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2016年1月25日月曜日

さらばスットコ鳥

 息子が大好きだった絵本『ペネロペ』シリーズの舞台はフランスだ。幼稚園へ通う三歳の女の子ペネロペは、夜になると自分の部屋で一人で就寝する。
 「わあ、ペネロペすごいね。おねえさんだねえ」。いくら親が煽り立てようが、日本の幼児である息子は親と同じ部屋で、しかも添い寝なしでは眠れない。

  子育てのなかでも「寝かしつけ」は、かなりハードな部類に入る気がする。赤子時代の「抱っこの無間地獄」もキツかったが、少し成長してからも続く「添い寝からの寝落ち(疲労のあまり自分も一緒に寝てしまう)」も、また相当に厄介である。
 「寝てもいいじゃない」と周囲は言う。体力や健康を考えたら、それが正解だろう。けれど常に「やりたいこと」を数多く抱える私には、寝落ちは虚無でしかない。「やりたいのにできなかった」後悔が、毎日静かに溜まっていく。着実に人生時間は減っていき、それは猛烈なストレスとなって心身を襲う。
 貴重で得難い「自分の時間」を一分でも多く絞り出すため、祈る思いで添い寝する。そんな夜を、もう何年も過ごしてきた。永遠に続くかと思うほどに。しかし「永遠」は、この世のどこにもない。

 「早く一人で寝てほしいなあ」。何気なくつぶやいた私に、ある日、息子がアッサリ言った。「うん、ぼくもう一人で寝るから、ベッド買って」。
 イケアで見た子ども用ベッドが欲しいと前から言っていたのだが、一人で寝られるようになったらね、と言い聞かせていたのだ。とはいえ息子の部屋は、今はまだ物置状態。急に言われても困る、という思いよりも先に、猛烈な寂しさにとらわれる母。
 い、いきなり個室で一人寝じゃなくてもいいんじゃない? まずは添い寝なしで寝てみるとか。そもそも、一人で寝られるの? 昨日も「じゃ、おやすみ」と部屋から出ようとしたら大泣きしたじゃない。

 じゃ、六歳になったら、添い寝なしで寝ようか。「うん」。大丈夫? 本当にできる?「うん」。迷いなく頷く息子。そして六歳の誕生日を迎えた夜、息子はいつものように大勢のおともだち(ぬいぐるみ)を両手に抱え、アッサリと一人で眠りについた。
 昨日までの大泣きは何だったのか(呆然)。夜中にトイレに起きても、親の顔も見ずに一人で寝室へ戻っていく。パパが寝かしつけのときに登場していたスットコ鳥も、気づけば口の端にも上らない。

 数時間後、私も寝室へ。息子の寝顔に温かい気持ちになる(ただし寝相は悪い)。案外、部屋とベッドを与えれば、もう一人で寝られるのかもしれない。でも、もう少し、隣でこの寝顔を見ていたい。
 そんなふうに思いながら目を閉じる。母ちゃんのワガママでごめんね。それまでに頑張って、あの部屋片付けるからね。何年かかるか分からないけど。

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