予定だとか。みんなで絵の具まみれになって学校の壁画を描いたり、近隣の幼稚園と共同でドングリ工作をしたり。学芸会の大道具小道具も子どもたちの手作りだ。小学校の日常は、何だかやたらと「作って」いる。図画工作がずっと「2」だった私は、楽しそうに話す息子が本当は少し羨ましい。

2016年9月7日水曜日

いのちのふるさと

 夏休みにお世話になってから、まさか二週間も経たないうちに再訪することになるとは思わなかった。泣き崩れる私を、息子が不思議そうに眺めている。
 一報を受け深夜バスですっ飛んでいった相方が到着したときには、義母はすでに意識がなかったという。誰もがいつかは親を送る。けれど、こんな形で送ることになろうとは思わなかったに違いない。

 「我が家の男ども」。二人の男の子の母である義母は、よくそういう言い方をした。「まったく我が家の男どもはダメねえ。ねえ○○(私)さん」。
 その「我が家の男ども」三人(義父含む)が、憔悴した表情で顔を突き合わせている。いや現実には、残された家族には憔悴する暇もない。
 「敢えて考えないようにしてるみたい」。親族の誰かが言った。そうかもしれない。「服はどれ着たらええか……」。いつものようにトボケた口調の義父に、親族の一人が慌てて走り寄る。

 通夜の日の朝、ひとまず息子を学校へ行かせ、早退して現地へ向かうことになった。その旨を記した連絡帳をランドセルに入れ、「もう帰るの?」と友だちに聞かれたら「おばあちゃんが亡くなったから」って言うんだよ、と言い聞かせて送り出す。
 問題は息子の服装だ。さすがに幼稚園の制服は使えない。結局、サイズが大きくてまだ着られない頂き物のスーツのズボンだけを無理やり穿かせ、上は濃紺のシャツで何とか格好を付ける。
 息子は六歳にして、もう葬儀は四回目だ。前回はまだ三歳だったが、今回は小学生。しかも亡くなったのは、ほんの二週間前に大好きな煮豆をたくさん作ってくれた、優しいおばあちゃんだ。

 家族みんなで装束を着せ、お棺に遺品と花を入れて、フタに石で釘を打つ。促されて息子もトントン、と石を打つ。無言で横たわるおばあちゃんを前にした息子の表情からは、特に何も読み取れない。
 進行役の方々の、大仰なほどの声音。「どうしてみんな黒い服を着てるの?」三年前にはしなかった質問を、六歳になった息子は口にする。「悲しい気持ちを表すためだよ」。こんな答えで合ってるかしら、と少しどぎまぎしながら答える私。
 葬儀が始まる。お経にお坊様のお話。仏様の弟子、命のふるさと。そんな言葉が耳に残ったらしい。
 「いのちのふるさとって、どこ?」。息子の問いかけに、さすがに息を飲んだ。「……天国じゃない?」「ふうん」。息子は腑に落ちないのか、葬儀の後も、急いで帰京した新宿駅のエスカレーターでも、思い出したように口にした。「いのちのふるさとって、どこなの?」

 人のいのちはそこから来て、そこへ帰るんだと思うよ。生きてる人には場所は分からないんだよ。「ふうん」と呟いた後、息子は「ふるさとは、ジャジャジャポン……」と歌い出した。ああ、それでか。少し拍子抜けした後、妖怪ウォッチの世界も天国も、息子には地続きなのかもなあ、とぼんやり思う。

2016年7月29日金曜日

星を観る人

 「すいきんちかもくどてんかい、と覚えてね」。解説のお姉さんがそう言うたびに、脳裏に「え、めい(冥王星)は?」というセリフが浮かぶ。
 小さな違和感に囚われていると、隣席の息子の手が触れた。生まれて初めて見る真暗闇の星空(疑似ですが)は、やはり少し怖いらしい。

