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2016年11月22日火曜日

空き箱の王国

 残暑厳しい初秋のある日。インターホンが鳴って、汗まみれでドロドロのイキモノがモニターに映った。
 両手には、何故か巨大な紙袋が二つ。黄色い帽子の下から目をランランと輝かせ、生え代わりで前歯の抜けた口をニカッと開けて「ただいまー!!」……何だろう、もう嫌な予感しかしない(涙)。

 ドアを開けるなり「おやつはー」と騒ぐ汗だくの息子を、ドアツードアで浴室に放り込む。余談だが暑い季節は、合間合間に「シャワーを浴びさせる」時間を考慮して予定を立てないと大変なことになる。
 持ち帰った紙袋の中を覗き込む私。「……これ、ゴミ?」「えー!! ゴミじゃないよ」。
 空き箱やラップ芯をセロテープで合体させたような、そんな謎のガラクタ……じゃなかった工作物が、紙袋の中にわさわさ詰まっている。
 「……ゴミだよね?」分かっちゃいるが認めたくはない母に再び問われた息子は、さすがに不満そうに言った。「ゴミじゃない! ぼくがつくったの!!」

 工作好きの子どもは微笑ましい。発想豊かだ、クリエイティブだと世間ウケも悪くない。そんな息子の「作品」が、我が家には山ほど転がっている。
 ウキウキ飾る親バカ心は、もちろん私にもある。とはいえ所詮は小一の工作、作りは強固とは言えず、テープが劣化して剥がれ、家族にうっかり蹴飛ばされて壊れかけた工作物が、みるみる家中を浸食する。
 子どもたちの制作物の扱いに困るのは学童でも同じらしく、時々、息子はこの日のように、大量の工作物を家に持ち帰ってくる。意気揚々と。「ぼくがつくったもの」を、ぜひ親に見せようと。わかってますって。もちろんわかってますとも……(涙)。

 世間ではこのようなとき、「写真に撮ってから捨てる」「何年か寝かせてから捨てる」「子ども自身に判断させる」あたりが定番らしい。なるほど。
 今はまだ親バカ新米母の私も、躊躇なくポイできる日がきっとくるであろう。巨大な蔵のある家に住まない限りは。そう考えると、ガラクタ工作にあふれた我が家も悪くないかなあ、なんて思う母である。もうね、捨てるのも面倒くさいの(←本音)。

 夏休みの自由研究は、家にある日用雑貨で作った「ぼくのまち」。段ボールの大地にビニールの川が流れ、空き箱の電車が走り、フェルトの木々が茂る。学校での評判は上々だったらしい。
 夏に育てたアジサイのツルは、クリスマスリースになる予定だとか。みんなで絵の具まみれになって学校の壁画を描いたり、近隣の幼稚園と共同でドングリ工作をしたり。学芸会の大道具小道具も子どもたちの手作りだ。小学校の日常は、何だかやたらと「作って」いる。図画工作がずっと「2」だった私は、楽しそうに話す息子が本当は少し羨ましい。

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