 冥王星が「太陽系第九惑星」の地位を失ったのは2006年。ヤマト世代の相方が「ガミラスは、デスラー総統は!?」と叫んだあの日から、もう十年。
 ぼくらの太陽系、と題された子ども向けプログラムに、冥王星は一切、登場しなかった。そうか、我が家の小学一年生は惑星・冥王星を知らずに育つのか。星空(疑似)を見上げながら、ぼんやり思う。
 区のプラネタリウムは数百円で楽しめて、冷房も効いていて図書館もある。庶民には有り難い場所だ。子ども向けのこの時間は「おしゃべりOK」。でも星空に圧倒されてか、子どもたちは案外おとなしい。

 金星まで13年11ヶ月、地球まで19年、火星まで29年2ヶ月。天空のスクリーンに数字が浮かぶ。太陽から飛行機で行った場合にかかる時間だという。子どもにも分かりやすく、という配慮であろう。
 生まれたときに出発しても大人になっちゃうね、と笑っていられたのはこの辺までで、木星まで98年11ヶ月、土星まで181年4ヶ月、海王星まで570年9ヶ月(!)となると、もう絶句するしかない。
 壮大な宇宙のロマン。さすがにピンと来なさそうな息子の両脇で「そんなに燃料、もたないよ」「そもそも空気がないと飛行機飛ばないし」と心の中でツッコミを入れる、ロマンのかけらもない大人たち。

 プラネタリウムに足を運んだのは、息子が学校の図書館で借りた本がきっかけだった。宇宙の謎を子ども向けにクイズ形式で紹介したその本に感化され、にわかに我が家で宇宙熱(?)が盛り上がる。
 施設内の図書館で「銀河系・最新版」を謳う雑誌に見入る私の横で、相方が「アポロ11号」本を読みふけっている。色鮮やかな星雲の写真、遠い星々をめぐるストーリー。そう、私も「宇宙の本」が大好きな子どもだった。残念ながら「大好き」で終わってしまったけど(文系……)、子ども向けのSF小説を胸躍らせて読んでいたのは、よく覚えている。

 いつか人類が気軽に宇宙に行ける日が来るのだと、子どもの頃は思っていた。今はもう、思わないけど。
 発展ではなく衰退への道を歩み出しているのかもしれないこの星の上で、私より先の時間まで息子は生きる。90歳まで生きたとすれば22世紀だ。そのとき息子は、何を見るのだろうか。
 冷房の効いた図書館で、星々の写真を眺めながら、そんなことをぼんやり思う。まさか宇宙人は攻めて来ないと思うけど。いや、まさかね……。

2016年6月27日月曜日

“お母さん”になった日

 どうやら、誰かに言われたらしい。パパか祖父母か友人か、たぶんそのへんに。
 「『ママ』は幼稚園とか小さい子が使う言葉だよ。小学生になったら『お母さん』って呼ぶんだよ」。

 ああっという間に、驚くほどキッパリと。息子の私の呼び名は「おかあさん」に変わった。
 言い間違いも、言い淀みもない。迷わず真っすぐ「ねえ、おかあさん」。むしろ私のほうが、未だに自分を指して「ママがさぁ〜」と言ってしまう始末。
 そ、そうか。「ママ」は、もう終わりか。「ママ」と呼んでもらえる期間は、意外と短いものなのね。入学して二ヶ月ちょっと。とっとと成長する息子に、面食らう母。

 「ママ」というのは日本の一般的な感覚で言えば幼児語で、そのベッタリ甘いニュアンスに違和感を抱く人もいる。私も独身の頃や出産前は「『ママ』ってガラじゃないしなぁ……」なんて思っていた。
 しかし出産して怒濤の育児が始まれば、そんな思惑はどこへやら。「ママ」「パパ」という単語は短いので親も子も使いやすく、早い話がラクだし便利なのだ。泣く子とラクと便利さには勝てない。
 「ママ、わらってる?」と、あどけない声で尋ねられた日々も、今は昔。もう私は「ママ」ではないのだ。寂しい。本音はすごく寂しい。何もそんな急に変わらなくても……ぶつぶつ(←往生際が悪い)。

 小学生の母となった「おかあさん」は結構大変で、毎日、学校からの各種プリントに目を通し、これは○日までに記入して提出これは名前を書いて×日までにと、煩雑な仕分け(!)が日々押し寄せる。
 小学生の親御さんは皆、苦もなくこなしているはずなのに(しかも兄弟の人数分)、慣れないボンヤリ系新米母の私は未だに「ぎゃあ、○○忘れたあ!!」と叫んでは、息子に不安がられている。
 「おかあさん、マルつけしてー」。息子がプリントをヒラヒラさせてやってくる。学校の指示により、一部の宿題の採点も親の役目だ。子どもの宿題遂行に親を巻き込もうという、学校の強い意志を感じる。

 息子が卒園した幼稚園で同窓会があった。教室から流れるピアノの音に「ああ、幼稚園だなあ」としみじみする。懐かしい友だちに久しぶりに会った息子は、閉園時間を過ぎてもなかなか帰ろうとしない。
 ある朝、「頭が痛い」と学校を休んだ息子。しかし微熱はすぐ下がり、昼食を食べたら妙に元気になって、家中に好きなオモチャを広げて上機嫌……。
 「疲れが出たんだね」と周りに言われて、複雑な気分になる。幼稚園の頃は、毎日そうやって遊んでたのにね。小さな身体で彼なりに、急な変化を必死で受け止めていたのかも。ママも頑張らないとね。早く「おかあさん」になれるように。

2016年5月30日月曜日

おカネないだぁ!!

 相方は幼い頃から「ウチは貧乏だ」と言われて育ったという。そのせいか、今でも時々「ウチは貧乏だったから(○○が買えなかった、できなかった)」という言葉が会話に出てくる。
 義父は学校の教員だった。確かに教員は民間と比べて安月給だと言われた時代もかつてあったが、それでも一応は公務員だ。持ち家もある。

 それ「貧乏」じゃないから(断言)。おそらく堅実な義父母からの「金持ちではないのだから贅沢するな」という教えであったのだろう。
 おかげで相方は、大変に経済観念の発達した(?)大人になった。スーパーでは見切り品を探し、日用品も衣類も高いものには手を出さない。節約大好き、要はケ○……まあ、浪費家よりはいいかな、うん。

 少し前、お子さんのゲーム機を、約束を破った罰として豪快に破壊した(!)著名人ママが話題になった。耳目を集めた大きな理由は、破壊したのがゲーム機という高額品だったことだろう。
 オモチャをたくさん持っている子もいれば、そうでもない子もいる。早い子は幼い頃から、そのことに気づく。経済的な理由もあるだろうし、親の教育方針、運や単なる気まぐれにも左右される。
 平等でも公平でもない世界を前にして、子どもたちは何を思うのだろう。時々、そんなことを考える。

 ちなみに我が家のオモチャ事情といえば、ハハたる私がボンヤリなせいで(すいません)、気づいた頃にはブームも下火、ということが少なくない。園や学校で最新の流行に触れる息子は、もしかすると寂しい思いをしているのかもしれない。
 とはいえ息子も少し変わったところがあって、幼稚園の頃、お友だちが話題にする「妖怪メダル」が何のことか分からなかった息子は、紙に絵を描いて切り抜いて、「妖怪メダル」を自作し始めた。
 メダルの次は、紙を半分に折って画面らしき枠を描いて「これ、ぼくの3DS!」……さすがに不憫に思わなくもない、実は3DSを持っている母。

 親の勝手な思いかもしれない。けれど首を真下へ折って小さな画面を一心不乱に覗く息子の姿を、まだ見たくなかったのだ。しかし息子が、あれだけ流行った「妖怪メダル」を知らなかったのは、多分にテレビに疎い私のせいである。反省して、昨年はサンタさんに妖怪ウオッチをお願いした。メダルを入れると妖怪が口上を述べる。なかなか楽しい。
 「お金ナイダー」という妖怪がいる。メダルをセットすると「おカネ、ないだあ!!」と元気に叫ぶ。相方がたいそう気に入って、一緒に「おカネ、ないだあ!!」と叫んでいる。お金はなくとも明るい家だったと、息子の記憶に残ってくれれば嬉しい。そんな、いささか都合の良いことを願う母である。

2016年4月21日木曜日

新入生と新米母

 四月一日。前月に幼稚園を卒園したばかりの我が家の六歳児は、満開の桜の中、小学校へ初登校した。息子と二人、緊張の面持ちで校門をくぐる。
 入学式は、まだ先だ。学校は春休み中。息子の頭には黄色い安全帽ではなく私物のキャップ、背中に揺れるのは学用ランドセルではなく、使い古したリュックサック。そう、いわゆる学童保育である。

 正面玄関の前には、学童担当の先生と、世話役らしき上級生がスタンバイしていた。この日が楽しみすぎて数日前から大騒ぎだった息子は、上級生に手を引かれ、振り向きもせず校舎へと消えていく。
 「お母さまも一緒にいかがですか? お部屋の確認だけでも」。先生の言葉を丁寧に断って、私も学校を後にする。説明会や登録時に何度か足を運んだから、私も息子も部屋は見知っている。
 好奇心旺盛で、預けられ慣れているせいか妙に適応力のある息子は、緊張しつつも楽しい一日を過ごすだろう。何も心配ない。安心して仕事へ向かう私。

 おばあちゃんに手を引かれた子、赤ちゃんを背負ったママと一緒の子。帰宅時間も早い子から遅い子まで様々だ。いろんな家庭、いろんな事情。その多彩さは「似た者が集まる」傾向の強い幼稚園の比ではない、そんな話を、先輩ママから何度か聞いた。
 幼稚園の三年間を無事終えて、子育てやママ友付き合いにも多少は慣れた気でいたけど、小学校への適応が必要なのは息子よりむしろ母たる私のほうかも。後ろ髪を引かれながら、そんな予感に怯える私。

 一人っ子を育てる私は、いつまでたっても新米母で、幼稚園へ入る時も小学校へ上がる時も、いつも不安でいっぱいだ。もの馴れた様子で余裕のある「何人目かのママさん」が、眩しくて仕方がない。
 何年経とうと私は決して、ああはなれないのだ。それは仕方がない。「新一年生の保護者です。学童のお迎えに来ました」。インタフォンで告げるとオートロックが開く。こんなことでもドキドキする。
 「とってもいい子でしたよ、先生の話もよく聞いて……」。学童の部屋の入り口で、先生の言葉を聞きながら息子を待つ。大人ウケ抜群の外ヅラの良さを、相変わらず発揮する息子。いやマジで少し分けてくれ、その世渡り上手(切実)。

 ワクワクの入学式を終えた翌日は、どしゃ降りの大雨。集団下校と知りながらも「息子を信じて家で待つ」チキンレースに負けて家を出たところで、引率の方と数人のお友だちと一緒に息子が現れた。
 「ちゃんと待っててよ〜」と不満顔の息子と共にお友だちを見送ると、その後から「こんにちは」と一人の女性が現れた。聞けばお友だちの一人のお母さんだという。「心配で、ずっと後をついて歩いてるんです」。わかります。雨の中お疲れさまです。私もいろいろ頑張ります……。

2016年3月28日月曜日

世界に一人だけ

 「い〜つのことだか〜、思い出してご〜らん〜♪」
 息子が口ずさむ歌が、季節と共に変わっていくことに驚いた日から、早くも三年近い年月が経った。卒園を控えた三月、息子が家で歌うのは、いわゆる「卒園ソング」ばかりである。
 「今日、幼稚園で何したの?」と尋ねても、答えはいつも「卒園式の練習」……。そうだよね。他にもう、することないもんね、と妙に腑に落ちる私。

 「その歌、ママも幼稚園のときに歌ったよ」「へえ〜!」息子が目を丸くする。この三年間、息子を通じて多くの歌に出会った。園の教室の一角には、あまりにも自然な姿で黒いピアノが佇んでいる。
 「さくらのつぼみもふくらんで〜♪」。絵を描きながら、折り紙を折りながら、息子はまるで息をするように歌い続ける。こんなに歌と音楽に囲まれた日々は、もう訪れないかもしれないと思うと、やっぱり寂しい。最近は「学校がいかに厳しい場所であるか」を、息子に言い聞かせることに熱心な私。

 学校では、先生が優しい声で「○○くーん」と下の名前を呼んではくれない。名字に君付けか、もしくは呼び捨てか。たとえ泣いても「どうしたの?」と、同じ目線で優しく尋ねてはくれない。叱られるか放置であろう。何という違い!!
 学校の先生は、一緒に遊んではくれない。学校は成長の場であると共に評価にさらされる場でもある。幼稚園が母の胎内なら、学校は弱肉強食の実社会?ああ恐ろしい。母は不安で心配でたまらないのだが、息子は自分で紙でテキトーに「百点満点のテスト答案」をでっちあげては喜んでいる。ああ心配……。

 「せ〜かいにひとつだけの花〜♪」。息子の歌を聴きながら、ああ、それも卒園式で歌うのね、とぼんやり思う。息子が無邪気な声で尋ねる。「この歌、ママも幼稚園のとき歌った?」……まさか。だってママ、その歌のおじさんたちと同世代だし(笑)。
 赤ん坊時代、息子の名前でひたすら替え歌をしていた名残で、今でもつい歌ってしまう。「世界に一人だけの○○くん〜♪」。すかさず「ちがう!」とツッコミを入れる、たった六年ですっかり俗世間に染まってしまった息子(……成長したとも言う)。いや違わないから、と心の中でつぶやく母。

 卒園式の前日は、学期終わりの終了式。帰り際に息子の名を呼ぶ声がして、預かり保育でよく一緒になった、一歳下のYくんが駆け寄ってきた。
 「○○くん、しょうがっこうでもがんばってね」。息子より体の大きな腕白ボウズのYくんが、そんなことを言ってくれるとは思わなくて、不覚にもホロリとする。不安も戸惑いも未練も躊躇も、時の川は容赦なく明日へと押し流していく。歌って笑っていればよかった幸福な幼児期が、もうすぐ終わる。

2016年2月25日木曜日

心からの贈り物

 「いやホント、つまらないものなんで!!」。小さな紙袋を差し出しながら、私はほとんど絶叫していた。「本当に、大したものじゃないんで!!」

 「気にしないで。ウチはもう着れないし」。おっしゃる気持ちはよくわかる。私も相手の立場だったら、きっと同じことを言うに違いない。
 息子にと、お古の服を頂いたのだ。とはいえ新品同様の、相当な高級品である。差し出した紙袋の中身は、少なくとも「つまらない」ものではなかった。小ぶりで値段こそ高くはないが、相手に負担なく受け取ってもらえるよう、選び抜いた品である。
 「そう? じゃ、遠慮なく」。私の絶叫(というか懇願)に、相手の方も最後には受け取ってくださった。子どもの頃、大人たちが「つまらないものですが……」と菓子折りを差し出す場面を、幾度となく目にした。なぜ「つまらないもの」を贈るのか。
 その答えを、絶叫しながら悟った私である。

 猛威を振るったインフルエンザに、健康が取り柄の息子もついに罹患。幼稚園は出席停止、私も慌てて仕事を休む段取りを付ける。幸い症状は数日で治まり、規定通り休んでから息子は園へ、私は仕事へ復帰した。仕事関係者への手土産をぶら下げて。
 今回の目的は、お礼というよりお詫びに近い。お詫びに「つまらないもの」を贈るわけにはいかない。

 「これ、本当においしいんで!!」。私は叫んだ。誰でも病気にはなる。お互い様なのだから助け合うのは当然、そう考える人は多い。だからこそ、気兼ねなく受け取ってもらうためのひと押しだった。
 高価ではないが品があり、何よりおいしい、大好きな洋菓子。「もう大丈夫? 大変だったね」と気遣ってくれる方々に、私は心から叫んだ。「これ本当においしいんで、よかったら食べてください!!」
 「おいしかった、ありがとう」。そんな言葉に迎えられて、また仕事の日々へ戻る。ひとりじゃないって幸せだなあ、と唐突に思う。

 上京した両親が、都内の駅で「富山物産展」に遭遇したという。両親は富山出身だ。特に珍しいものはなかろうと思いきや、『月世界』があったよ、懐かしいね、と二人して嬉しそうに言う。
 富山では老舗の、贈答用の菓子だと母が教えてくれた。父や母が子どもの頃、お使いで店へ行くと、製造過程で出た切れ端を、たっぷり袋に入れて渡してくれたのだという。父が言った。「甘いものなんて食べられない時代だから、嬉しくてねえ」。
 若い頃は面倒だった贈り物文化が、今ではそうでもない自分がいる。回復すると真っ先に「○○ちゃんにもらったチョコ食べる!」と叫んだ息子は、どんな贈り物を選ぶ人になるのだろう、とふと思う。

2016年1月25日月曜日

さらばスットコ鳥

 息子が大好きだった絵本『ペネロペ』シリーズの舞台はフランスだ。幼稚園へ通う三歳の女の子ペネロペは、夜になると自分の部屋で一人で就寝する。
 「わあ、ペネロペすごいね。おねえさんだねえ」。いくら親が煽り立てようが、日本の幼児である息子は親と同じ部屋で、しかも添い寝なしでは眠れない。

  子育てのなかでも「寝かしつけ」は、かなりハードな部類に入る気がする。赤子時代の「抱っこの無間地獄」もキツかったが、少し成長してからも続く「添い寝からの寝落ち(疲労のあまり自分も一緒に寝てしまう)」も、また相当に厄介である。
 「寝てもいいじゃない」と周囲は言う。体力や健康を考えたら、それが正解だろう。けれど常に「やりたいこと」を数多く抱える私には、寝落ちは虚無でしかない。「やりたいのにできなかった」後悔が、毎日静かに溜まっていく。着実に人生時間は減っていき、それは猛烈なストレスとなって心身を襲う。
 貴重で得難い「自分の時間」を一分でも多く絞り出すため、祈る思いで添い寝する。そんな夜を、もう何年も過ごしてきた。永遠に続くかと思うほどに。しかし「永遠」は、この世のどこにもない。

 「早く一人で寝てほしいなあ」。何気なくつぶやいた私に、ある日、息子がアッサリ言った。「うん、ぼくもう一人で寝るから、ベッド買って」。
 イケアで見た子ども用ベッドが欲しいと前から言っていたのだが、一人で寝られるようになったらね、と言い聞かせていたのだ。とはいえ息子の部屋は、今はまだ物置状態。急に言われても困る、という思いよりも先に、猛烈な寂しさにとらわれる母。
 い、いきなり個室で一人寝じゃなくてもいいんじゃない? まずは添い寝なしで寝てみるとか。そもそも、一人で寝られるの? 昨日も「じゃ、おやすみ」と部屋から出ようとしたら大泣きしたじゃない。

 じゃ、六歳になったら、添い寝なしで寝ようか。「うん」。大丈夫? 本当にできる?「うん」。迷いなく頷く息子。そして六歳の誕生日を迎えた夜、息子はいつものように大勢のおともだち(ぬいぐるみ)を両手に抱え、アッサリと一人で眠りについた。
 昨日までの大泣きは何だったのか(呆然)。夜中にトイレに起きても、親の顔も見ずに一人で寝室へ戻っていく。パパが寝かしつけのときに登場していたスットコ鳥も、気づけば口の端にも上らない。

 数時間後、私も寝室へ。息子の寝顔に温かい気持ちになる(ただし寝相は悪い)。案外、部屋とベッドを与えれば、もう一人で寝られるのかもしれない。でも、もう少し、隣でこの寝顔を見ていたい。
 そんなふうに思いながら目を閉じる。母ちゃんのワガママでごめんね。それまでに頑張って、あの部屋片付けるからね。何年かかるか分からないけど。

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